夜紛い 歌詞。 夜紛い 歌詞 ヨルシカ( Yorushika ) ※ live.t4g.org

ヨルシカ 夜紛い 歌詞&動画視聴

夜紛い 歌詞

解釈 他人と同じだけの能力なんていらないから 他人より楽にいきたいし、努力もしたくない。 君の写真を見て俯いたまま歩くから空の青さがわからない。 まず、前提として、この曲は「パレード」の続きとして歌詞が書かれています。 主人公とエルマの物語を流れも知るためにも、「パレード」の解釈記事を読んでいただいてからこの記事を読んでいただくことを推奨しています。 branchwith. と言う意味があります。 そこから「他人と同じだけの能力はいらない」と歌い出しは解釈できます。 また、「俯いたまま〜」からの部分は、エルマを忘れられない主人公の心情を歌っているものと推測できます。 がらんどうの心が夕陽の街を歩いてく 銃身よりも重いと引き攣ったその嘘の分だけ 解釈 中身の無い空っぽな心の僕が街を歩いている。 嘘のぶんだけ引き攣って、僕の歩みを妨げている。 「がらんどう」とは中に何もないことを指します。 そこから「中身の無い空っぽな」と解釈しています。 「銃身〜」の部分。 ここは解釈する際にかなり迷いました。 嘘の分だけ銃身より重いと引き攣るってちょっと意味わかりませんよね。 ここを解釈する上で、少しフライングしてしまいますがサビの歌詞を見て見ましょう。 マシンガンで君に穴を開けたいというようなことを言っていますね。 このサビの歌詞と、がらんどうな心という歌詞を考慮すると「嘘の分だけ銃身より重いと引き攣る」を「嘘(歩むために自分を騙す嘘)をつけばつくほど君(エルマ)を打つことを戸惑ってしまう」とすんなり解釈することができます。 人生ごとマシンガン、消し飛ばしてもっと 心臓すら攫って ねぇ、さよなら一言で 悲しいことを消したい 嬉しいことも消したい 心を消したい 君に一つでいい、ただ穴を開けたい 解釈 人生とは辛いことを乗り越えることだなんて言ってみたい。 君の最後を何度でも歌って。 あぁ、君のその喉から切ない歌も優しい歌も全て消してしまいたい。 「人生とはマシンガン」。 この部分はマシンガンをエルマを消すための道具と解釈すると、「人生とは辛いこと(=エルマがいなくなったこと)を乗り越えること」と解釈できます。 リフレインとは詩・楽曲の各節最後の部分をくりかえすこと。 そのくりかえし。 という意味があります。 エルマは音楽であり詩だ。 というのが主人公の考えですから、リフレインの部分はエルマの最後、つまりエルマの死ぬ間際のことを指しているのでしょう。 人生ごとマシンガン 消し飛ばしてもっと 苦しいんだと笑って ねぇ、さよなら一言で 君が後生抱えて生きていくような思い出になりたい 見るだけで痛いような ただ一つでいい 君に一つでいい 風穴を開けたい.

