泣いちゃダメ泣いちゃダメ。 「泣いちゃダメ!」と言う前に親が知っておきたいこと!

子どもが泣き止む方法。「泣いちゃダメ」より「悲しいのね」

泣いちゃダメ泣いちゃダメ

なんでも興味がある時期なのか 姫kuma1歳7ヶ月は、 気になるものはなんでも手にする。 その場しのぎにチョットだけ与えて 夢中になった頃、コチラの都合で取り上げるのは、 娘にとっても、気持ちの整理が出来ないだろう・・。 なので、 触ってダメなものは最初から触らせない。 もし、触ってもすぐ取り上げる。 親が言う触ってダメなものは、 モチロン、 危険なもの、 それに 他人のもの・・ たとえ姫kumaを思ってのご好意でその場で貸してもらえても 「ありがとう。 でも執着するとお返しする時大変なんで・・。 」 とお断りする。 気持ちは有難いけど モノによっては、本当・・危険なものもあるし・・ 申し訳ないけど・・幼児にとっては不潔なものもあるし・・。 お願い・・・ありがちなのは・・ 子どもに鍵や携帯、ペンなどを与えないで・・・。 大体、 大人の持ち物は子どもには危険なものが多い。 おもちゃじゃないんだから、当然だろう。 珍しいものなら、 嬉しくてたまらないのか・・ 持ってはしゃいで走り廻ったり 持ったまま座布団の上やマット等にダイブするから 尖ったものは、本当怖いんよ;;; この日、夫の帰宅が遅いため、久々に実家を訪問。 (ウチには、ジイジバアバ・・月4くらいチラっと来るかな?) 居間の座卓にあるジイジのパソコン廻りに興味津々。 ノートは、閉じてるので開けれない。 マウスを操作するくらいなら問題ないけど 脇にあった箱に数枚入った CD-ROMに目をつけた。 「 何触ってるんな?そりゃアカンぞ。 」 ジイジが焦った。 (姫kumaのすることには、口調は、やんわり・・わたしにはキツけどね;;) わたしもすぐ取り上げた。 「 ダメよ。 これは・・」 手の届かないところに置いた。 姫kuma、遊びたいから・・ひっくり返って泣き出した。 CDやDVDは、ウチでも触らせないけど パパ・ママが触ってるから興味津々なんだわ。 「 泣いても触らない方がいいよ!このお人形で遊 ぼう。 」 姫kuma怒り泣きで、人形をポイした。 それでも・・しばらくすると 泣いてもダメだと解るのか あきらめるんだ。 だけど。。。 今回は実家。 まず、ジイジ 「 触ったら ええ・・。 」 泣きやみかけてるのに、CDをまた持ってくる。 「 もう、触らなくていいよ。 危ないし・・。 」 幼児に触らせて原型のままであるとは、限らない。 開けて割れればかなり危険だよ;; それでも 「 泣かすなよ。 泣いてるのにちょっとだけ。 」 そのちょっとって 危険スレスレの割れるまでか? お次は、 バアバ 「 かわいそうに。。 かわいそうに・・。 そうかそうか・・よしよし・ ・ママ、悪いなぁ・・。 」 このジイジにしてこのバアバあり。 「誰も悪くないやろ?姫kumaのために言うてることやろ? そんなタメにならんことばかりするなら 悪いけど、もう 2度と連れて来られへんよ。 」 この言葉は、ジイジ・バアバを 一撃。 ただし・・その時だけ・・ね・・。 キッチンに入った姫kumaに 苺を洗ってハイしてるバアバ。 「また、そんな犬にやるようなことしないで。 」 って何度言ってもする。 しかも、夕飯前なのに・・・。 走り回りながら、食べる姫kuma。 「せめて、手を洗わせて座らせてから与えてあげてよね。 」 何度お願いしても・・・ 今、さっきお願いしても・・・ ダメ・・。 孫可愛さのジイジ・バアバ 本能に任せての行動ばかり。 理性は、無いのか? お風呂上り、姫kumaを見たら またまた苺を食べながら走り回ってた。 実家が近くなのに、 滅多に訪問しないのは いくら夕食やお風呂を頂けても・・申し訳ないけど わたしの気が休まらない・・・。 ママと二人で居るときより、姫kumaが危険やし・・。 躾的にも問題多いし・・。 「ママは、イチイチうるさいなぁ。 」 普通にしてくれてたら、何も言えへんし・・。 「そんなん姫kumaが欲しがったんやもん。 」 喜ぶと嬉しいから、あげたかったんやろ?わかるけど・・・。 「ちょっとくらいええやん。 」 あかんって・・。 明太子やアイスクリームは・・・。 わたしが、どれだけ食べ物に気をつけてるか知ってるはず;; 世間様には、常識のある気配りの出来る人達だと思うけど 昔から・・娘の気持ちを尊重することを知らない。 「 泣いたらアカン。 泣かしちゃるなよ。 」 泣いてもええんよ。 思いとおりならんと、泣いてもええけど 泣いて思いとおりにしてもらうんは、アカンのよ! そこが 公共の場なら、その場をしのぎも仕方ないときもあるやろけど・・。 ここは、実家。 孫の泣き顔見たないん・・わかるけど・・。 わたしにとって・・育児よりも・・ ジイジ・バアバを説き伏せる方が一番大変。

