群生層。 3層マスク|SASAWASHI ささ和紙

野山に咲く花の写真館

群生層

概要 [ ] 蝗害を起こすバッタを 飛蝗、 トビバッタ、 (英語では「」)という。 また、飛蝗の群生行動を 飛蝗現象と呼ぶ。 飛蝗現象下にあるワタリバッタの群れがの飛行を妨げる場合すらある。 群生行動をしているバッタは、や畑作作物などに限らず、全ての(やなどの植物由来の製品にまで被害が及ぶ)を短時間のうちに食べ尽くしてしまう。 当然、被害地域の食糧生産はできなくなるため、住民の間に食糧不足やをもたらす事が多い。 また、大発生したバッタは大量の卵を産むため、数年連続して発生するのが特徴である。 を含む大抵の国では、の普及により過去のものとなっているが、諸国など国土が広大で組織的な駆虫が難しい地域では、現在も局地的に発生し大きな被害を出している。 日本での発生は稀なため、の「蝗」に誤って「」の訓があてられたが、などに生息するイナゴ類が蝗害を起こすことはない。 特徴 [ ] 蝗害(飛蝗現象)は上重要であるとともに生態学的にも興味深いため、多くの研究が積み重ねられている。 群生相 [ ] サバクトビバッタの幼虫。 高密度の集団中で世代交代を繰り返すと群生相の個体が生まれてくる。 (上)孤独相 (下)群生相 バッタは蝗害を起こす前に、普段の「孤独相」と呼ばれる体から「群生相」と呼ばれる移動に適した体に変化する。 これをと呼ぶ。 群生相の孤独相に対する外見上の特徴は、• 孤独相に比べて暗色になる。 翅が長くなる。 足が短くなる。 頭幅が大きくなる。 胸部の上が孤独相は膨らんでいるのに対し、群生相はへこんでいる。 (電子顕微鏡で見ると)触角の感覚子の数が減少している。 などが挙げられる。 行動上の特徴は、• 群生相の個体は互いに近づこうとする(孤独相の個体は互いに離れようとする。 ただし、孤独相のバッタも群れに入れると群生行動を共にする )。 産卵前期間が増加し、羽化後生存日数が減少し、産卵回数、産卵数が減少する。 孤独相の時には食べなかった植物まで食べるようになる。 などが挙げられる。 群生相、孤独相はそれぞれ生まれつきのものである。 ただし両親の遺伝子の組み合わせによるものではなく、親が暮らした集団の密度によるものであり、それも親がのような分泌液の刺激を受けたわけではなく、別の個体との接触が主な原因と言われている。 また、はっきりと2型に区別できるものではなく、程度の差がある。 集団生活をしている親からは、集団の密度が高いほど、より群生相が強い子が産まれる。 逆に集団密度が低くなると孤独相に近い子が生まれる。 この特徴は世代を超えて累積的に遺伝する。 相変異の原因物質は、の一種で、11種類のアミノ酸からなる[His 7]コラゾニン ()というである。 H コラゾニンだけで群生相になるかどうかはよく分かっていないが、少なくとも体色の黒化、前翅長、後脚腿筋、胸部の変化、触覚の感覚子の減少といった、外見上の変化があることが実験的に確かめられている。 ただし、行動上の影響についてはむしろ否定的な実験結果が出ており、相変異の原因についてまだ十分には解明されていない。 生態 [ ] 砂地に産卵するサバクトビバッタ バッタ科の雌は、を使って土や砂地の地下数センチメートルに産卵する。 背の高い草が密集している場所での産卵は苦手であり、近年北米で蝗害が減った原因のひとつは、が減少して草の背丈が伸びすぎたためとも言われている。 大量に産卵が行われるには草原や河原の砂地などが必要であり、蝗害は草原と耕作地が隣接しているような場所で発生しやすい。 また、群れを維持するためには大量の植物が必要であり、日本のように狭い土地では蝗害はほとんど発生しない。 一般に、これらの地帯でたまたま高気温、高降水量となった時に大発生する。 これは土地が湿って一時的な草場ができることで、バッタが集中的に発生して群生相が生まれるためである。 一方でによって河川の底だった砂地が草地となることも群生相が出現する要因となり、歴史上の中国などで見られる。 産卵は主に秋に行われ、卵は越冬して春に孵化する。 孵化直後は体が小さいので被害は少ない。 毎日体重と同じぐらいの量の草を食べるといわれている。 のロッキートビバッタの例では、5月にで孵化し、孵化直後は飛べないので歩いて周辺の草を食べつくし、6月始めに成虫となり、北や北西に飛び立っている。 向かう方位はさまざまであるが、方向は一定しており、追い風の時に移動し、向かい風の時には地面で休憩する様子が観察されている。 群れが次世代の群れを生むため、被害の年は連続することが多い。 一方で、何かのきっかけで群れが一度消滅すると、次に群生相が生まれるほど個体の密度が上がるまでは数十年と大発生が見られないこともある。 もっとも、バッタの大発生は周期的なものであり、連続して起こることはないとする文献もある。 