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夜紛い 歌詞「ヨルシカ」ふりがな付|歌詞検索サイト【UtaTen】

夜紛い 歌詞

楽曲の基本情報 今回紹介する「ノーチラス」は、ヨルシカの第2弾アルバム「エルマ」の収録楽曲になっています。 このアルバムは前作「だから僕は音楽を辞めた」の主人公の青年 エイミー から送られてきた手紙に影響を受けた女性、エルマが手がけたという設定の楽曲14曲が収められています。 収録楽曲は以下。 車窓 02. 憂一乗 03. 夕凪、某、花惑い 05. 湖の街 06. 神様のダンス 07. 雨晴るる 08. 歩く 10. 森の教会 11. 声 12. エイミー 13. 海底、月明かり 14. ノーチラス これらが「エルマ」に収録されている14曲なのですが、これらは全てエルマという女性 MVの女の子 目線で歌われています。 「深い眠りから覚める曲だよ」と彼が話した三年前の一瞬を、ずっと覚えています。 ずっと愛しています。 皆様にとっても、朝日の射すような作品になってくれたら幸せです🌅! 収録されているのも最後であり、物語的にも結末をイメージさせる印象が強い本楽曲ですが、正体はまさかの 「はじまりの曲」だったのです。 何でもn-bunaさんがヨルシカとして最初に描いた作品だとか。 では、さっそく楽曲考察に移っていきます。 と言いたいところですが エルマとエイミー MVで登場する男の子 のストーリーを全く知らない。 という方の為に、最低限押さえておきたいエルマとエイミーにまつわるストーリーのポイントを紹介します。 エルマとエイミーは互いに想い合っていた• エルマとエイミーは一緒に音楽をしていた• 想い合いつつも二度と会えない状況にある これらが「ノーチラス」より以前に発表された楽曲で分かっていたことになります。 そして今回の衝撃的なMVで物語は核心に迫っていくのです。 では、さっそく楽曲考察に移っていきましょう。 楽曲名「ノーチラス」の意味 本来 「ノーチラス」とは ラテン語でオウムガイ。 という意味になっているのですが、これだけだと解釈できませんね。 実はオウムガイという言葉からは オウムガイの生態の特徴をなぞって、 「ノーチラスな人々」 という言葉が生まれています。 これは ノーチラス(オウム貝)のように、気分が浮いたり沈んだり 大変な思いをしている人びと。 という意味だそうです。 またも、ハッとさせられちゃいますよね。 MV中、社会に絶望して海に沈み込んでいったエイミーの姿 ここは下記にて詳しく解説します と重なるのです。 オウムガイであるノーチラス• 潜水艦であるノーチラス号 どちらをとっても本楽曲「ノーチラス」のストーリーと関連性が深そうですよね。 題はジュールヴェルヌの海底二万マイルに出る潜水艦、ノーチラス号からの引用。 眠りからの目覚めと深海から浮上するそれのメタファー。 — ナブナn-buna nabuna2 実はこれに関しては、作曲を手掛けた本人であるナブナさんがノーチラス号から引用していると述べています。 では、上記を踏まえたうえで、 本題の歌詞考察に移っていきます。 それではお待たせ致しました。 本題の歌詞考察に移っていきましょう。 1番 時計が鳴ったからやっと眼を覚ました 昨日の風邪がちょっと嘘みたいだ 出かけようにも、あぁ、予報が雨模様だ どうせ出ないのは夜が明けないから 作詞作曲:n-buna 冒頭は、主人公を取り巻く 「気だるい空気感」が伝わる情景表現で構成されている。 「朝」という言葉は一切綴られていないのに、主人公エイミーは紛れもなく 憂鬱な朝の中にいることが分かる。 「時計」や「昨日の風邪」という具体的情景表現が素晴らしいですね。 また、 予報の雨模様というのは、実際の天気と主人公エイミーの心情を文字通り比喩しているのだが、 夜が明けないという文は少し違う。 実際に夜が明けないことはない。 しかしこういった表現をすることで 「どんなに時間が経っても晴れない心」を表しているのです。 小説のように綴られていくテクニカルな冒頭から、エイミーの悲しみや億劫がビシバシと伝わってきますね。 喉が渇くとか、心が痛いとか、 人間の全部が邪魔してるんだよ 作詞作曲:n-buna 上で 「やっと眼を覚ました」という表現があるように、主人公は暗闇の中にいる眠り状態から早く解放されたかったことが分かります。 しかし、せっかく目を覚ましたとしても目の前にあるのは、 変えようのない現実だけです。 そのせいで「喉が渇く」「心が痛い」など主人公は苦しむ羽目になってしまうのです。 