昭和 の クルマ と いつまでも。 昭和のクルマは、ここが良かった

昭和のクルマといつまでも

昭和 の クルマ と いつまでも

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明治・大正・昭和・平成は何年まである?期間や西暦を表にしました!

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平成が終わろうとしている今、あえて魅力的モデルが多い昭和のクルマたちを4つのカテゴリーに分けて再評価する、題して「最後の昭和ランキング」。 最終回となる今回はセダン編である。 現在のようなミニバンやSUVが少なかった昭和の時代、ファミリーカー、高級車、と幅広い層に選ばれたのが4ドアセダンだ。 高級セダンではクラウンやセドリックが王道であり、大衆車ではカローラやサニー、コロナ、ブルーバードなどが定番に。 バブル期にはシーマが誕生して大きな注目を集めた。 エントリーは17車種。 評価基準は、「そのクルマが登場した時、いかに一般ユーザーやクルマ好きをときめかせたか」「その時代のエポックメイキング的クルマだったか」である。 2位にカペラ、3位にセドリックが続く結果となった。 3氏、2氏が高い評価を与えながら上位に食い込めなかった車種としてはシーマ、サニー、コロナといったあたりが挙げられるだろうか。 シーマについては国沢氏、コロナについては片岡氏に尋ねてみた。 1Lエンジンを搭載。 高い人気を獲得したセダンだ。 6L、1. 8L、2Lエンジンを搭載したファミリーカーになった。 4ドアはセダンのほかにハードトップも設定。 発売当初は697cc空冷水平対向2気筒エンジンを搭載。 6L~2Lクラスで、ブルーバードでは最後のFR車。 直線基調のスタイルもウケて510型以来の大ヒットとなった。 自身の評価と全体の結果をどう見ますか? (TEXT/御堀直嗣) 230型のセドリックは、それまでに比べてぐっと豪華になり、クラウンをしのぐ勢いを感じさせる4ドアセダンだった。 また、それまで4ドアセダンといえば前後ドアの間に支柱があり、四角張った造形の印象があったが、4ドアハードトップという新たな価値を提案し、そのハードトップのスタイルの格好よさと、4ドアの利便性を併せ持つ魅力は大きかった。 グロリアと姉妹車となった3代目(230系)セドリック グロリアと共通の車体を用いた最初の世代であり、豪華さや斬新な価値の提案によって、当時はクラウンの販売台数をグロリアと合わせると抜いたはずだ。 S12クラウンは、ここから「いつかはクラウン」の言葉が生まれ、クラウンらしいクラウンの一台だが、「アスリート」グレードを設けるなど、クラウンがこの先を模索していた時代ではないか。 時代の評価という意味で、セドリックは、日産がトヨタと堂々と戦っていた時代への郷愁も思い起こさせる。 バブル景気の間に開発を開始し、それまでの日本車とハッキリ違う完成度やクォリティを持つセルシオなど出てくるの、景気が落ち込む平成ですから。 昭和って戦後のドタバタや「急ごしらえ感」こそ味になっている。 大ヒットした日産の初代シーマ という観点からシーマを見ると、セドリックのボディを強引に拡幅し、新しくないエンジンにターボ付けてドーピング。 冷静になって評価すると、いろんな意味で昭和の味が濃いですワな! 当時、バブル景気で舞い上がる日本人の気持ちを満足させる押し出しの効くクルマって、シーマしかなかったと思う。 クラウンもワイドボディを出したけれど、シーマの前に完敗しちゃいました。 トヨタにとって一番手厳しい「負け」だったかもしれません。 この理由は何ですか? (TEXT/片岡英明) 3代目のコロナは国際商品を掲げて1964年9月に登場した。 2代目まで、コロナはメカニズムの信頼性はもちろん、販売面においても日産のブルーバードの敵ではなかったのである。 この時期まで、ファミリーカーといえばブルーバードだったのだ。 1964年に登場した3代目コロナ が、トヨタはブルーバードを徹底的に研究し、デザインにも新しい感覚を積極的に盛り込んでいる。 ストレート基調のダイナミックなアローラインと堂々とした4灯式ヘッドライトの3代目コロナは、デザインが美しかった。 女性層をも魅了し、発売されるや大ヒット作となっている。 開通したばかりの名神高速道路を使って耐久信頼性をアピールし、メカの優秀性もアピールしたから、尻下がりの2代目ブルーバードを販売面で圧倒した。 この3代目RT40系コロナはベストセラーカーになっただけでなく、日本初の2ドアハードトップや使い勝手のいい5ドアのHBセダンも送り出している。 日本のファミリーカー文化を花開かせた傑作だから、迷わず3位としたのだ。 当時、TVの仕事で「ヨーロッパの道を走る」という企画があり、ドイツに飛んだ。 クルマは現地で調達し、そのクルマでドイツ国内を走った。 ロータリーの搭載を止め、ファミリーカーとしてフルモデルチェンジした3代目カペラ カペラはヨーロッパでは「マツダ626」と呼ばれていた。 4ドアセダンのそのクルマは、見た目はハンドルの位置が日本仕様とは違う左側だが、カペラそのものだった。 しかし、驚いたのは、ハンドルを握り、走り出してから。 ハンドルを切った時の動きだった。 ドイツは郊外の一般道なら時速100kmくらいで走る。 そして、ワインディングやS字コーナーも平気で突っ込んでいく。 そこをカペラは同じようなペースで走ったのだ。 「日本車がこんなに走るなんて」とビックリ。 確かに当時から欧州仕様車はサスペンションやショックアブソーバーは日本仕様とは別ものだったが、ここまで走るとは思ってもいなかった。 当時からヨーロッパでも通用するクルマ作りを行なっていたマツダに、感心したのだった。