大規模な移動を行うのは、一般的には食を求めてとする説が多いが、繁殖に関連する現象とする説もある。 あるいは、天敵からの逃避が目的とする説もある。 サバクトビバッタに関する研究によると、群生相の方が産卵数は少ないが、外敵に襲われにくいことから個体群増加(群の全重量増加)は速い。 群れの大きさ [ ] にを襲ったロッキートビバッタの群れの大きさは、幅160キロメートル、長さ500キロメートルである(この面積は日本の全面積の3分の1ほどである)。 平均高さ800メートル、場所によっては1600メートルであったと報告されている。 また、同じ場所では6時間以上にわたって観察された。 この群れが移動するため、被害面積はこれよりもはるかに大きくなる。 ただしこれは観察された最大級のサイズの群れであり、通常はここまで大きな群れになることはない。 群れの個体数に関して確からしい値としては、に写真を使ったサバクトビバッタの観察結果で、1立方メートル当たり17匹、個体数500億匹、重さ11万5000トンという値が報告されている。 サバクトビバッタは比較的大形のため、他のバッタではもっと密度が高い可能性がある。 ただし、近年であっても目視による観察ではかなり過剰に報告されることが多い。 種類 [ ] 蝗害を与えるバッタの種類としては、 ()のうち相変異をするものである。 被害が大きいことで有名なのは次の通りである。 北アフリカ全域〜インド・希にヨーロッパの主に砂漠地帯 Dociostaurus maroccanus アフリカ北西部からアジア Melanoplus spretus 20-35mm。 沿岸部を除く Nomadacris septemfasciata アフリカ東部 Locustana pardalina Brown Locust アフリカ南部 Nomadacris succincta ボンベイトビバッタ Bombay locust 西南〜東南アジア Anacridium属のバッタ Tree Locusts アフリカ、地中海沿岸、近東 蝗害の歴史と特色 [ ] 中国 [ ] 中国に被害を与えてきたトノサマバッタ 中国では、大規模な大雨や旱魃が起こると必ずといっていいほどの群生相が発生し、大規模な農被害を与えてきた。 そのため蝗害(蝗災)が天災の一つに数えられている。 そして、天災は皇帝の不徳によるものとされてきたため、各時代の政府はこの対策に取り組み、発生した天災の記録を残した。 そのためもあり、中国には蝗害の記録が非常に多い。 歴史 [ ] 古くはのにも蝗害の記録が見られる。 また、の詩篇『』にもバッタ駆除の様子が書かれている。 代になると記録が増え、(6年) を始めとして、、には20回以上もの蝗害の記録があり、の思想家 や官僚の も自書の中で蝗害について述べている。 頃から政府の取り組みについての記録も増え、にはのの時代に官庫を開いて窮民を救済した旨の記述がある。 代になって儒者から「祭礼を怠るから蝗害が起こるのだ」との意見が出たり(『』五行志三)、政治の要諦を説いた『』にはの皇帝が蝗を飲み込んで蝗害を止めたと言う伝説が書かれている。 に流域で発生した蝗害に対して、当時の宰相が対策を命じている。 記録も詳細になり、被害の様子や群れの移動の様子も書かれるようになった。 代になると本格的な対策が考えられるようになり、にはが晩に火を焚いて飛蝗を誘い込む方法を提案している。 代に書かれた『』には蝗害予防の方法が記されており、村(当時は社と記した)単位での管理や予防が共同体約定と言う形式で事実上義務化されていたことがわかる。 ただし蝗害は依然として重大な被害を与えており、元崩壊の原因のひとつになっている。 代になった、は著書『屯塩疏』の第3編を『除蝗疏』として対策を記し、後に『』に編入された。 代の、が『』を著している。 清代には記録も増えており、正史以外の書物にも記録が見られるようになる。 この清末のにはが『』を、同じ清代に『捕蝗要訣』と言う防除法を記した書物が作られている。 現代でも蝗害は無くなったわけではなく、夏にはを飛蝗が襲っており、1平方メートルあたり350-500匹、飛来面積は220万畝に上っている。 また、2020年にアフリカで発生したサバクトビバッタによる被害も中国まで到達している。 朝鮮 [ ] 『』に蝗害の記述を多く見ることが出来る。 「高句麗本紀 太祖大王」に「秋八月 國南蝗害穀、秋八月、東獵得白鹿、國南飛蝗害穀」。 「百済本紀 肖古王」に「四十六年秋八月、國南、蝗害、民饑」。 「新羅本紀第十 元聖王」に「秋七月 蝗害穀…(中略)…秋九月、國東蝗害穀。 …(中略)…五年秋七月、國西蝗害穀」。 これらの記述は日食、地震、冷害などと並んで記されており、当時の朝鮮でも蝗害が天変地異として扱われていた様子がわかる。 