キハ 400。 キハ400 急行「利尻」|気動車ジオタウンドットコム

国鉄キハ40系気動車 (2代)

キハ 400

キハ40系 キハ40系は、老朽化が進むキハ10系やキハ20系の置き換えを目的として、1977年に登場した一般型気動車である。 全部で888両が製造され、国鉄末期からJR時代にかけて、ローカル線の主力として活躍している。 両運のキハ40形、片運でデッキが無いキハ47形、片運デッキ付のキハ48形がある。 番台区分は複雑で、以下のようになっている。 キハ40系新製車 車種別両数 形式 番台 両数 前歴 製造・改造 消滅 備考 キハ40 100番台 150 新製 1977. 2-82. 5 1995. 3 両運・北海道向け 500番台 94 〃 1977. 12-82. 8 両運・寒地向け 2000番台 148 〃 1979. 6-82. 6 両運・暖地向け キハ47 0・1000番台 327 〃 1977. 2-82. 6 片運デッキ無・暖地向け 500・1500番台 43 〃 1978. 7-80. 8 片運デッキ無・寒地向け キハ48 0・1000番台 10 〃 1981. 7-82. 3 片運・暖地向け 300・1300番台 7 〃 1982. 7 2012. 7 片運・北海道向け 500・1500番台 109 〃 1979. 6-82. 8 片運・寒地向け 北海道エリア 北海道向けの車両は、形式は同じであるが、キハ22形と同様に窓が小さい。 前面に車番が入っていることも特徴である。 キハ40系北海道エリア改造車 車種別両数 形式 番台 両数 前歴 改造 消滅 備考 キハ40 300番台 4 700番台 1996. 1-3 札沼線向け出力増強 330番台 6 キハ400 2000. 6-8 急行用の再改造 350番台 10 700番台 1998. 7-99. 1 日高線向け出力増強 400番台 2 700番台 1996. 3 札沼線向け強出力増強 700番台 141 100番台 1990. 6-94. 2 ワンマン化 1700番台 57 700番台 2004.. 3-12. 7 延命改造車 キハ48 1330番台 3 キハ480 2000. 7-8 2012. 12 急行用の再改造 1986. 8 根室標津駅 1988. 3 上砂川駅 1988. 3 夕張駅 1988. 3 増毛駅 1991. 3 北浜駅付近 JR北海道に157両が引き継がれ、そのうちほとんどの車両はワンマン化改造が実施されて700番台となった。 さらに、2003年からは延命工事が実施されて1700番台に変わってきている。 塗装は、ほとんどが北海道色と呼ばれる緑と青の帯であるが、日高線向けは専用塗装となっている。 1999. 10 700番台:金山駅付近 1999. 10 カニラッピング車(右の車両):帯広駅 2016. 9 400番台:新十津川駅付近 2017. 9 1700番台:東旭川駅 2016. 2 350番台日高線色:苫小牧駅 2016. 9 350番台日高色:鹿ノ谷駅 2019. 2 道南のめぐみ:五稜郭駅 キハ40系北海道エリア配置表 管理局 1977 1980 1982 1985 1987 1990 1992 1995 1998 2000 2002 2005 2010 2015 釧路 20 30 30 30 33 33 30 30 29 29 29 29 29 旭川 8 15 36 45 45 36 37 31 39 32 32 32 32 32 札幌 8 27 57 65 65 54 53 50 42 51 60 60 58 48 函館 3 17 17 17 21 21 33 33 32 31 31 31 31 東日本エリア 東日本では、東北地方で寒冷地向け500番台、関東地方では暖地向け2000番台が主に使用されている。 キハ40系東日本エリア改造車 車種別両数 形式 番台 両数 前歴 改造 消滅 備考 キハ40 1000番台 9 2000番台 1986. 11-95. 12 便所撤去改造 1985. 8 久慈駅 1987. 3 荒砥駅 1987. 2 常陸太田駅 JR東日本は、219両を引き継いでいる。 地域ごとに以下のような塗装がある。 盛岡地区 :盛岡色 秋田地区 :男鹿線色、五能線色、左沢色 仙台地区 :東北地域本社色 新潟地区 :新潟色、新新潟色 水戸地区 :水郡色 宇都宮地区:烏山色、一般色風塗装 長野地区 :飯山色 1988. 3 盛岡試験塗装:八戸線 1988. 3 赤鬼塗装:大湊駅 2017. 10 盛岡色:長苗代駅 2017. 6 五能線色:鶴泊駅 2017. 6 男鹿線色:秋田駅 1990. 3 左沢色:左沢駅 1998. 10 東北地域本社色:中山平駅より 2012. 10 旧新潟色:余目駅 2019. 2 新新潟色:西袋駅 2015. 12 烏山色:宇都宮駅 1988. 3 飯山色:森宮野原駅 右がキハ40系 2015. 12 一般色風塗装:宇都宮駅 2018. 10 急行色風塗装:余目駅 キハ40系東日本エリア配置表 管理局 1980 1982 1985 1987 1990 1992 1995 1998 2000 2002 2005 2010 2015 盛岡 15 32 32 32 35 49 49 44 44 45 42 40 37 秋田 49 64 64 64 72 72 70 67 57 55 52 52 51 仙台 38 55 55 55 49 40 52 49 57 52 51 42 32 新潟 37 49 39 29 29 34 37 40 40 40 39 38 38 高崎 5 5 5 1 水戸 6 15 15 18 18 14 1 3 東京北 10 10 10 7 6 7 7 8 8 8 8 8 8 長野 5 9 9 9 東海エリア JR東海は、59両を引き継いだ。 塗装は基本的にJR東海の共通塗装である。 2016年3月に定期運用を終了した。 キハ40系東海エリア改造車 車種別両数 形式 番台 両数 前歴 改造 消滅 備考 キハ40 5000番台 14 500・2000番台 1989. 3-99. 3 JR東海の改造車 キハ47 5000番台 5 0・1000番台 1997. 4-99. 7 JR東海の改造車 キハ48 3500番台 5 500番台 1991. 3-92. 11 武豊線向け改造車 5000番台 34 0・1000・500・1500番台 1994. 10-99. 3 JR東海の改造車 2016. 1 東海色:津駅 キハ40系東海エリア配置表 管理局 1980 1982 1985 1987 1990 1992 1995 1998 2000 2002 2005 2010 2015 名古屋 37 50 50 59 59 59 59 59 59 59 59 59 52 西日本エリア 西日本エリアでは、主に暖地向けの2000番台が使用されている。 