喉が渇く という表現からは• 憂鬱の中でも生を渇望している皮肉な本能• 水分をたくさん排出したこと 泣いたこと が分かります。 言うならば「痛み」も身体を守るための防衛本能です。 MVの結末を分かっているいま「喉が渇く」「心が痛い」に対する「邪魔してるんだよ」は、 身動きがとれないという意味に加えて、 消えてなくなろうとすることを邪魔してるんだよという意味も包括しているような気もします。 つまり、この時点でエイミーの中の 生死の葛藤は繰り広げられているということです。 サビ1 さよならの速さで顔を上げて、 いつかやっと夜が明けたら もう眼を覚まして 見て 寝ぼけまなこの君を 何度だって描いているから 作詞作曲:n-buna 「さよなら」という言葉から展開されるサビになりますが、このお別れを意味する「さよなら」こそが、冒頭から一貫して漂っている憂鬱の正体です。 ファンの方は既にご理解かと思われますが エイミーの憂鬱の正体はエルマの喪失 であり、「さよなら」の相手は言うまでもなく「エルマ」になります。 このサビからは どんなに離れていてもずっと見守っている という純粋な愛情が伝わってきますが、MVと照らし合わせることで、さらに心を揺さぶられます。 ここはラストサビにて。 スポンサーリンク 2番 傘を出してやっと 外に出てみようと決めたはいいけど、 靴を捨てたんだっけ 裸足のままなんて度胸もある訳がないや どうでもいいかな 何がしたいんだろう 作詞作曲:n-buna MVのストーリーはここから始まる。 心の雨に負けて、引きこもっていたエイミーでしたが、ここでとうとう心を晴らそうとします。 しかし、外に出ようとするにも肝心な靴がありません。 ここの部分が何を意味しているのかというと、 それは、 エイミーな虚弱な心です。 これを結びつけるためには 靴=防具 守ってくれるもの という捉え方をする必要があります。 靴がないということは、自分を守ってくれる鎧がないことと同義なのです。 エルマがいなくなったことで、荒んでしまったエイミーの心は鎧を持たない裸同然の状態。 決して、刺激の多い外に出れる状態ではありません。 ズタボロになってしまっている心情が読み取れますね。 しかし、それでも外に出ようとするのは、 「エルマのいない世界でも前を向こう」と精一杯の葛藤をしているからです。 健気な心に胸が痛い。 夕飯はどうしよう 晴れたら外に出よう 人間なんてさ見たくもないけど 作詞作曲:n-buna 「晴れたら外に出よう」 の外に出た情景がMVでは描かれています。 ここもファンであるなら胸を打たれるポイント。 路上で弾き語りをしているのです。 まるで共に音楽をしていたエルマを想起しようと言わんばかりに。 がらんどうの心が夕陽の街を歩いてく とあるような、別楽曲「夜紛い」の歌詞こそが2番のBメロの情景にあたるのでしょう。 そして、弾き語りという魂の叫びを続けるエイミーですが、切なさ、苦しさの中で叫んだ声は誰にも届きません。 それどころか蔑むような見られるばかり。 人間なんてさ見たくもないけど という 人間否定の歌詞とMVの心情が重なります。 ヨルシカの別楽曲 「踊ろうぜ」にて 嗚呼、人間なんて辞めたいな そうだろ、面白くも何にもないだろ 嗚呼、自慢のギターを見せびらかした あの日の自分を潰してやりたいよ という歌詞がありますが、ここの部分はまさにMVの男性に蔑まれた際のエイミーの心情が描かれているのでしょう。 サビ2 このままの速さで今日を泳いで、 君にやっと手が触れたら もう目を覚まして 見て 寝ぼけまなこの君を 忘れたって覚えているから 作詞作曲:n-buna 「このままの速さ」というのは 憂鬱の中でぼんやりゆっくりと今日を生きていくエイミー自身を映しています。 つまり この辛すぎる日々の中でも、じっくりと耐えていると、その先には君に会えるかもしれない。 という希望が描かれているのです。 たとえその希望が幻想だったとしても、エルマに触れる瞬間を何時でも祈っているのです。 ここは本当に切なすぎる。 ラストサビ このままの速さで今日を泳いで、 君にやって手が触れたら もう眼を覚まして 見て、君を忘れた僕を 作詞作曲:n-buna ここでストーリーは急展開を迎える。 なんとエイミーが花緑青色の塗料を呑んで、海に飛び込むのです。 MVであるように 花緑青=毒性の人口塗料 つまり、自ら命を絶ったわけです。 別楽曲 「五月は花緑青の窓辺から」で さようなら 青々と息を呑んだ 例う涙は花緑青だ とありましたが、まさにここの伏線が隠されていたとは、、、 エルマのいない日々に耐えられなかったのですね。 この結末は辛すぎる。 またMVでは、上空から下を眺めるもう一人のエイミーが描写されています。 