陽炎日記 うつろひたる菊 訳。 蜻蛉日記の現代語訳をお願いします!以下本文 さて九月ばかり...

蜻蛉日記「うつろひたる菊・町の小路の女」原文と現代語訳・解説・問題|なげきつつひとり寝る夜

陽炎日記 うつろひたる菊 訳

さて、九月ばかりになりて、出でにたるほどに、箱のあるを手まさぐりに開けて見れば、人のもとにやらむとしける文あり。 あさましさに、見てけりとだに知られむと思ひて、書きつく。 疑はしほかに渡せるふみ見ればここやとだえにならむとすらむなど思ふほどに、むべなう、十月つごもり方に、三夜しきりて見えぬ時あり。 つれなうて、「しばし試みるほどに。 」など、気色あり。 これより、夕さりつ方、「内裏に逃るまじかりけり。 」とて出づるに、心得で、 人をつけて見すれば、「町の小路なるそこそこになむ、止まりたまひぬる。 」とて来たり。 さればよと、いみじう心憂しと、思へども、いはむやうも知らであるほどに、二、三日ばかりありて、暁方に門をたたく時あり。 さなめりと思ふに、憂くて、開けさせねば、例の家とおぼしきところにものしたり。 つとめて、なほあらじと思ひて、嘆きつつひとり寝る夜のあくる間はいかに久しきものとかは知る スポンサーリンク 『蜻蛉日記』うつろひたる菊 のあらすじ.

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蜻蛉日記町の小路の女うつろひたる菊品詞分解現代語訳(2/2ページ)