キハ40系西日本エリア改造車 車種別両数 形式 番台 両数 前歴 改造 消滅 備考 キハ40 3000番台 5 2000番台 1992-93. 3 ロングシート化 キハ47 2000番台 48 0・1000・500・1500番台 1993. 2-97. 2 ロングシート化 キハ41 2000番台 5 キハ47-1000 1998 両運化 1990. 2 浜原駅 1990. 2 備後落合駅 右はキハ45系 1990. 2 三段峡駅 2017. 8 新山口駅付近 JR西日本は、JR各社の中で最も多い257両を引き継いだ。 地域ごとに、以下のような塗装がある。 また、両運化されたキハ41は、切妻運転台が異彩を放っている。 金沢地区 :旧高岡色、高岡色、忍者ハットリ君ラッピング車 姫路地区 :姫新色、加古川色 福知山地区:播但色 米子地区:鬼太郎ラッピング車 岡山地区 :津山色、岡山色、桃太郎ラッピング車、みまさかノスタルジー 広島地区 :広島地域色 2003. 2 高岡色:城端駅 2017. 7 ハットリ君塗装:新高岡駅 2018. 12 ハットリ君塗装:雨晴駅 2007. 11 姫新色:播磨新宮駅 2007. 1 播但色:山陰本線餘部橋梁 2016. 8 キハ41:和田山駅 2016. 8 銀の馬車道塗装:和田山駅 2010. 5 鬼太郎ラッピング車:米子駅 2017. 8 鬼太郎ラッピング車:弓ヶ浜駅 2017. 8 鬼太郎ラッピング車:弓ヶ浜駅 1990. 2 津山色:根雨駅? 2009. 12 岡山色:備中高松駅 2017. 11 みまさかノスタルジー:岡山駅 2016. 8 桃太郎ラッピング:岡山駅 2016. 1 広島地域色:新山口駅 キハ40系西日本エリア配置表 管理局 1977 1980 1982 1985 1987 1990 1992 1995 1998 2000 2002 2005 2010 2015 金沢 8 8 8 8 3 6 6 6 10 23 24 26 大阪 15 34 39 45 47 48 50 42 42 37 20 3 天王寺 10 13 18 10 4 3 福知山 16 40 56 51 45 23 21 21 25 16 16 16 19 19 米子 26 43 41 38 61 55 40 52 56 56 55 62 62 岡山 29 43 43 46 48 52 54 37 37 37 39 42 41 広島 28 57 65 65 66 75 86 95 100 101 103 100 102 四国エリア JR四国は、53両を引き継いでいる。 基本的には四国色に統一されている。 2009. 12 中田駅 キハ40系四国エリア配置表 管理局 1982 1985 1987 1990 1992 1995 1998 2000 2002 2005 2010 2015 四国 34 45 53 53 53 53 53 53 53 53 43 27 九州エリア JR九州は、142両を引き継いでいる。 こちらも基本的には九州色に統一されている。 キハ40系九州エリア改造車 車種別両数 形式 番台 両数 前歴 改造 消滅 備考 キハ40 7000・8000番台 21 2000番台 出力増強 キハ47 5000・6000・8000番台 56 0・1000・500・1500番台 出力増強 キハ140 9 キハ40-2000 1990-93 スピードアップ キハ147 30 キハ47-0・1000 1990-93 スピードアップ 2003. 4 宇美駅 1990. 2 山本駅 2011. 9 赤水駅 2017. 3 宮崎-南宮崎間 2016. 3両編成で、外観は変わっていない。 2000年に仙台地区へ転出して「ふるさと」と改称された。 仙台地区を中心に、首都圏や新潟地区などさまざまな地域で運行されている。 2002. 前頭部や側窓など外観も大幅に改造されている。 当初は愛称は無かったが、2003年に青池と名付けられた。 2006年に1両減車して3両編成となり、2010年の2代目「青池」登場によりまた1両減車してクルージングトレインと改称された。 3両編成であったが、2010年に青池編成の1両を組み込んで4両編成となった。 3両編成で、中間車は青池編成から転用している。 2010年に1両増車して4両編成となった。 2009. 10 リゾートしらかみ・青池 五能線八森-滝ノ間間 2017. 10 クルージングトレイン:一ノ関駅 2015. リゾートしらかみに似た外観となっている。 2010年11月に営業を終了した後、リニューアル改造されて2012年から八戸線の観光列車リゾートうみねことなっている。 外観はきらきらみちのくとほぼ同じである。 外観はほぼ原形のままである。 2012. 11 リゾートみのり:陸羽東線鳴子温泉-中山平温泉間 2016. 5 リゾートうみねこ:八戸駅 2018. 改造費用は、沿線自治体が負担している。 こちらも海側の窓配置が大きく変わっている。 車内で食事の提供や伝統工芸品の展示などが行われている。 こちらも車内で食事などを楽しむことができる。 2017. 8 花嫁のれん:和倉温泉駅 2017. 8 瀬戸内マリンビュー:呉ポートピア付近. 2017. 海などの景色を見ながら食事を楽しむというコンセプトで、一度廃車になってた車両の車籍を復活して改造している。 2016. 2004年3月に営業を開始した。 車体中央部に大きな展望スペースが設けられていることが特徴である。 当初は2両だったが、2006年に1両追加改造されている。 2両編成で、外観ははやとの風とほぼ同じである。 外観はほぼ原形のままである。 原健人氏監修、水戸岡氏デザイン・設計で、「ななつ星」に負けない豪華仕様となっている。 キハ40系で初めて「キロシ」という形式になった。 2011. 9 「はやとの風」:嘉例川駅 2017. 8 かわせみ:坂本駅 2011. 9 「いさぶろう・しんぺい」:真幸駅 2017. 8 いさぶろう:人吉駅 2017. 3 「指宿のたまて箱」:宇宿駅 2019. 3 「或る列車」:川棚駅付近 キハ400形 急行「宗谷」「利尻」「天北」で使用されていた客車列車を置きかえるために、キハ40系を改造して急行仕様としたもの。 1988年に13両が改造された。 2000年に「宗谷」が特急格上げとなったことにより運用がなくなり、再改造や廃車となっている。 キハ400系車種別両数 形式 番台 両数 前歴 製造・改造 消滅 備考 キハ400 100番台 9 キハ40-100 1988. 10 2000. 8 改造:500番台 3両 キハ40-330 6両) 500番台 3 キハ400-100 1997. 12-98. 4 キハ480 4 キハ48-300・1300 1988. 10 2006. 10 改造:キハ48-1330 3両 1991. 3 稚内駅.

