サムライうさぎ。 サムライうさぎとは (サムライウサギとは) [単語記事]

『サムライうさぎ』と『BLEACH』に感じる“じゅんじゅん”(純情)

サムライうさぎ

このブログは「 少年ジャンプ」に 連載中の 福島鉄平先生の「 サムライうさぎ」応援ブログです。 「サムライうさぎ」の登場人物はうさぎ! ・・・ではない。 15歳の少年 ごっちんこと「 伍助」と、その妻「 志乃」を中心とした、ちょっと ほのぼのできる ストーリー。 --------ここからWikipedia引用--------- 宇田川 伍助(うだがわ ごすけ) 本作の主人公。 15才、既婚。 宇田川家の当主を務める御家人。 職務は作事方物書。 一人称は「オレ」で、ややかしこまった話し方をする。 次男だったため家を継ぐ予定はなかったが、父と兄が次々と切腹を命じられ、結果的に当主となった。 父や兄の末路を教訓に、体面を気にして神経をすり減らす毎日を送る。 先輩の紹介で志乃を嫁にするが、性格に劣等感を持っている・生活が苦しい事を、彼女に申し訳ないと感じている。 その様な生活から脱して昇進するため、幼い頃に嗜んでいた剣術の腕を上げようと剣術道場に入門し、そこで自らの剣術の才能に気付く。 その後、剣術道場の主や門下生が俗物だと知り落ち込むが、志乃の言葉を受けて立ち直り、身分に関係なく真に剣術を愛する者が集う道場「うさぎ道場」を開くことを決意する。 流派は自ら生み出した「うさぎ流剣術」。 元々才能があったせいか、剣術の腕前は達人級であり、木製の橋を刀で切り落としたり、真剣を持った20人あまりの剣術道場の門下生を鞘ぐるみの剣で倒すなど、かなりのものである。 「15才」という年齢は極めて若いが、その当時から見れば元服(成人)である。 父と兄の他界により、元服後間もなくして宇田川家の当主になった為、背伸びをして生きているように描かれている。 その一方で、まだ少年らしい感情を多く持っており、門弟の千代吉と同様に喜怒哀楽の激しい豊かな人間性を持つ。 宇田川 志乃(うだがわ しの) 伍助の妻。 15才。 伍助の先輩の妹で、兄の仲介で宇田川家に嫁ぐ。 性格は明朗闊達で自由奔放かつ少々無軌道。 一人称は「あたし」で、夫や門弟をあだ名で呼ぶなど、くだけた言葉遣いをする。 夫の伍助を友達のように接し「 ごっちん」と呼ぶなど、精神的にはまだ幼く、摂津正雪から「武家の妻女にふさわしい娘」と聞かされていた伍助を驚かせる。 また、その幼さからか布団を並べて寝たのは結婚初夜のみである(この後は一緒に寝るようになった)。 しかし、夜寝ている間に忍び泣きをするなど、無邪気かつ能天気なだけではない一面も見せる。 身分にとらわれない考え方で、伍助の生き方に影響を与える。 かつて構武館師範代の松山桐之進を夫に持っていたが、それは桐之進が周囲へ見栄を張る為の形だけの結婚に過ぎず、「自尊心を傷付けようとするものなら殺されるのではないか」と思うぐらいに脅されていた。 兄の立場を慮って一年間も愛のない結婚生活に耐えて来たものの、遂に縁切寺へ駆け込んで離縁する。 夜中の忍び泣きもこの頃の記憶によるものらしかったが、伍助と共に松山との関係にケリをつけて以降はそれもなくなった。 好きな動物はうさぎで、好物は蕎麦。 幼くして家事は得意らしく、美味い料理を作る。 家計の足しにするためうさぎの面作りの内職をしている。 内職で作ったうさぎの面は自分でも被っていることが多い。 うさぎの事を「月に辿りつく為に頑張っている動物」だと考えており、その事が伍助が自分の流派を「うさぎ流」と名付けるきっかけになった。 ----------ここまで--------- 二人とも15歳。 既婚者なんだよな・・・ 夫婦だから当たり前だけど・・・志乃は再婚だし・・・若いな。 俺の15歳のときといったら・・・中学ん時か。 なぜって・・・うさぎだから。 それじゃ、またな。