この乗っている乗り物こそが「ノーチラス号」。 この二人の主人公が何を意味すのかは難解な部分ではありましたが私個人の意見としては エルマに手紙を残せ。 という暗示だったのではないかと考えております。 命を絶とうと葛藤をしていた下界のエイミーは、ノーチラス号に乗っている 架空の自分を見て、「ノーチラス」という手紙のタイトルを書き、手紙を残すという行動を取るのです。 おさらいですが、ノーチラス号とは、 架空の潜水艦を言う。 つまりノーチラス号の自分は架空の幻。 さよならの速さで顔を上げて いつかやっと夜が明けたら もう目を覚まして 見て、寝ぼけまなこの君を 何度だって描いているから 作詞作曲:n-buna 時が経ち、エルマはエイミーの行動を知る。 現実を知り、泣き崩れるエルマですが、ここで描かれる歌詞のテクニックが凄い。 内容はサビ1とほとんど同じであるはずなのに、エイミーの憂鬱を謳った内容とは違った意味で聴こえてくるのです。 「顔を上げて」も 「目を覚まして」も全ては、エルマに対する励ましの言葉のように感じる。 顔を上げたときの、この美しい夕日こそがエイミーだとすると、彼はいつ来るのかも分からないエルマをずっと待ち続けていたということになります。 またエルマに出会えたことで 「夜が明けた」という希望も掛けられているのでしょう。 いつ来るかも分からないエルマを待ち焦がれている姿は、海底体験の旅を永遠と続けている「ノーチラス号」と重なる。 「エルマと再会したい」 そんなエイミーの切実の願いは、最後の最後で叶ったのです。 感想 こんなにも心を揺さぶられたのはいつ以来でしょうか。 エイミー作詞• エルマ作曲 の「ノーチラス」。 もしかすると、この歌は夕陽を眺めたあと、エルマが作曲して あの場で歌ったのかも知れません。 そう考えると更にグッときますよね。 鳥肌モノのストーリーをありがとうございました。

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【ヨルシカ/心に穴が空いた】の歌詞の意味を徹底解釈

夜紛い 歌詞

ヨルシカ、 「心に穴が空いた」。 アルバム「だから僕は音楽をやめた」の続編となる2ndフルアルバム、「エルマ」収録の楽曲で、MVは公開後3日で100万再生突破の話題曲です。 前アルバムの楽曲との関連性は? エルマの心に空いた「穴」の正体は? ここでは歌詞を徹底的に分析し、その意味の解釈を書かせていただきます。 楽曲について 前作「だから僕は音楽をやめた」にて、主人公の青年、エイミーがエルマに送った手紙(楽曲)。 物語は、その手紙を受け取ったエルマの視点に切り替わり再び動き出します。 「だから僕は音楽をやめた」の歌詞解釈はこちら エルマと離れ離れになり、エルマと過ごした記憶も枯れ果て、ついには音楽を諦めてしまったエイミー。 そんな彼の残した言葉は、確かにエルマの心を傷つけるのでした。 「心に穴が開いた」の歌詞は、多くがエイミーがエルマにあてた歌詞に呼応するものとなっており、中でも 「夜紛い」という曲とは特に密接な関係がみられます。 「夜紛い」との関係性 前作収録曲、 「夜紛い」。 読み方は「よるまがい」です。 この楽曲では明確に、 エイミーがエルマの心に穴をあけようとする姿が描かれています。 人生ごとマシンガン 消し飛ばしてもっと 苦しんだと笑って ねぇ、さよなら一言で 君が後生抱えて生きていくような思い出になりたい 見るだけで痛いような ただ一つでいい 君に一つでいい 風穴を開けたい ヨルシカ 「夜紛い」 作詞 n-buna 歌詞でエルマを描くという信念を諦めることができなかった主人公は、 エルマに別れを告げることでそのすべてを放棄しようと試みます。 それと同時に、 エルマの心に穴をあけたいとも願った。 せめてエルマには、自分の存在を忘れてほしくはなかったのです。 そんな彼の思いは、彼の想定をはるかに超えて叶ってしまうことになりました。 詳しくは後述。 「夜紛い」は前作「だから僕は音楽をやめた」の9曲目であり、 「心に穴が開いた」は今回のアルバムの9曲目。 どうやら偶然ではなさそうです。 歌詞解釈 若干紛らわしいことに、 女性である「エルマ」の一人称も「僕」です。 ここでは、「僕」=エルマ、「君」=エイミーとして説明していきます。 1番 小さな穴が空いた この胸の中心に一つ 夕陽の街を塗った 夜紛いの夕暮れ ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 何かを失った喪失感。 失意の混ざる夕暮れ。 「夜」という言葉は少なからず負の感情を帯びていますから、これから夜に移っていく 「夜紛いの夕暮れ」という描写は、 この楽曲が前向きな曲ではないことを暗示しています。 