陽炎日記 うつろひたる菊 訳

スポンサーリンク 『蜻蛉日記』は、夫への不満、恨み、憎しみを 延々と書き綴った日記です。 私のもとに通ってくれない、あれしてくれない、 これしてくれない、不満、恨み、憎しみ。 なんと21年間ぶん。 すさまじい負のエネルギーです。 嫉妬と憎しみの見本市 作者は 藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)。 本名はわかっていません。 平安時代中期の作品です。 作者はエリート中のエリートである藤原兼家に 求婚され結婚します。 しかし夫兼家の浮気にいつもヤキモキさせられ、 愛情を独占できないという恨み不満憎しみが増すばかり。 長男道綱が生まれるものの、夫の足は遠のいていくのでした。 長い結婚生活の間には楽しいこと、ユカイなこともたくさんあったろうに、 そういう明るい話題は意図的に避けられ、暗い話重い話ばかりが執拗に収集され、陳列されています。 すごくドロドロした、怨念めいたものを感じます。 ほとんどの男性は共感できないでしょう。 というか、途中で投げ出すと思います。 嫉妬と憎しみの見本市です。 ぼくは読んでて気分が悪くなりました。 むしろ女性でも共感できる方は 少ないんじゃないでしょうか。 地獄の底からこみ上げるような負のエネルギー、 女性のイヤーな部分がとてもよく出ている、 文章というはけ口がなかったら、この作者は さらにロクでもないことになっていたことでしょう。 「蜻蛉日記」 その構成 「蜻蛉日記」は三部に分かれます。 第一部が15年間、 第二部、第三部がそれぞれ3年間のできごとをつづっています。 第一部では兼家からの求婚、結婚、息子道綱の出産。 そして夫に愛人があらわれ嫉妬に狂います。 第二部ではますます兼家の足は遠ざかり、 作者は出家すると言って騒ぎます。 (でも息子に泣き言をいわれ出家はやめました) 第三部では兼家からの愛をすっかりあきらめ、 息子道綱の将来に望みをたくします。 スポンサーリンク 道綱母 その人物 与えられることをジッと待つだけで、与えることをしない、 私を幸福にしてよ。 どうして私だけ愛してくれないのと、 恨みつらみ。 未成熟というか。 人間的に、小さいと思います。 ノイローゼ、お嬢様育ちで世間知らず。 夫兼家と愛人の間にできた子供が病気で死んだときは、 これで少し気が晴れたザマーミロみたいなこと書いてます。 歌がうまくて美人だから救いがあるものの、 それ以外は人間として終わっています。 後半は旦那からの愛情をあきらめ、息子道綱の将来に望みをかけていますが、 こんな母を持った息子こそたまったもんじゃありません。 息子に自己愛を投影している感じがします。 嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る 百人一首にも採られているこの歌などは、よく 作者の人柄をあらわしています。 私を訪ねてくれないあなたのことを思いながら独り寝の夜の なんと長いことでしょう。 あなたには、わからないでしょうけど。 おっとろしい怨念に満ちています。 こんなこと言われたら男は引いちゃうと思います。 夫 藤原兼家 その人物 そして、ギャアギャア言われている旦那・藤原兼家が それほどヒドイ男性かというと、 ぜんぜんそんなことは無いです。 まったく、逆です。 スバラシイ男性です。 血筋も申し分なく、出世街道をひた走る、 エリート中のエリートです。 摂政となり天皇家の外戚として権力をふるい、 太政大臣、関白にまでのぼりつめます。 藤原氏繁栄の基礎をきずいた人物です。 しかもユーモアのセンスもあり、気さくで、 モテまくりです。 作者もこんなスバラシイ男性にいい暮らしを保障されていたのだから、 ほんの少しでも感謝の言葉を書けばいいのに。 ゆがんでます。 皮肉なことに作者が夫の悪口を書けば書くほど、 夫の人間的大きさが浮き彫りになっています。 一夫多妻の通い婚 まあ当時は一夫多妻の、通い婚ですから、 結婚といっても女性の立場はとても弱いものでした。 男性が通ってこなくなれば、 それきり生活のよりどころが無くなるのです。 部屋で待っていて、あ、あの人の車が通る。 表に、先払いの声がする。 今度こそ来てくれたんだわと、 化粧なんか整えて、待っている。 今か今か、今度こそ私の館で止まってくれる。 ガタガタガタ… でも男の車は、無情にも門前を通り過ぎていってしまう… ああなんてつれないお方。 私の気持も知らないで。 そんな場面もあったのです。 かさぶたをひっぺがす感覚 というわけで、 読んでもけしていい気分になれる作品ではないです。 むしろ気が滅入ります。 しかし「蜻蛉日記」には、 人をひきつけてやまない何かが、あると思います。 それはホラー映画をみたり、インターネットでグロ画像を 検索するときの、ドギツイ世界をのぞいてみたい、 かさぶたをひっぺがす感覚に 近いものがあるんじゃないでしょうか。 冒頭 かくありし時過ぎて 原文 かくありし時過ぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経る人ありけり。 かたちとても人にも似ず、心魂もあるにもあらで、かうものの要にもあらであるも、ことわりと思ひつつ、ただ臥し起き明かし暮らすままに、世の中に多かる古物語のはしなどを見れば、世に多かるそらごとだにあり、人にもあらぬ身の上まで書き日記にして、めづらしきさまにもありなむ、天下の人の品高きやと問はむためしにもせよかし、とおぼゆるも、過ぎにし年月ごろのこともおぼつかなかりければ、さてもありぬべきことなむ多かりける。 現代語訳 半生を虚しく過ごしてきて、まことに頼りなく、どっちつかずな感じで生きている女がいた。 容貌も人並み以下で、分別もあるような無いような、こんな人間が世の中から必用とされないのも当たり前だと思いつつ、ただ毎日起きて寝てボサっと暮らしていた。 そんな中、世の中に多くある昔物語のはしばしを読んでみると、ありきたりな作り話ですら人の注文を集めなどしている。 私のように人並みでない経験を持った者が日記を書いたら、さぞ重宝がられ、注目されるんじゃないか。 最上級に身分の高い男性と結婚したら、その結婚生活はどんなものなのか?その例となればいいと思ったものの、過去のことはだいぶ忘れている。 まあ不完全でも書かないよりはいいだろうという気持で、あいまいに書いた部分も多くなってしまった。 音声つきメールマガジン「左大臣の古典・歴史の名場面」のご案内 現在18000人以上が購読中。 メールアドレスを入力すると、日本の歴史・古典について、楽しくわかりやすい解説音声を無料で定期的に受け取ることができます。 毎回10分程度の短い解説で、時間を取りません。 楽しんで聴いているうちに、日本の歴史・古典について、広く、立体的な知識が身につきます。 スマートフォン・Androidでもお聴きになれます。 不要な場合はいつでも購読解除できます。 いつも使っているメールアドレスを入力して、 「無料メルマガを受け取る」ボタンをクリックしてください。 次回からお使いのメールアドレスにメルマガが届きます。 単に「覚える」ということを越えて、深く立体的な知識が身に付きます。 現代語訳つき朗読「おくのほそ道」 『おくのほそ道』は本文だけを読んでも意味がつかめません。 現代語訳を読んでもまだわかりません。 簡潔で最小限の言葉の奥にある、深い情緒や意味。 それを味わい尽くすには? 李白 詩と生涯 中国の詩である漢詩 唐詩 を日本語書き下しでだけ読んで、本当に味わったと言えるでしょうか?やはり中国語でどう発音するのかは、気になる所だと思います。 詩吟愛好者の方にもおすすめです。