次の

国鉄キハ40系気動車 (2代)

キハ 400

概要 老朽化した・などの取り替えとローカル線における輸送サービスの改善を目的に製造され、(2年)にでキハ100形、とでキハ110形量産先行車がそれぞれ営業運転を開始した。 製造メーカーはおよびである。 気動車であるが、車体との軽量化を図り、高出力と効率の高いとの組み合わせにより並みのを有している。 ブレーキシステムも電車で実績のある応答性の高いを採用し、連結器もであるため、従来形気動車とのはできない 但し、後年開発されたなどとは併結が可能。 本系列の導入により、特に急勾配の多い山岳路線では速度向上による時間短縮が実現した。 さらにを搭載したことにより、夏期における旅客サービスの向上が図られている。 車両系列・形式の呼称について 本系列には短尺車体(16 m級)のグループと長尺のグループ(20 m級)とがある。 本項目では便宜上、短尺車体のグループをキハ100系、長尺車体のグループをキハ110系と呼称する。 両車は基本設計に共通部が多いこともあり、「キハ100・110系」と呼称される。 キハ100系 16 m級車体(後年の設計変更で17 m級車も存在)の車両である。 いずれも両。 キハ100形• キハ101形(なし)• キハ103形(改造車。 実質片運転台。 710番台のみに設定) キハ110系 20 m級車体となっており、片運転台車も設定されている。 キハ111形とキハ112形はそれぞれ単独で運用することも可能であるが、基本的に同番号の車両とユニットを組んで運用される。 キハ110形:両運転台車• キハ111形:片運転台車• キハ112形:片運転台車(なし)• キクシ112形:片運転台車(改造車。 エンジンなし。 700番台のみに設定。 ) 諸元 車体 車体は角を落とした独特の形状、製ながら板厚の見直しと強度に無関係な箇所への穿孔、プラグドア化および固定窓化による側構体の厚みの低減(50 mm、通常の電車は100 mm)により軽量化を図っている。 一方でなどの従来型気動車なみ の車体前面強度を確保している。 なお、キハ101形および各型式の200番台以降はさらなる車体の強化とドアの引き戸化が行われている。 床面高さは1,175 mmであり、地方線区の低い に対応するため出入り台にはステップ(高さ1,036 mm)が設けられている。 なお、キハ101形および各型式の200番台以降ステップ高さは970 mmに変更されている。 窓は複層ガラスの固定窓である。 塗装は一部の特別仕様車を除いて共通となっており、わずかに緑がかった白色(「ベリーペールグリーン」)を基本に、車体隅などに「ダークライムグリーン」をアクセントとした。 機関 (奥羽本線横手 - 大曲間、1996年9月21日) この音声や映像がうまく視聴できない場合は、をご覧ください。 3または14. 0 l)。 いずれも小型軽量の、エンジンで、・付きであり、これを1台搭載している。 小型軽量のエンジンで、はのDMF15HSAの2,720 kgに対して1,365 kgとなっている。 液体変速機 変速機は試作車・量産車を通じ、すべての形式がを1組内装するである。 キハ100系はDW14Bを1台、キハ110系についてはDW14A-Bを1台搭載する。 湿式多板式の変速1段、直結2段の多段式で、は3段6要素である。 コンバータブレーキ機能も搭載している。 なおキハ110形量産先行車は充排油式の変速1段、直結(流体継手)1段式の製T211rzで、ブレーキ機能付きであったが、量産化改造時に他と同様とされた。 いずれもにより機関とともに制御され、指令は5、変直の切り換えも自動である。 ブレーキシステムも電車で実績のある応答性の高いを使用している。 台車 いずれもので、動台車は2軸駆動、基礎ブレーキはユニット式である。 キハ100系は動台車がDT59・従台車はTR243となっている。 キハ110系は動台車がDT58・従台車がTR242であるが、量産車では動台車が減速機の歯数比の変更によりDT58Aに区分されており、200番台の陸羽東線・陸羽西線向け増備車については台車は軸ばねをロールゴムから円すいゴムへ変更した、DT58B形・TR242A形となっている。 キハ100系とキハ110系ではの違い(2,000 mmと2,100 mm)がある。 その他機器 車内温度保持のために、客用ドアは扱いを可能としており、ドアの横に開閉スイッチが設置されている。 また、も搭載されている。 は従来車の小型自動密着連結器にかわり、電気連結器付きの密着連結器を採用し、分割併合を容易としている。 電気連結器は当初1段式を採用したが、後年高崎車両センター所属車については、2段式とされている。 ワンマン運転を前提に運転台は半室構造となっており、側面は左右非対称となっている。 トイレは和式のものを4位側に設けるが、2008年の一ノ関運輸区所属車を皮切りに順次洋式化されている。 のちに、2010年12月ダイヤ改正での大湊線の編成増強と大湊 - 八戸間直通列車を増発するためキハ100-21が2010年11月下旬に、2014年3月ダイヤ改正での大湊線の快速「しもきた」増発および多客期増結対応によりキハ100-20がそれぞれ盛岡からへ転属し、200番台と混用されている。 試作車 1990年(平成2年)1月から2月にかけ1、2が新潟鐵工所、3、4が富士重工業で制作された。 車体側のは一般的な鋼板製のスカート形ではなく、製丸鋼管の3段組みとされ、側面はおよびトイレ部分にもダミーガラスを使用して、連続窓のように見せるデザインとなっている。 また、量産車と異なり、乗務員室の側窓が鋼製枠支持となっている。 登場当初は、先頭車の正面の左右が黒色に塗装されていたが、後に量産車に合わせてベリーペールグリーンに変更された。 また、車体にを設置していなかったが、のちに量産車同様、客用扉・乗務員室扉上部に取り付けられている。 への対応は落成当初は準備工事のみとされ、(平成3年)に改造工事が行われている。 室内は1・2・3位側出入り口付近のロングシート2席ずつを収納式とし、に対応している点が特徴である。 定員103名(折り畳み座席格納時は104名)。 なお、キハ100系唯一のカミンズエンジン車の1と3は2012年に後述の「」へ改造されている。 量産1次車 1991年(平成3年)3月に富士重工業で製造された5 - 8では、側面のダミー窓の廃止、運転室側窓のHゴム支持への変更、室内の折りたたみ座席の廃止が行われた。 また、以降のグループは当初より車内収受方式のワンマン運転に対応して製造されている。 定員103名。 量産2次車 1991年(平成3年)6月から10月にかけ製造された9 - 46では、スカートのパイプによる補強が廃止されたほか、側面方向幕がHゴム押さえに変更されている。 