また、さりげなく「夜紛い」という言葉を用いることで 楽曲「夜紛い」との関連性が明示されます。 忘れたいのだ 忘れたいのだ 忘れたい脳裏を埋め切った青空に君を描き出すだけ ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 君をいくら忘れようとしても、心に浮かぶのは君の姿だけ。 もしも君の存在をすっかり忘れてしまえたのなら、君を失う喪失感に苛まれることなどありません。 しかし、 忘れることなどできるはずがありませんでした。 忘れたいのに、むしろ君を描くことしかできなかったのです。 だから心に穴が空いた 埋めるように鼓動が鳴った 君への言葉も 口を開けば大体言い訳だった だから心に穴が空いた 降る雨だけ温いと思った 繕って 繕って 繕って 顔のない自分だけ ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 君を失った喪失感に襲われた。 気づけば自分を正当化していた。 感情を押し殺して、自分の表情さえもわからなくなった。 君を忘れることなどできなかったから、 エルマは喪失感に襲われることとなりました。 失意に沈み、心は冷え切ってしまった。 口から出るのは保身の言葉だけです。 「降る雨だけ温いと思った」という表現が、いっそうエルマの悲しみを際立たせます。 深い悲しみに暮れるエルマにとって、降る雨はもはや悲しみを助長するものですらないのです。 天気を使った表現の美しさは感無量です。 2番 少しずつ穴の開いた木漏れ日の、森で眠るように 深海みたいに深く もっと微睡むように深く、深く、深く 深く夜を纏った目の奥に月明かりを見るまで ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 希望が見えるその時まで、このまま深く沈んでいたい。 森で眠るように、深海みたいに、微睡むように深く。 エルマの底なしの失意が窺えます。 悲しみに沈むときには、感傷的にどこまでも傷ついていたいと思ったりするもの。 彼女の心に空いた穴は、大きく深いものへと変わっていきます。 君の心に穴を開けた 音楽が何だって言うんだ ただ口を開け 黙ったままなんて一生報われないよ ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna エルマの姿を描くことができず、もがき苦しみ、 ついには君は「音楽」をやめてしまった。 それくらいエイミーは「音楽」を特別視していました。 でもそれが何だっていうんだ。 口を開け。 そんなエルマの切なる願いがここでは描かれます。 君が口を閉ざし、すべてを捨てるということは、君を失うということ。 エルマは君を失いたくはないのです。 忘れたいことが多くなって 諦めばかり口に出して 躓いて、躓いて、転がって、土の冷たさだけ ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 「君」を失ったエルマの喪失。 「土の冷たさだけ」という表現が痛切です。 君を失ったエルマに残った感情はもはやそれだけだった。 それだけ、彼女にとって「君」の存在は非常に大きなものだった のです。 君の人生になりたい僕の、人生を書きたい 君の残した詩のせいだ 全部音楽のせいだ 君の口調を真似した 君の生き方を模した 何も残らないほどに 僕を消し飛ばすほどに 残ってる ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 僕の人生を通して、描きたかったのは君だった。 「君」は僕が何も残らないほど、僕のすべてだった。 全部君が残した「音楽」のせいです。 それが彼女の全てでした。 こんなにも思いあっていた二人は、こうして交錯することとなってしまうのです。 余談ですが、「何も残らないほどに~」の部分のコード進行が非常にエモいです。 ここで、考察の一助に先述の「夜紛い」の歌詞を引用しておきます。 人生ごとマシンガン 消し飛ばしてもっと 苦しんだと笑って ねぇ、さよなら一言で 君が後生抱えて生きていくような思い出になりたい 見るだけで痛いような ただ一つでいい 君に一つでいい 風穴を開けたい ヨルシカ 「夜紛い」 作詞 n-buna エイミーは、 「さよなら一言で」エルマの人生から自身の存在を消し飛ばそうとしました。 この言葉こそが、エルマの心から「君」の存在が失われた原因です。 エイミーは、そうしてエルマの心に穴をあけることで自身の存在を明示しようとしました。 