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蜻蛉日記町の小路の女うつろひたる菊品詞分解現代語訳(2/2ページ)

陽炎日記 うつろひたる菊 訳

鷹を放つ [ ] 一 [ ]• 大意 夫・兼家(かねいえ)との不仲に悩み、作者は死にたいと思うものの、一人息子の道綱(みちつな)のことを考え死なないで、かわりに出家しようとする。 出家しようと考えている事を息子・道綱に相談すると、息子は、「母が出家するなら、もはや自分も法師になってしまおう。 」などと言う。 あまりに悲しいので、冗談で飼っていた鷹を今後どうするかと質問したところ、息子の出家の決心は思いのほか強く、なんと鷹を逃がしてしまった。 人となして、後ろ安からむ妻(め)などに預けてこそ死にも心安からむとは思ひしか、いかなる心地してさすらへむずらむ、と思ふに、なほいと死にがたし。 「 いかがはせむ。 かたちを変へて、世を思ひ離るやと試みむ(こころみむ)。 」と語らへば、まだ深くもあらぬなれど、いみじうさくりもよよと泣きて、「さなりたまはば、まろも法師になりてこそあらめ。 何せむにかは、世にも交じらはむ。 」とて、いみじくよよと泣けば、われもえせきあへねど、いみじさに、戯れに言いなさむとて、「さて鷹飼はではいかがしたまはむずる。 」と言ひたれば、 やをら立ち走りて、し据ゑたる鷹を握り放ちつ。 見る人も涙せきあへず、まして、日暮らし悲し。 心地におぼゆるやう、 争そへば思ひにわぶる天雲(あまぐも)にまづそる鷹ぞ悲しかりける とぞ。 日暮るるほどに、文(ふみ)見えたり。 天下(てんげ)のそらごと(虚言)ならむと思へば、「ただいま、心地悪しくて。 」とて、やりつ。 つくづく思い続けることは、やはり、なんとかして自分の意思で早く死んでしまいたいものだなあと願う以外ほかの事もないが、ただこの一人いる人(息子の道綱 のことを考えると、たいそう悲しい。 あとあと安心できそうな妻などに(息子を)預けてこそ、(私が)死ぬのも安心できそうだと思うが、(私が死んだら息子は)どのような気持ちでさまようだろうと思うと、やはりとても死ににくい。 「どうしようか。 かたちを変えて(=尼となって、官位も捨てて)、夫婦仲を思い切れるかと試してみようか。 」と(道綱に)話すと、まだ深くもない(年頃である)けれど、ひどくしゃくりあげて、よよと泣いて、(道綱は)「そのように(尼に)おなりになるならば、私も法師になってしまおう。 何をするためにか、世間にも交わろうか(=宮仕えする必要があろうか)。 (いや、母と離れてしまっては、もはや宮仕えする必要なんて無い。 )」と言って、はげしくよよと泣けば、私も(泪を)こらえきれないけれど、あまりもの深刻さに、冗談に言い紛らわそうと思って、「それでは、鷹を飼わないでは、どのようにしなさるつもり。 」と言ったところ、(息子は) そっと立ち上がり走って、(止まり木に)止まらせていた鷹をつかんで放ってしまった。 見ている人(=女房など)も、こらえきれず、(母である私は、もっと悲しいので、私は)まして一日中悲しい。 心の中で思われること(を歌にすると)、 と、なろうか。 (その後、)日が暮れる頃に、(夫・兼家からの)手紙が来た。 世界一の嘘(うそ)だろうと思うので、「ただいま具合が悪いので。 」と言って、(使いの者を)帰した。 語句(重要) ・いかが - 「いかにか」のつづまった形。 「いかに」の次の 「か」が 係助詞なので、結びは連体形になる。 ・しがな - 願望の終助詞。 「にしがな」「てしがな」などの形で使う。 ・まろ - 自称の代名詞。 男女ともに使う。 ・やをら - そっと。 静かに。 語注 ・争そへば - この文では、夫婦仲が悪いこと。 ・天雲(あまぐも) - 尼(あま)との掛詞。 ・そる - 鷹が飛び去る意味の「逸る」と、剃髪の意味の「剃る」との、掛詞。 ・ -。 うつろひたる菊 [ ] 一 [ ]• あさましさに見てけりとのみ知られんと思ひて、書きつく。 うたがはしほかに渡せるふみ見ればここやとだえにならんとすらん など思ふほどに、むべなう、十月(かみなづき)つごもり方(がた)に、三夜(みよ)しきりて見えぬときあり、つれなうて、「しばし試みる(こころみる)ほどに。 」など気色(けしき)あり。 さて、九月ごろになって、兼家が出てしまった時に、文箱があるのを何気なく開けて見ると、他の人(=女)に届けようとした手紙がある。 