室内はつり手の支持方式が曲げパイプからブラケット支持に変更されている。 製造は、9 - 29が富士重工業、30 - 46が新潟鉄工所である。 なお、キハ100-29は(平成29年)に後述のキハ103形に改造されている。 車両は、一ノ関運輸区所属のキハ100-1・3を改造している。 内外装ともにのキャラクターを装飾するなど手が加えられているが、車号の変更はされず、駆動機関や台車などの変更は行われていない。 なお、内外装は2017年(平成29年)7月15日から「親子でと楽しむ列車」をコンセプトとした新しいデザインとなった。 2012年12月22日から 臨時列車として大船渡線の一ノ関 - 気仙沼間で運行を開始している。 このほか、2014年には復興支援事業の一環として、同年1月から2月にかけて・・・・・・へ出張運転されている。 後述のキハ101形の改良が踏襲されており、同様に客用側扉を引き戸式へ変更、車体の延長・強化、3位側出入口への車いすスペースの設置、音声合成方式のワンマン機器搭載、TE装置新設といったマイナーチェンジがなされている。 室内は車いすスペースが設置された以外、0番台量産2次車からの変化はなく、トイレも和式となっている(のちに2010年から洋式化 )。 定員は103名で変更はないが、車いすスペースの設置により座席定員が減少している。 キハ101形 キハ101形「フルーツライナー」 () 用として1993年(平成5年)10月に6両、(平成6年)9月に5両、(平成9年)2月に2両の計13両が製造された。 後述の室内レイアウトの変更に伴い、区別を明確にするため形式が分けられている。 全車が新潟鐵工所で製造されている。 本形式が導入された左沢線は、朝夕を中心に非電化線区としては比較的混雑する状況にあったため、流動を均一にする目的でオールを採用し、営業距離・乗車時間も比較的短いことからを省略しとしている。 このため一部機器類の配置・形状が変更されている。 これによりは107名に増加している。 車体は、(平成4年)に発生したを受けて、キハ100形をベースに、運転室部分の鋼体を台車中心から車端部にかけて250 mm延長し、衝突時の乗務員の挟まれを抑制している。 このため全長は16. 5 mから17 mへ延長されている。 このほか、前面鋼体の構造見直しによる強度向上が行われている。 また、側扉の方式をプラグドアから引き戸に変更したことで、側扉出入り口(ステップ)の高さを従来の1,036 mmから970 mmに変更している。 これに伴い部は側板厚みが50 mmから90 mmに増加している。 また、側扉にはドアチャイムが装備されている。 機器類についても従来は優等列車用やのみに設置していたを設置したほか、運転台横の客室照明を運転台から消灯するスイッチが新設されている。 空調装置についても冷媒が環境対策としてからフロン134aに変更されている。 車内の床材はピンクの色の物とブルーの色の物がある。 ロングシート足元部の床に黒い線が引いてあるが、これは座席と立席の範囲を区分するために投入後に引かれたものである。 車体塗色はホワイトを基調に最上川をイメージした青を配した同線独自のものを使用するとともに、前面とドア横に左沢線シンボルマーク、側面に「FRUITS LINER(フルーツライナー)」のロゴが施されている。 は設置車と未設置車があったが、現在は全車両に液晶ディスプレイ の運賃表示器が設置されている。 かつての運賃表示器未設置車には運賃表示器の代わりに運賃表のステッカーを貼付してある。 なお、LCDの運賃表示器が設置された現在もステッカーは貼付されたままである。 運転台はキハ100形同様に半室運転台を採用しており、助士側で車掌がドア扱いを実施している時に乗客が立ち入らないように柵が設置されている。 1993年(平成5年)12月1日から左沢線で運用を開始し、同区間の所要時分を4分短縮した。 当初は配置であったが、の延伸に伴う山形 - 新庄間の標準軌化に伴い、1999年(平成11年)度までに山形電車区(現・)に転配された。 キハ101-12とキハ101-13には左沢方にが設置されている。 改造により連結面の運転台が使用停止となったため、新規形式のキハ103形に変更され キハ103-711となっている。 本車は2号車となり、室内は「天空にいちばん近い列車」をコンセプトに、リクライニングシートを中心に、書棚「ギャラリーHIGH RAIL」を設置する。 営業運転でのキハ100系とキハ110系の併結は、「HIGH RAIL 1375」が初の事例である。 1990年(平成2年)1月から2月にかけ試作車としてキハ110-1 - 3が製造されたのち、1991年(平成3年)3月に量産車となるキハ110-4, 5とキハ111・112-1 - 3が製造された。 製造所はキハ110-1, 2, 4, 5が富士重工業、そのほかが新潟鐵工所である。 外観上は、他番台と異なり、パイプ式のスカートを使用している。 また、試作車についてはキハ100形試作車と同様、側面へのダミーガラス使用、先頭車の正面の左右が黒色に塗装(登場時のみ)が行われている。 室内は他の番台と異なり940 mmピッチの回転(キハ111・112の後位のみ4人掛けボックスシート )を装備し、照明にはグローブがつけられている。 デッキは省略されているが、ガラス製の仕切りが設けられている。 この番台のみキハ111・112形の後位側の貫通扉は前面と同じ狭幅となっており、通常ユニットで運用されるキハ111・112形も1両単位で運用されることが多い。 定員はキハ110形が52名、キハ111形が60名、キハ112形が64名となっている。 2016年(平成28年)現在、JRグループにおいて急行列車で使用されることを前提として新製された最後の車両である。 なお、2013年にキハ111-2およびキハ112-2は、700番台に改造されている。 2002年の「陸中」廃止後は、後継の「はまゆり」をはじめ、釜石線および東北本線 - 盛岡間の普通列車に使用されている。 快速「はまゆり」では、となる3号車に優先的に使用される。 キハ110-3が山田線盛岡駅〜間の運用についたことがある。 また、東日本大震災以前の(平成19年)7月から2011年(平成23年)3月まではキハ110形の1,2,4,5がに所属し、・快速「」の指定席車両でも使用されていた。 震災後、小牛田所属キハ110形0番台は陸羽東線小牛田駅〜間の運用についていた。 2013年(平成25年)にキハ111・112-2が後述の700番台へ改造され転出し、代替として小牛田からキハ110形が戻り、2016年(平成28年)現在は全車が盛岡所属となっている。 