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【昭和の名車 181】Be

昭和 の クルマ と いつまでも

日本は1950年代半ばから、高度経済成長期に突入しました。 そして、1955年 昭和30年 に、日本政府が「国民車構想」を発表したことをきっかけに、モータリゼーションの波が急激に押し寄せることになります。 1962年 昭和37年 には鈴鹿サーキットが完成し、翌年、第1回日本グランプリが開催されると、クルマは高性能化が競われるようになり、スカイライン伝説や、トヨタスポーツ800とホンダS600の対決などが注目を集めるようになりました。 そして1960年代後半には、トヨタ 2000GT、日産 フェアレディZ、マツダ コスモスポーツといった国産スポーツカーが、次々と誕生。 70年代は、輸出も盛んになります。 そうして1980年 昭和55年 には、日本の自動車生産台数が、世界一になります。 その後の1986年 昭和61年 ごろから始まった、バブル期に誕生したクルマは、世界における日本車の名声を確固たるものにしました。 そんな好調だった昭和の自動車史を締めくくるかのように、平成元年にはトヨタ セルシオ、日産 スカイラインGT-R、ユーノス ロードスター、ホンダ NSXといった名車が誕生したのです。 最近のクルマはや 横滑り防止装置 、などの安全装備はもちろんのこと、エンジンも電子制御で故障もほとんどありません。 またパワステやエアコンなどの快適装備も、当然のように備わっています。 しかし、こうした制御装置や快適装備が普及する前は、エンジンもキャブレター式でメンテナンスや調整に苦労し、ハンドル操作やクラッチ操作も重く、快適とは言い難いものでした。 しかし、昭和のクルマはメカがシンプルであるぶん、ハンドルに伝わるダイレクトな感覚、キャブレターの吸気音、排ガスの匂いなど、五感を刺激する要素がたくさんありました。 自分でメンテナンスしながらクルマに愛情を注ぎ込む楽しさは、いまよりも色濃かったと言えるかもしれません。 最近のクルマは快適で安全、信頼性も高く、素晴らしく良くできています。 しかしさまざまな環境基準、安全基準の範囲内で、より個性的なクルマ作りをしなければならないのも事実です。 自動車関連の技術が日進月歩で発展するなか、昭和のクルマが持っていた楽しさやワクワク感を、ふたたび味わえるようなクルマが登場することを期待しています。 ----------------- 文・立花義人 フリーライター。 5歳の頃に自動車図鑑で見たアルファロメオのデザインに衝撃を受け、以降クルマに魅了される。 様々なクルマの個性を知りたいと考え、免許取得後国産・輸入車問わず20台以上を乗り継ぐ。 車検整備を取り扱う企業に勤務していた際、メンテナンスや整備に関する技術や知識を学ぶ。 趣味はドライブ、食べ歩き。 現在の愛車はパサート・ヴァリアント。

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