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「泣いちゃダメ」なのか?~事故後のトラウマ・ケアとPTSD予防: 小林ゆきlive.t4g.org

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子どもは感情表現が豊か。 なかなか泣き止まないときはつい焦ってしまう 子どもは大人よりも喜怒哀楽の表現が激しいですよね。 なかなか泣き止まないときは「もう泣かないでよ!」なんて言いたくなることもあるでしょう。 感情は自然に出るものなので止められない。 でもコントロールはできる 誰でもトイレに行きたくなるのと同じで、感情は生きていれば自然に湧き出るものです。 そのため無理に止めようとしてもできません。 泣いている子に「泣いちゃダメ」なんて言うのは、トイレに行きたい子に「行っちゃダメ」と言っているようなものです。 感情は止めることはできませんが、対処次第でコントロールできるようにはなります。 そのために最初に必要なのは、お母さんが子どもの感情を受け入れてあげることです。 子どもは自分の感情が分かっていない。 言葉に出して自覚させてあげよう 子どもは心に何かモヤモヤしたものを感じていてもそれが何なのかがよく分からないことがあります。 子どもが怒ったり泣いたりしている時は、まずお母さんが子どもの感情を言葉にしてあげてください。 「怒っているんだね」「悲しいんだね」といった具合です。 そうすると子どもは「自分は怒っているんだ」と自覚できます。 子どもが「イヤだ~」と言いながら泣いている時は「イヤなのね」と言葉をそのまま繰り返してあげてください。 子どもの心が落ち着いた後、具体的にコントロールする方法を提案しよう お母さんが感情を言葉にしたり、子どもの言葉を繰り返したりしていると「お母さんは分かってくれた」と感じ、心が落ち着いてきます。 その後に具体的にコントロールする方法を一緒に考えてください。 お母さんとお喋りをする、体を動かす、大声を出すなど色んな提案をしてあげると良いですね。 このような経験を繰り返すと子どもは自分で感情をコントロールする術を身につけていきます。 そうすると怒っても他人に感情をぶつけるようなことはしない子になるのです。 今日の1日1成長 子どもに早く泣き止んでほしいときは「悲しいのね」と声をかけよう 子どもの制御力も1成長、お母さんの提案力も1成長 田中京子(文)わたなべみゆき(編集)日本キッズコーチング協会(監修).

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男の子は泣いちゃダメ?でもそれがセクハラの背景かもしれない|サイカルジャーナル|NHKオンライン