うち、新津運輸区投入車は後述の200番台投入でいったん全車が水郡線営業所に転属している。 のちに水郡線営業所所属車についても投入による後述の転用により盛岡車両センターや小牛田運輸区、新津運輸区へ転属している。 外観はほぼ0番台と同様であるが、パイプ式スカートは通常の鋼板によるものに変更され、以降の番台にも踏襲されている。 また、この番台以降、キハ111・112形の後位側貫通引き戸は幅広の両開きのものが採用されているため、ユニットを分割する場合、貫通扉にアダプターの装着が必要となっている。 定員はキハ110形が119名、キハ111形が131名、キハ112形が136名である。 なお、キハ110-105は2013年(平成25年)に700番台へ、キハ110-108は2017年(平成29年)に710番台へ改造されている(いずれも後述)。 特別塗装車 小海線開業80周年記念事業の一環としてキハ110形キハ110-121が首都圏色に塗装変更された。 キハ110-209車内(八高線) 1993年(平成5年)2月から製造が開始されたマイナーチェンジ車であり、100番台と同様普通列車用となっている。 キハ110形50両、キハ111・112形2両編成21本の計92両が導入された。 そのうち、キハ110形14両 223 - 236 とキハ111・112形2両編成3本 210 - 212 の計20両は、後述の300番台からの編入改造車である。 なお、以下に示す投入区分は本項における便宜上のものである。 初期車 1992年度(1993年2月)に製造されたグループで、キハ110形のみ10両 201 - 210 が制作された。 同100番台と比較し、車体はドアが引き戸式とされたため、側扉出入口の高さを従来の1,036 mmから970 mmに変更している。 この側扉開閉機構の変更の関係で便所ユニットの位置、座席配置が変更されており、定員は118名となっている。 本グループから同年度に製造開始したキハ101形などと同様のマイナーチェンジが行われた。 外観上では側扉の引き戸化に加え、踏切事故対策として運転台部鋼体が250 mm延長・強化されており、乗務員室と側扉の間が広くなった。 キハ110形およびキハ111形室内3位側のロングシートを車いすスペースに変更しており、定員がキハ110形121名・キハ111形131名・キハ112形136名となった。 300番台編入改造車 (平成7年)に特急仕様車として登場した300番台(後述)を使用終了後に改造の上編入したグループである。 他の200番台とは以下の相違点がある。 天井の蛍光灯に設けられていたカバーは存置。 デッキは撤去し、他の一般車と同様の仕切りを設置。 ただし、便所部分の壁面処理等に名残がみられる。 窓枠に物を置く面台はロングシート部を含め存置。 車いすスペースとなった部分の荷棚は、郡山改造車はすべて存置。 長野改造車は窓枠1つ分のみ撤去。 種車の仕様からキハ111形のトイレは車端部に洋式のものを設置(キハ110形は従来どおりの和式)。 また、千曲川に面する1-3位側のカーテンはロールブラインドとされた。 定員は120名であった。 その後、236は比較的早期に他の300番台編入車と同様の仕様となり、235も先に2-4位側に5組の4人掛けボックスシート(通常は4組)を設置したのち、1-3位側を他車と同様の仕様とした。 いずれも、カーテンの違いは存置された。 その後、(平成27年)の長野 - 間延伸にあわせ、飯山線の観光列車「」の専用車として、2両ともで再改造が行われている。 駆動機関や台車などの変更、改番は行われていない。 外装はとを基調に五線譜をイメージした格子様の塗装がなされ、沿線出身のが作詞した唱歌「」をイメージするアイコンがつけられている。 ただし、前頭部のみ、235と236で色が反転している。 内装は「田舎のおばあちゃんち」を意識した古民家風とし、ロングシート部がソファタイプになり、ボックス部には着脱式のテーブルの設置が可能となっている。 カーテンについてはすべて風の柄のブラインドへ変更されている。 また、トイレが和式から、車いす対応の洋式へ変更されている。 なお、観光列車だけでなく、運転日以外には定期列車にも投入されるため、つり革や優先席は存置された。 2014年に先行して落成したキハ110-235がで展示され、から定期列車の運用に投入された。 236の再改造が終了した2015年4月4日より臨時快速「おいこっと」として運用が開始された。 「おいこっと」のほか、定期列車として全線、( - 間)、( - 間)、(宮内 - 間)で運用される。 いずれも小牛田運輸区に配置された。 現在では明確な線区の区分は消滅し、どちらも両線および仙台・小牛田地区で運用される。 外観は専用塗装とし、「雪景色」の白をベースに「豊かな自然」の緑を用いている。 窓下にはアクセントカラーとして、陸羽西線向けのキハ110形は「最上川のもたらす豊かな恵み」の黄色、陸羽東線向けのキハ111・112形は「鳴子渓谷の紅葉をイメージした」赤色を配している。 先頭車前面左下に両線の愛称(奥の細道最上川ライン・奥の細道湯けむりライン)にちなみ「」のロゴが表記されている。 なお、塗装については度導入分のキハ110-237 - 239およびキハ111・112-213 - 217については従来のもので登場したのち、1999年度(平成11年)増備車に合わせ変更されている。 客室については基本的に従来どおりであるが、熱線吸収ガラスを採用し、カーテンを省略しているほか、客用扉の車内側の化粧板が廃止されてステンレス無地に変更された。 そのためこの3両は定員が112名に減少している。 便所はいずれも車いす対応の洋式となり、キハ111形は300番台編入車同様、車端部に移設されている。 また、側面のはキハ111形については省略、キハ112形は車端部に移設されている。 機器面でも、ワンマン機器がバス用の改良品から鉄道車両用のものとなり、自動放送装置もROM方式からICカード方式となっている。 台車は軸ばねをロールゴムから円すいゴムへ変更した、DT58B形・TR242A形に変更されている。 仕様面では当時増備が進んでいた200番台を基本としている。 本番台はを経由して運行されていた「」が、開業に伴う田沢湖線改軌のため(平成8年)から翌(平成9年)までの約1年間、盛岡 - 秋田間で運行ができなくなったため、その代替としてその間非電化の北上線を経由して運転された特急「」(北上 - 秋田間)に使用された。 外観はホワイト系の地色にタークピンクと灰色、ライトパープルで塗装され、前面と側面に先頭車の前面にをデザインしたと「AKITA」の文字が施されていた。 