あきれて、見てしまったということだけでも(兼家に)知られようと思って、書きつける。 疑わしい。 他に送ろうとする手紙を見れば、こちらには、途絶えようちしているうのでしょうか。 などと思ううちに、(しばらくして、)案の定、十月の末ごろに、三晩続けて姿を見せない時があった。 (その後、兼家は)平然として、「(あなたの気持ちを)しばらく試しているうちに。 」などと事情を話す。 語句(重要) ・手まさぐりに - 手先で、もてあそぶこと。 転じて意味が、何気なし、何気なく、などの意味になった。 ・むべなう - 「むべなし」の事で、意味は、案の定(あんのじょう)。 ・ -。 ・ -。 語注 ・ -。 ・三夜(みよ) - 当時の婚礼では、三日、通いつづける。 三日続けて、兼家が自宅に来ないという事は、他の女と婚礼をしたと作者は考えている。 ・ -。 ・ -。 二 [ ]• 」とて出づるに、心得で、人をつけて見すれば、「町小路(まちのこうじ)なるそこそこになむ、とまり給ひぬる。 」とて来たり。 さればよと、いみじう心憂しと思へども、言はむやうも知らであるほどに、二、三日(ふつかみか)ばかりありて、暁方(あかつきがた)に、門をたたくときあり。 さなめりと思ふに、うくてあけさせねば、例の家とおぼしきところに ものしたり。 つとめて、なほもあらじと思ひて、 嘆きつつひとり寝る夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る と、例よりはひきつくろひて書きて、うつろひたる菊にさしたり。 返り言、「あくる(明くる)までもこころみむ(試みむ)としつれど、 とみなる召し使ひの、来あひたりつればなん。 いと ことわり( 理)なりつるは。 げにやげに冬の夜ならぬまきの戸もおそくあくるはわびしかりけり」 さても、いとあやしかりつるほどに、ことなしびたる。 しばしは、忍びたるさまに、「内裏に。 」など言ひつつぞあるべきを、 いとどしう心づきなく思ふことぞ、限りなきや。 ここ(=私の家) から、夕方、「宮中に行かざるをえない用事がある。 」と言って出かけるので、(私は)納得がいかず、(召使いの)人に後をつけさせて見させたところ、「町の小路にあるどこそこに、(兼家の車が)お止まりになりました。 」と言って、(もどって)来た。 やっぱりだと、たいそうつらいと思うけど、どう言おうかも分からないでいるうちに、二、三日ほどたって、夜明けごろに門をたたく時があった。 そのようだと(= 兼家が来た)思うと、つらくて、開けないでいると、例の(小路の女の)家と思われる所に 行ってしまった。 翌朝、やはりこのままではいられないと思って、 嘆きながら、一人で寝る夜の、夜明けまでの間は、どんなに長いか、おわかりですか。 と、いつもよりは体裁(ていさい)を整えて書いて、色あせた菊にさした。 (兼家の)返事は 「夜が明けるまで待とうとしたけれど、 急な召使いが来てしまったので。 (おなたが怒るのも)とても 当然であります。 」 本当に本当に、(冬の夜はなかなか明かないが、)冬の夜ではないが、まきの戸が遅く開くのは、つらいことだよ。 」 とても不思議であるくらい、そしらぬふりをしている。 しばらくは、(本来なら)人目を避ける様子で、「宮中に。 」などと言っているのが当然であるのに、不愉快に思うこと、限りない。 語句(重要) ・これより - ここから。 この文での「これ」とは作者の家。 ・ さればよ - やっぱり。 「されば」は「さあれば」の変化した形。 ・ものしたり - 動詞「ものす」は婉曲的な表現。 何をするのかは、文脈による。 この作品では「行く」の意味。 ・とみなる - 急な。 ・ことわりなり - もっともである。 言うまでも無い。 ・げにやげに - 「げに」の意味は、「実に」「本当に」。 「げにやげに」と二回続けることで協調した言い方。 ・おそくあくる - 「あくる」は「明くる」と「開くる」を掛けた掛詞と思われる。 ・いとどし - ますます激しい。 ますますはなはだしい(甚だしい)。 語注 ・嘆きつつ・・・ - この歌は小倉百人一首に所収された。 ・うつろひたる菊 - 兼家の心移りを暗示させた。 ・まき - 檜(ひのき)など。 ・ -。

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