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トルコで日本人観光客を乗せたバスが横転、一人が亡くなり重軽傷者多数を出す事故となった。 亡くなった方のご冥福とともに、怪我をされた方々の怪我の回復をお祈りする。 さて、トルコバス横転事故のテレビ報道を見ていて、気になることがあった。 怪我をされた方が病院に搬送される映像の中で、付き添いの人が、 「 泣いちゃダメ! 泣いちゃダメ! みんな頑張ってるんだから、泣いちゃダメ!」 と 大声で声をかけているのを見た。 おそらくその人は医療従事者でないか、医療従事者であってもメンタル・ケアの知識がない人だったのだと思う。 心のケア、メンタル・ケアの面からいうと、これはまったく間違った対応と言わざるを得ない。 命に関わるような事件・事故に直面した人に、身近な人の間違った対応で急性ストレス障害が起きるばかりでなく、 PTSD 心的外傷後ストレス障害、Post-Traumatic Stress Disorder を発症させる恐れがある。 PTSDとは、「家庭の医学」によれば、 PTSDの症状は、[1]外傷的な出来事の再体験(フラッシュバックや苦痛を伴う悪夢)、[2]類似した出来事に対する強い心理的苦痛と回避行動、[3]持続的な覚醒亢進(こうしん)症状(睡眠障害、ちょっとした刺激にも反応を示す、集中困難、過度の警戒心、過剰な驚愕反応など)です。 これらの症状が、心的外傷後、数週間~数カ月の間に発症し、数カ月~数年続くというものです。 外傷的な出来事としては、大きな自然災害(地震、洪水、火山の噴火など)、人工災害(原発事故、航空機事故、列車事故、大きな交通事故、火災など)、犯罪(殺人事件、人質、強姦〈ごうかん〉、虐待〈ぎゃくたい〉など)があります。 とある。 PTSDについては、「」や、「」、また9. 11テロのときに作られたサイト「メンタル・サポート・イン・クライシス」の資料室「」に詳しい。 オートバイに乗っている皆さんにとって、交通事故はクルマのドライバー以上に、見たり、聞いたり、あるいは自分自身が、家族が、恋人や知人が直接関わる経験が多いと思う。 交通事故だけではない。 モータースポーツにおいても、悲しい事故に直面することはある。 しかし、日本ではモータースポーツにおけるトラウマ・ケアはまだ提唱されていないし、自助グループもない。 遺族は黙って事故の風化を待つほうがいい、というような風潮さえ見受けられる。 それだけに、今回のトルコバス事故の件の報道を見て、事故後、身体的な怪我からの回復だけでなく、精神的な回復のためにも、オートバイに関わる皆さんに知って欲しいことと思い、このエントリーを書いている。 それでは、命に関わるような事件・事故に直面した人に、身近な人はどう対応すればよいのか。 先のトルコの事故の件では、「泣いちゃダメ」と付き添いの人は言っていたが、その人は辛いときに人前で泣いてはいけない、と育ってきた世代なのかもしれない。 かくいうわたしも、そういう親を持つ世代だ。 しかし、事件・事故は日常ではない。 異常事態なのだ。 辛さや悲しみの感情は「泣く」という行為で表出させた方がいい。 当事者にしてみれば、親しかった、あるいはこの旅で親しくなった人が目の前で亡くなったのだ。 もしかしたら自分も死んでいたかもしれない。 悲しい。 得たいの知れない不安。 次に襲ってくるのが、自分を責める気持ち。 旅に出なければよかった。 自分があそこの席に座っていればあの人が犠牲になることはなかったのに。 自分のせいじゃないのにこんな目に遭って。 怒りの感情すら沸いてくる。 「みんな頑張っている」なんてどうでもいいのだ。 今、自分は辛い。 それを誰かにわかって欲しい。 その人と一緒にいることは安全なんだと理解したい。 「泣いちゃダメ」は、自分の感情をぶつけられないジレンマ、自分の感情を共有してもらえない、その人といても安全ではない、という発想に結びつく。 事件・事故後の周囲の間違った対応は、事件・事故のトラウマを大きくし、第2の被害をもたらす。 かくして、心は休まらない。 事故の模様が繰り返し、繰り返し、フラッシュバックする。 それは自分自身の精神では止めることのできない、恐ろしい体験である。 努力ではなんともし難い。 言葉、音、しぐさ、文字、全てのことに過敏になる。 そして身体的不調が襲ってくる。 やがては精神的不調に陥る……これがPTSDの発症メカニズムである。 PTSD予防のための対応については、「メンタル・サポート・イン・クライシス」の中にある大人向けの「」も参考になるが、自我が発達していない子ども向けの「」が当事者、周囲の人、互いの理解を助ける。 要するに、起こった 事件・事故は異常事態であること、そのことによってさまざまな 身体反応・精神反応が出るのは普通のことである、を理解する、というものだ。 また、具体的にどういう対応をし、どういう言葉をかけるべきで、どういう対応をしてはいけなくて、どういう言葉をかけてはいけないのか。 というサイトに書いてあるものを、でまとめたものが参考になる。 僕だって君を助けるために 自分を犠牲にしているんだよ。 優しく、静かに、今の痛み〈身体的な、精神的な〉、辛さを、当事者が語り出すときを待ってかたわらにつかず離れず付き添う、というのが理想だ。 ときに精神科医や心療内科医、薬,、カウンセラーの手を借りることも重要である。 世界で最も広く利用されている医学書には、治療のポイントを以下のように記している。 治療には個人療法,グループ療法,家族療法がある。 重大な出来事がストレスとなるのは合理的なことなのだと,患児や親を安心させることが有用である。 また,患児 にその出来事やそれに伴う苦悩について語らせたり,十分に尋ねたりすることも有用である。 感情を十分に発露させた後,患児に,そのバックグランドや成熟度に適した言葉で,別なやり方でその出来事に対処していたら,もっと良い結果が生まれていたかもしれないということを考えさせることによって,その出来事を締めくくらせ, 未来への希望を与える。 苦悩が続く場合は抗うつ薬が有用である。 早期の集団サポートはその後のptsdを最小限に抑えられる。 グループによる 当該の出来事の詳細な再現,十分な感情の表出,災害への典型的な反応を認めてあげること, 恐ろしい出来事の適切な事実理解の重視が含まれるべきである。 救済者や治療にあたる人の苦悩が大きいことがあるが, 出来事や彼らの感情的帰結が参加者によって補助的にレビューされるような,体系的な報告会によって緩和できることがある。 同行の仲間に看護士が4人居て救急車が来るまで心肺蘇生措置を行っておりましたが多分助からなかったと思います。 私は何も出来ず、現場がコーナーだったので前後の交通の整理を致しました。 でも救急車の到着後口内血だらけで泣いている親友を見て全てを悟った気がします。 彼は助からなかった。 バイクはやはり危ない乗り物だ。 でも今自分はオートバイに乗っている。 彼の分まで乗り続けなければ。 と 正直その時期オートバイを降りようと思っていた時期と重なってしまったので。 暫くは怖くて乗れなかったんですけど今はぼちぼちのんびり乗っております。 メンタルケアはとても必要な事と感じます。 毎日仕事で救急医療している友人の話を聞くと、 驚きを通り越して痛みすら感じます。 奥さんも看護士だし彼らのメンタルケアは誰がするんだといつも考え込んでしまいます。 投稿: うた 2006. 24 08:31.

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