車内はのグリーン車と同様の回転リクライニングシート(950 mmピッチ)を採用したが、喫煙車両として運用することがあるため、キハ111形を除き、灰皿をひじ掛けに追加している。 デッキ部には自動扉つきの仕切りが設けられており、客室後位側には各車とも荷物置き場を設置していた。 なお、キハ112形は後位側車端部にも座席を1列設置しているが、ここについてはデッキとの仕切り扉を設置せず大形のガラス製の仕切りのみとなっていた。 キハ111と112形後位の貫通引き戸についてはドアクローザーを設置している。 室内灯についても蛍光管を2本としてカバーで覆っている。 便所はキハ111形については車端部となり洋式のものが設置されているが、キハ110形については引き続き和式となっている。 「秋田リレー号」では、3 - 4両編成(北上発最終のみ7両編成)を組んで運転された。 秋田新幹線開業を2日後に控えたにキハ110-301, 302が新津運輸区に転属したことを皮切りに、順次他区所への転属が進められ、先述の2両が新津、残りが長野総合車両所に転属した。 転属後は開業前に「信州循環列車 」などで運用された後、前述の200番台(キハ110-223 - 236、キハ111・112-210 - 212)に編入した。 なお、改造時に取り外したリクライニングシートは当時増備が進んでいたE217系電車のグリーン車に流用された。 700番台 詳細は「」を参照 で運転される「TOHOKU EMOTION」専用車として、0番台と100番台から2013年9月26日にで改造された。 番号の新旧対照は次のとおり。 なお、改造と同時に連結部の運転台が使用停止となったため、形式をキハ112形に変更し、キハ112-711となっている。 車両配置と運用路線 2017年(平成29年)現在以下の車両基地に所属し、運用される。 運用については各車両基地の項目も参照。 盛岡支社• キハ100形0・200番台• 全線、( - 間)で普通・快速「しもきた」として運用される。 キハ110形700番台(「」)• 全線で運用される。 当該項目も参照。 キハ100形0番台• 全線、( - 盛岡間)で運用される。 かつては間合い運用で、、(盛岡 - 間)で運用された。 東日本大震災以前は( - 間)でも運用された。 2017年(平成29年)2月より、キハ100-10に動物との接触時に床下への巻き込みを防ぐための排障器が試験的に導入されている。 キハ110系0番台• 東北本線・釜石線快速「」として盛岡 - 花巻 - 釜石間で運用されるほか、間合い運用として釜石線や東北本線(盛岡 - 間)の普通列車で運用される。 うち、「はまゆり」の指定席は本番台が限定使用される。 東日本大震災以前は( - 間)でも運用された。 キハ110系100番台・150番台• 0番台と併結して東北本線・山田線・釜石線の快速「はまゆり」(自由席)・普通列車に運用される。 単独では山田線(盛岡 - 宮古間)、いわて銀河鉄道線・花輪線(盛岡 - - )間、 - 大館間で運用されている。 かつては被災前の山田線(宮古 - 釜石間)、でも運用されていた。 キハ100形0番台• 全線、( - 間)、(一ノ関 - 間)で運用される。 東日本大震災以前は大船渡線( - 間)でも運用された。 かつては間合い運用で - 間にも入線していた時期があった。 「」については当該項目参照。 仙台支社• キハ110系100番台• 主に、( - 間)で運用される。 東日本大震災による被災以前は0番台を併結し、快速「南三陸」として仙台 - 小牛田 - 気仙沼間で運用された。 キハ110系200番台• 、・( - 間)、で運用される。 このほか、2011年(平成23年)から2015年(平成27年)まで東日本大震災の影響により石巻 - 矢本(2012年からはまで延長)間でも運用された。 キハ110系100番台• で運用される。 2017年(平成29年)〜2020年(令和2年)3月13日まではの電力設備改良に伴い、の黒磯 - 間でも運用されていた。 キハ101形• で運用される。 山形新幹線車両センター内はすべて標準軌のため、狭軌の本車は入線できない。 そのため、導入以来構内のを拠点として運用されている。 新潟支社• キハ110系100・200番台• (全線)、( - 間)、(新津 - 間)、(新津 - 間)、(新潟 - 間)で運用される。 なお、一部運用ではと併結して共通運用を行なっていたが、2020年3月14日のダイヤ改正を以てキハE120形は全車が郡山車両センター会津若松派出所に転出したため現在ではこの共通運用は行っていない。 長野支社• キハ110系200番台• 「おいこっと」を含め全線、( - 間)、( - 間)、(宮内 - 間)で運用される。 キハ103形710番台• キハ110系710番台と併結して「HIGH RAIL 1375」として全線で運用される。 キハ110系100番台• 小海線全線で運用される。 キハ110系710番台• キハ103形710番台と併結して「HIGH RAIL 1375」として小海線全線で運用される。 高崎支社• キハ110形200番台• ・( - - 間)で運用される。 転属 水郡線からの撤退と他線への転用 では、キハ110系が2扉であることが混雑の激しい口での列車遅延の要因となっていた。 そのため、(平成18年)から2007年(平成19年)度にかけて3扉の新型車両を投入し、同線に在籍するキハ110系全車を他線へ転出させることとした。 水郡線でのキハ110系の営業運転は2007年(平成19年)9月12日をもって終了した。 水郡線のキハ110には、2007年(平成19年)から9月12日の同線撤退までの間、先頭車の前面に「ありがとうキハ110系」の特製が装着された。 2006年(平成18年)度• キハE130系を24両投入、キハ110系24両を捻出。 19両はに転配し、での車見直し(導入によるもの)で余剰となる2両と合わせての16両と3両を置き換え(キハ52形の残り2両は予備車として2007年度末まで在籍)。 5両はに転配し、2両をして3両を用としてに転配。 2007年(平成19年)度• キハE130系を15両投入し、キハ110系17両を捻出。 14両は盛岡車両センターに転配し、・用のキハ58系4両とキハ52形12両を廃車し、へ譲渡。 また、キハ110系0番台の4両を快速「南三陸」用(車両充当分)としてに転用。 2両は小牛田運輸区に転配し、捻出されるキハ40系2両を用としてに転配。 残り1両はに転配。 11月1日からや、同区の200番台と共通運用で・・で運用開始。 (平成21年)3月15日改正で米坂線の旧型車両の運用をすべて置き換えた。 事故・廃車 2010年(平成22年)7月31日にの - 間を走行中の発行きの普通列車に充当されていた盛岡車両センター所属のキハ110-133がに突っ込み脱線した()。 