大切なものを失ったとき、穴が空いた時、人は初めてそこにあったものの大切さに気が付くものです。 エイミーのこの試みは確かに成功しました。 ただ、一つ誤算だったのはエルマが想像以上に自分の影響を受けていたこと。 「何も残らないほどに 僕を消し飛ばすほどに 残ってる」 という歌詞からわかるように、エイミーの存在が消えれば何も残らないほど、彼女の心にエイミーは残っていたのです。 「ただ一つでいい 君に一つでいい 風穴を開けたい」というつもりが、 彼女のほとんどすべてを消し飛ばしてしまうこととなってしまいました。 音楽をやめたエイミーが生んだ悲劇です。 続けます! 心の穴の奥に棲んだ 君の言葉に縋り付いた でも違うんだよ、もう さよならだなんて一生聞きたくないよ 忘れたいことが多くなって これから僕だけ年老いて 冷め切って、冷め切って ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 君の言葉に縋り付こうとしたが、残された言葉は「さよなら」だった。 彼女が聞きたくなかった言葉は、「さよなら」でした。 「君」を失った彼女は、さらに喪失感という感情に沈んでいきます。 「君」のいない、穴の開いた自分だけが時間を重ねていくことになってしまった。 耐え難い失望感です。 僕の心に穴が開いた 君の言葉で穴が開いた 今ならわかるよ 「君だけが僕の音楽」なんだよ、エイミー ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 心に穴が空いた。 僕の音楽は「君」そのものだった。 この印象的な歌詞は前アルバム収録曲、 「藍二乗」の歌詞へのアンサーとなっています。 人生は妥協の連続なんだ そんなこと疾うにわかってたんだ エルマ、君なんだよ 君だけが僕の音楽なんだ ヨルシカ 「藍二乗」 作詞 n-buna 先述の通り、彼らは「音楽」を通して互いの人生を描こうとしていました。 エイミーがそうであったように、エルマにとっても「君だけが僕の音楽」だったのです。 あえて「」をつけ、エイミーの言葉を引用しているところがまたグッときますね。 だから心に穴が空いた その向こう側に君が棲んだ 広がって 広がって 広がって 戻らない穴だけ 穴の空いた僕だけ ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna 君を失って、残ったのは「戻らない穴」だけだった。 彼女はただひたすらに「君」の人生を模していました。 だから、「君」を失ったとき、そこに残ったのは「穴の空いた僕」であり「戻らない穴」そのものだったのです。 「穴」というのは本来何も存在しない空間であり、それ自体が残るということは現実的にはありえないわけですが、そこにあったものの存在があまりに大きかったために、かえって「穴」だけが残った、という逆説的な美しい表現。 2人の思いの交錯が描かれた、悲劇的な1曲です。 まとめ• ヨルシカ• J-Pop• provided courtesy of iTunes 「夜紛い」のアンサーソングとも取れる1曲。 「ただ君に穴を開けたい」。 「さよなら一言で」。 その一言は確かにエルマの心に穴を空けました。 エルマの心から、「エイミー」という存在が消え去ったのです。 穴とは「エイミー」の存在そのものでした。 「広がって 広がって 戻らない穴」。 「君」は「僕」がなにも残らないほど、エルマの全てでした。 彼女はただひたすらに彼の人生を模していました。 だから「エイミー」が消えてしまった時、残ったのは「穴の空いた僕だけ」。 むしろ、残ったのは「僕」ではなく、「戻らない穴」の方かもしれません。 エイミーの望んだ最後の願いは、予期せぬ形で叶ってしまいました。 ヨルシカが贈る、悲劇の1曲です。 ヨルシカの曲を手軽に楽しもう ヨルシカさんの楽曲は、邦楽アーティストとしては珍しいことに Apple Musicなど各種ストリーミングサービスで視聴が可能です。 しかも、 Apple MusicやLINE MUSICは3か月間無料で体験可能。 無理に無料期間終了後に契約を更新する必要はないので、 1円も払うことなくヨルシカの曲を楽しむことができてしまいます。 なんか申し訳ない感じもしますが、ちゃんと聞いた分だけヨルシカさん側にお金が行くシステムなのでご安心を。 「曲は聴きたいけどCD買うお金はないな…」という方やMusic FM みたいなのに手を染めている方は、この機会にぜひストリーミングサービスをご利用ください~! もちろんCDもご購入いただけます。

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