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サムライうさぎのキャラクターランキング:ユニテン

サムライうさぎ

しかし、近く開かれる御前試合の予選が"女子(おなご)口説き"という、 摂津のためにあるような試合(試合?)であることを知り、予選の間だけ彼が戻ってきた。 予選の当日、各道場の代表が"女子口説き"の技を競うことに。 ただし、その際に「 相手を褒めない」「 自分のことを話さない」という決まりがある。 まぁ、読んでない人には、さっぱり わからないと思うので抽象すると、 「仲間のことを、照れも無く、" コイツらと一緒にいれて幸せだーっ"って顔で語った」 ということ。 恥ずかしいが、素晴らしい! それが できる摂津が、すごく うらやましい。 そこまで熱く語られたら、まぁ、ちょっとは見てみたくなりますよね。 今のワカモノが失ってしまった(と 拗(す)ねた年寄りは思っている)、"じゅんじゅん"(純情)を感じる、いい場面です。 思わず"じゅんっ!"と しますね。 (注: "じゅんじゅん"とかいうのは、『サムライうさぎ』用語で「純情」という意味です。 「そういう」ことじゃないよ・たぶん) ref. : 『BLEACH』の番外編・『a wonderful error』 そこで思い出したのが、『BLEACH』の番外編。 『a wonderful error』という、コミック 12 巻に収録されている話です。 水色が、友達(兼・からかい相手)の啓吾について話すのを聞いて、一護が「凄ぇな」と言う。 何のことか、と面食らっている水色に対して一護は、友達の良いところをスラスラと話せる水色が凄い、と言う。 高校生らしい描写 普段から自分は、「駄目なバトル・マンガ」(または無駄にオサレなマンガ)の例として『BLEACH』を よく挙げています。 しかし、バトル部分がダメなだけで、「マンガ」としては光るものがある、と見ています。 マンガの中の高校生は、記号化された「コーコーセー像」ばかりが目立ちます。 そんな中、久保先生は、上記に挙げたような、高校生らしい「青春」な描写ができる人なので、ぜひとも そっちの方向で頑張って欲しいな、と思います。 屈折している二人 摂津も水色も、過去にあった出来事のために、少し屈折している。 とくに摂津は、主人公たちに対して劣等感を持っている。 しかし、二人とも、そこで完全にグレたりせず、仲間を思い、友達を立てることを、一番に考える。 見てくれる人がいなかったら、卑屈なままで終わっていたかもしれません。 読者の中には、摂津も水色も「女にモテる」ので、嫌いになって、それ以上キャラクタのことを 突っ込んで考えない人もいるのでは? 「面(ツラ)が良い」という以外の「何か」を描いているかどうか、刮目せよ、ですね。 ふじょしのかたへ: 「『サムライうさぎ』と『BLEACH』に"じゅんじゅん"感じる」ではないです(遅)• 『サムライうさぎ』の今週の扉絵、ネタ的にマズくないかい? お兄ちゃん……• まったく関係ないけど、『』って、そろそろ「本作品の登場人物(特に女の子)は 18 歳以上です!」って注意書きが必要なのでは?• 性的な意味で• (それ、ひどいギャグだなー)。 最近の投稿• 最近のコメント• に より• に kyouryuukunn より• に より• に kyouyuukunn より• に より カテゴリー• 1,569• 1,509• 216• 694• 205• 577• 301• 152• 282• 145• 102• 355• 241• 189• 3 メタ情報•

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サムライうさぎ (さむらいうさぎ)とは【ピクシブ百科事典】