当該車両は、前面ガラス窓が破損し、11月18日に撤去されるまで4か月間にわたり現場に残されたが、後に復帰している。 2011年(平成23年)3月11日の()に伴うでは、盛岡車両センター所属のキハ100-9・12(山田線・1647D・津波により脱線) 、一ノ関運輸区所属のキハ100-30・38(大船渡線 - 間・338D・床下浸水で機器損傷) 、およびキハ100-31・41(大船渡線盛駅・333D・床下浸水) が被災した。 キハ100-31・41は郡山総合車両センターにて復旧されたが、床上まで浸水した9・12と、被災箇所からの搬出が困難だった30・38は現地で解体となり、本系列初の廃車となっている。 2015年(平成27年)12月11日にはの - 間で、行きの上り最終普通列車に充当されていた盛岡車両センター所属のキハ110-132が線路上に崩れていた土砂に乗り上げ脱線した()。 2017年(平成29年)5月の大型連休明けに、復旧工事のため車体を重機で切断の上撤去された。 (平成2年) キハ100形量産先行車4両がに、キハ110形量産先行車3両が「」に投入され、営業運転開始。 (平成3年)• キハ100形量産車を北上線に、キハ110系0番台量産車を急行陸中に、100番台をに投入。 7月 キハ100形を釜石線・(宮古 - 釜石間)に、キハ110系100番台をに投入。 10月 キハ100形をに投入。 11月 キハ110系100番台をに投入。 (平成4年) キハ110系100番台に投入。 (平成5年)• キハ110系200番台を磐越西線・・に投入。 キハ100形200番台をに、キハ101形をに、キハ110系200番台を磐越西線・羽越本線に投入。 これに伴い、磐越西線に投入された100番台6両が水郡線に転属し水郡線全列車がキハ110系に統一。 (平成6年)• 9月 キハ111・112形150番台を水郡線に投入。 キハ101形を左沢線に投入、全列車がキハ101形に統一。 (平成8年)• 3月16日 キハ111・112形200番台を八高線に投入し、非電化区間の全列車をキハ110系に統一。 工事に伴い、用キハ110系300番台を投入。 (平成9年)• 左沢線増発のため、キハ101形を投入。 また、特急秋田リレー運行終了。 秋田リレー用に使われたキハ110系300番台合計20両を200番台に改造し、磐越西線・羽越本線・に投入。 (平成10年) キハ110系200番台をに投入。 (平成11年) キハ110系200番台を陸羽東線・に投入。 (平成19年• 小海線・水郡線のキハ110系が新型車両投入および予備車見直しに伴い、・快速・に転属。 快速南三陸全列車がキハ110系に統一。 これに伴い、快速はまゆり用キハ110系の一部を快速南三陸用に転用。 水郡線での運用終了。 水郡線へのキハE130系投入により、山田線(盛岡 - 宮古間)・に転用。 山田線(盛岡 - 宮古間)・岩泉線全列車がキハ110系に統一。 (平成20年)• で運用開始。 12月 所属のキハ110系の方向幕がLEDに改造される。 (平成21年)11月 所属のキハ100形の方向幕がLEDに改造される。 (平成22年)4月 所属のキハ110系の方向幕が全車、LEDに改造される。 (平成23年) 運転を再開した矢本 - 石巻間で小牛田運輸区所属のキハ110系が使用される。 (平成24年)• - 矢本間運転再開に伴い、同区間でも小牛田運輸区所属のキハ110系が使用される。 (平成25年)2月中旬 小海線営業所所属であったキハ110形のうち3両が小牛田運輸区に転属した。 (平成26年) 廃止に伴い、同線での運用終了。 (平成27年)• 長野総合車両センター所属のキハ110形(元300番台)のうち2両が再改造され、「おいこっと」として運用を開始する。 仙石線陸前小野 - 石巻間での小牛田運輸区所属のキハ110系の運用が終了。 石巻線 - 間で運用開始し、石巻線・陸羽東線の全列車がキハ110系での運用となる。 (平成29年)• デスティネーションキャンペーンに合わせ、飯山線で運用される長野総合車両センター所属のキハ110系のうち2両が旧飯山線色、1両が「飯山線の四季」デザインで運用開始。 7月1日 デスティネーションキャンペーンに合わせ、小海線にキハ100形および110形を改造した観光列車「HIGH RAIL 1375」を運用開始。 の電力設備改良工事に伴い、黒磯 - 間で運用開始。 (令和2年)• 3月13日 東北本線黒磯 - 新白河間での運用終了。 キハE120系との併結運用が消滅。 脚注 注釈• プラットホームは「電車用」 1100 mm 、「電車及びその他列車の共用」(高さ920 mm)と「客車用」 760 mm が存在する。 ちなみに、酷寒地用の(JR北海道)では、直噴エンジン搭載車であるにも関わらず、極寒時対策として機関予熱器を装備している。 これら車両では、モニタ装置の有無等の違いから、電気連結器を二段式とし、接点で混結を検知している(キハ110系連結時は上段のみ使用)。 なお、併結を考慮しないキハE130系100・500番台では1段式としているため、混結を検知できない。 2012年12月28日までは事前招待客のみが対象だった。 このほか、ドア横にキハ110は「Mogami-gawa Line」キハ111・112は「Yukemuri Line」のロゴが入っていたが、後に消去されている。 JR東日本の定期運転の列車で初めての気動車特急でもあった。 キクシ112-701はディーゼルエンジンを搭載してはいるもののサービス電源用となっており走行用には使用されないためキクシとなっている。 仙石線ではホームの高さの関係から、が閉塞されている。 東日本旅客鉄道株式会社. 2016年12月3日閲覧。 jp 鉄道ニュース 2012年12月13日• JR東日本 2017年5月26日. 2017年5月26日閲覧。 2017年5月26日. 2017年5月26日閲覧。 東日本旅客鉄道 2017年5月26日. 2017年6月22日閲覧。 - 東日本旅客鉄道 プレスリリース 2012年10月12日• JR東日本千葉支社ニュースリリース• 東日本旅客鉄道長野支社 2016年11月4日. 2017年2月21日閲覧。 東日本旅客鉄道長野支社 2017年2月21日. 2017年2月21日閲覧。 東日本旅客鉄道長野支社 2017年5月19日. 2017年5月20日閲覧。 鉄道ファン・railf. jp 鉄道ニュース 交友社. 2017年7月2日. 2017年7月3日閲覧。 マイナビニュース. 2017年6月21日. 2017年6月22日閲覧。 東日本旅客鉄道長野支社 2015年3月20日. 2017年5月24日閲覧。 