サムライうさぎ

可愛い妻と堅物な下級武士の心温まる話 『サムライうさぎ』は、週刊少年ジャンプで2007年14号から連載されていた漫画だ。 主人公が既婚者で、かつ歴史ものということで、ジャンプ誌上においては珍しい連載作だったといえるだろう。 そもそも、若年層向けの漫画や小説(ライトノベル)やアニメで歴史モノはウケない、とされている。 小中高のライト層にとって、武士の魂がどうの~とか幕府がどうの~とか言われても、ピンとこないことが原因だろう。 それは決して読者の理解力がどうこうという訳ではなく、単純にそこまで理解するのがめんどくさいのだ。 漫画はあくまで娯楽であり、時代考察や歴史考察をしてまで読みこむのは、よほど好きな作品か、もしくは作者が時代・歴史設定に大きなこだわりを持っていると思われる作品だけだ。 しかしながら、『サムライうさぎ』は時代設定を差し置いて、夫婦感の心温まるやり取りを描いた作品であり、それが読者にも好評を得ていた。 普通の少年漫画では、主人公の恋愛を描くことはあっても、せいぜい彼氏・彼女の関係どまりで、その先は描かれない。 だが『サムライうさぎ』は、最初から主人公とヒロインを夫婦という設定にしておいて、恋愛の過程をすっ飛ばして夫婦の絆であったり家族の信頼関係をコンセプトとして据えている。 一見鈍くさそうな妻・志乃が伍助のために一生懸命家事をこなしたり、内職をする姿は、とても癒される。 また伍助が志乃を気遣う姿も初々しくて、なんだか読んでいる方もほっこりした気持ちになれる漫画であった。 デフォルメされた画も、夫婦という設定も、時代背景も、決して万人ウケするものとは到底言い難かった。 だが、『サムライうさぎ』は独自の魅力で読者に支持され、ジャンプの人気作となれる実力を持っていた。 ハートフル路線を台無しにしたのは誰か 先にも述べたように、『サムライうさぎ』は間違いなく良作の資質を持っていた。 だから、なぜバトル展開にしたのか。 本当にこれは残念でたまらない。 筆者は正直戦犯をつるし上げたい思いでいっぱいだ。 編集者か作者か、誰がそう仕向けたのかはわからないが、『サムライうさぎ』の魅力・持ち味をわかっていないと言わざるを得ない。 『サムライうさぎ』はハートフル路線がウケていて、確実にそれが好きで読んでいた人も多かったはずなのに、作画に見合っていない突然のバトル展開にされてしまった。 バトル展開になれば非戦力の妻の志乃の出番はおのずとなくなり、志乃と伍助の心温まるやり取りが好きだった『サムライうさぎ』のファンは落胆して読むのをやめてしまった。 何故作品の魅力を削るような真似をしたのか、ジャンプ編集部と仕掛けた本人はおおいに反省してもらいたい。 一つの良作を打ち切りへ追いやることは、作者とファンとコミックス売り上げという、大事なもの全てを奪っていくことに他ならず、結果として損しか残らないのだ。 足を引っ張られてなお輝く魅力 だが、持ち味を失うことになっても、『サムライうさぎ』の全てが損なわれた訳ではなかった。 特に講武館での流人一行との試合において、対戦相手・スズメを囃し立てる侍たちに対するマロの一喝は、見るものを感動させた名シーンである。 本来の土俵ではないバトルメインの展開となっても、『サムライうさぎ』らしさは失われてはいなかった。 言い換えれば、作風にそぐわない路線変更をすることになってもなお、作者が『サムライうさぎ』を盛り立てようという意識が強くあったともいえる。 作者の気持ちと、残念な結果を鑑みると、一層悲壮感が覚えてしまう。 また、打ち切りであっても作者がきちんと一人一人のキャラの結末を描ききったこと、また連載終了後に掲載された読み切りで、伍助と志乃の子供・ミツキの話を描いてファンの要望に応えたのは、賞賛に値する。 作者の今後の可能性は 結果は打ち切りという残念な結果に終わってしまったが、何度も述べているように『サムライうさぎ』は良作である。 当時ジャンプを読んでいたファンにも愛され、バトルものへの路線変更がなければもっと刊行数も増えていたことだろう。 作者・福島鉄平は、多数の読み切り作品を雑誌に掲載させている。 読み切りが多いということは、それだけネタを練る力があり、短いページの中で起承(転)結を納める実力を持っているということだ。 つまり、短編、あるいは短編連作でこそ、福島鉄平の才能が開花されるのではないか、と筆者は思う。 これだけファンに愛される作品を描いた作者だけに、これで終わってしまうのはあまりにも惜しい。 叶うならば、『サムライうさぎ』の復刻連載を願いたいばかりだ。 幸いにして今のジャンプには、WEB掲載ではあるが旧作を復刻させようという流れが来ている。 今現在は、昔の掲載分をそのままUPしているだけだが、ニーズが高まれば復刻連載する可能性もあるかもしれない。 そのとき、復刻候補作として『サムライうさぎ』の名が挙がることを、筆者は期待している。

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