交友社 鉄道ファン・railf. jp 2015年3月7日. 2017年5月24日閲覧。 交友社 鉄道ファン・railf. jp 2015年3月19日. 2017年5月24日閲覧。 - 鉄道ホビダス 編集長敬白 2014年12月25日• - 東日本旅客鉄道 2014年7月18日• - 東日本旅客鉄道長野支社• - Response 2015年4月5日• - 東日本旅客鉄道八王子・高崎支社 2014年8月22日()• 交友社 鉄道ファン・railf. jp 2014年10月8日. 2014年10月24日閲覧。 - 東日本旅客鉄道長野支社 2017年3月8日• 360。 河北新報ONLINE NEWS. 2017年4月15日. の2017年4月16日時点におけるアーカイブ。 2017年4月16日閲覧。 - 東日本旅客鉄道仙台支社 2015年2月26日(インターネットアーカイブ)• 東日本旅客鉄道長野支社 2017年3月8日. 2017年5月20日閲覧。 - 東日本旅客鉄道仙台支社 2019年12月13日 参考文献• 佐藤芳彦 1990-04-01. 第30巻 通巻348号 : pp. 55 - 60. 吉田純一 1994-01-01. 鉄道ファン 交友社 第34巻 通巻393号 : pp. 60 - 61. 東日本旅客鉄道 株 運輸車両部車両課 1996-04-01. 鉄道ファン 交友社 第36巻 通巻420号 : pp. 76 - 79. 鉄道ファン 第37巻 通巻435号 : pp. 35 - 90. 1997-07-01. 三浦昭司 2000-02-01. 鉄道ファン 交友社 第40巻 通巻466号 : pp. 56 - 57. 白土裕之 2007-04-01. 鉄道ファン 交友社 第47巻 通巻552号 : pp. 91 - 106(キハ110系に関する項目はpp. 104-106). 西脇浩二 2011-04-01. 鉄道ファン 交友社 第51巻 通巻600号 : pp. 133 - 137. 西脇浩二 2011-05-01. 鉄道ファン 交友社 第51巻 通巻601号 : pp. 110 - 113. 西脇浩二 2011-12-01. 鉄道ファン 交友社 第51巻 通巻608号 : pp. 100 - 105. 今尾恵介監修. 日本鉄道旅行地図帳 東日本大震災の記録. 新潮社. JR電車編成表2014冬. 関連項目• キハ110系300番台と同様に格下げを前提として製造された車両• 外部リンク• ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

次の

JR東日本キハ100系気動車

キハ 400

今日から本格的に仕事が再開されました。 いきなり在宅7時間を切る生活が幕を開けました。 そんな中ではありますが、お陰様で好評を博している、と勝手に思い込んでいるこのシリーズは、多少のネタストックがありますので、寝る前にアップをしておこうと思います。 今日は、札幌から稚内を結んでいた夜行急行(のち特急)「利尻」を選んでみました。 1996. 8 1989. 8 1989. 8 ED76が旭川まで、旭川〜稚内はDD51牽引で運転されていました。 編成が長かった頃は、塩狩峠でDD51の重連運転が行われていました。 1989. 8 この頃は側線がかなり整理されていましたが、もう少し前までは後のクルマが止まっている辺りは全て貨物側線だったそうです。 暖かい色の構内灯のあかりが、私の稚内のイメージです。 大学受験浪人が決まり、予備校の組分け試験のために慌てて旅程を打ち切った、はじめての渡道…ここから2夜行乗り継ぎで帰京したのも、ほろ苦い思い出です。 その後「利尻」は1991年にキハ400系を使って気動車化されました。 1996. 3 札幌 NewF-1 50mmF1. 8 この編成が基本。 最後部一両は旭川で切り離しとなっていました。 寝台車1両、このころはそこそこ需要もあったように覚えています。 スハネフ14-500のトップナンバーがこの日は運用に入っていました。 1996. 7MM キロ59系お座敷車やキハ56系など、雑多な形式の増結車両が総動員されたのも、「利尻」の魅力でした。 この日は増結を重ねて9両で札幌を出発しています。 1996. 10 札幌 稚内からの運用を終え苗穂に引きあげる「利尻」。 この日はキハ400+スハネフ14+キハ480+キハ400+キハ56の編成でした。 1997. 8 旭川 旭川駅も、今は高架駅ですね。 シーズンになるとキハ56の増結があって、これに乗りたくって何度も「利尻」に乗りました。 稚内に着くと、港から利尻・礼文を目指す人、宗谷岬へ向かう人、散り散りに別れていきます。 1999. 12 音威子府 冬になると、厳しい自然が容赦なく列車を痛めつけます。 1992. 2 音威子府 暖かい明かりのともるホーム。 天北線が健在だった頃は,ホームにあの音威子府そばのスタンドがありました。 1992. 2 音威子府 普段の時期は旭川を出ると空席も多く,寝台車一両を含めて4両での運転でした。 2002. 7 札幌 「利尻」は2000年に特急格上げを受けました。 キハ183になってからは、使っていたチケットの関係で寝台車を使うことが多かったのですが、夏場にはお座敷車が増結される時期もあったので、そちらを使ったこともありました。 2002. 8 札幌 赤い2両が「お座敷車」です。 函館本線の特急接続待ちでこの日はダイヤが乱れていました。 右端のキハ183は「まりも」。 普段ならば並びえない2本が、札幌駅のホーム越しに顔を合わせました。 「ミッドナイト」のカーペットカーはものすごい密度でまともに寝られなかった苦い記憶があったのですが、「利尻座敷」は、程よく距離感が保たれて、まずまず快適に休むことができました。 「利尻」は2006年ダイヤ改正で定期列車としての運行を終了、2007年夏のシーズンを最後に運転が終了となりました。 1998. 8 兜沼〜勇知 利尻・礼文を目指すには、とにかく便利な列車ダイヤでした。 運転終了、しかもお別れもできずに「事後承諾廃止」だったことは心から残念でした。 初めまして。 「愛称別トレインマーク事典」というサイトを運営しております、日本海ファクトリーと申します。 exp. 愛称別トレインマーク事典では、列車名ごとにトレインマークを中心にしつつ、その列車の画像やデータを掲載しているのですが、「お役立ちサイト」というコーナーも列車の各ページごとに設けて、私どもの編集者がお勧めしたいサイトへのリンクを掲載しております。 内容の転載はほとんどしておりませんのでご了承いただければ幸いです。 万一不都合がおありでしたらご連絡くださいますよう、よろしくお願いいたします。

次の