ヨーロッパ、地中海 [ ] 地中海から中東にかけて被害を与えているサバクトビバッタ のでは、モロッコトビバッタが猛威を揮っており、酷い所では16,000が被害を受け、と重なって深刻な飢餓を引き起こした。 (FAO)はができたからバッタ対策を開始し、5月頃の一掃作戦ではバッタの発生時期に合わせた幼虫の駆除に成功している。 南部のでは、サバクトビバッタの大発生の可能性が出てきた。 で大発生したバッタが南下し、国境付近で産卵したため、この2世代目が大被害を与える可能性が高くなっている。 そのため、国連中央緊急対応基金 ()は240万ドル、日本政府は200万ドルをイエメン政府に援助し、重機材や農薬、専門家雇用のために使われている。 、アラビア半島にが2度上陸し、恵みの雨で植物が増えたことから、にサバクトビバッタが大発生した。 で対策は後手に回り、サウジアラビア、オマーン、イラン、パキスタン、インドにまで被害は拡大。 後述する、2020年の東アフリカでのサバクトビバッタ大発生にも影響を与えた。 、のでバッタの大量発生が見られ、農作物に大きな被害が出た。 による駆除が行われたが、地域にはなどの金属を打ち鳴らしてバッタを追い払う風習が残されており、古くから大きな被害に悩まされてきたことが伺われる。 アフリカ [ ] ではにブガルラ、キルイ(Kiryi)、ルワザ(Rwaza)での蝗害が報告されており、以後も度々綿花などに被害を与えている。 - には約3,000kmものトノサマバッタ(ローカスト)の群れが西アフリカのを襲っており、その密度は1平方km当たり5,000万匹であった。 にはをも襲っている。 には付近の、、を襲ったサバクトビバッタの発生に対してFAOが援助を行い、日本政府も2004年度予算で供与限度額3. 3億円での無償資金援助を行っている ()。 一方、で発生したサバクトビバッタが北経由でを飛び越え、、にまで到達したことが報告されている。 にはでトノサマバッタが国土の半分以上に被害を与えた()。 には東アフリカで、2月2日はサバクトビバッタが大量発生して非常事態宣言するなどアフリカ東部で被害が拡大して食糧危機になる恐れが出てきた。 では過去70年で最悪の規模になり2400平方キロメートルの広範囲に及ぶ群れもいたという。 (FAO)報告によると、、ソマリア、ケニアで繁殖が続いており、ウガンダ北東部、南スーダン南東部、タンザニアでも小規模な飛蝗の発生を警告した。 北アメリカ [ ] 蝗害となっていたかどうかは不明だが、のベアトゥース山脈()のグラスホッパー氷河()には、に風に飛ばされてきたと見られるのおびただしい死骸が残されている。 にはを襲っており、地面に10センチ以上ものバッタが積もったことが記録されている。 にはをロッキートビバッタが襲っており、その数は当時の計算によると1,240億匹以上である(ただし、現在の研究では600億匹と見られる )。 には最悪の被害をもたらしている。 を最後に大規模な群れは観察されていない。 頃にロッキートビバッタ自体はしたと考えられている。 日本 [ ] 手稲山口バッタ塚 日本の古文献でも蝗害について報告されているが、そのほとんどがいわゆる飛蝗(バッタ科)によるものではなく、(イナゴ科)の他、などによるものと考えられている。 狭く平原の少ない日本の土地では、バッタ科(等)が数世代にわたって集団生活をする条件が整いにくいため、限られた地域でしか発生していない。 また、エントモフトラ属(ハエカビ属・)のを始めとしたの存在も、結果として蝗害を抑えていると考えられている。 トノサマバッタによる蝗害 [ ] 古文献から、などでトノサマバッタによる蝗害が発生したことが推察されている。 近代では、初期にで蝗害が発生したことが知られている。 (明治8年)、道東の沿岸をが直撃し、未曾有の大を引き起こした。 とが合流するあたりでは膨大な樹木が流失した結果、広い範囲でが露出し、ここにやなどの植物が生い茂るが出現した。 さらに、その後の数年間好天が続いたため、トノサマバッタの大繁殖に適した環境が整った。 (明治12年)からトノサマバッタ発生の兆し はあったが、本格的な大発生となったのは(明治13年)8月のことである。 このときは、発生したバッタの大群はを越え、を襲った。 蝗害はさらにを経てやへ至り、また別の群れはへ達した。 はバッタの群れにを撃ちこむなどして駆除に務めたが、者の家屋の紙まで食い尽くし、各地で壊滅的な被害をもたらした。 翌(明治14年)にも再び大発生し、この年はまでバッタが進出した。 当時の記録では、駆除のため捕獲した数だけで360億匹を超えたという。 しかし、まだ入植が始まっていなかったでは耕地が少なく、目立った被害は出なかった。 蝗害がを渡って本州へ波及することを懸念した中央政府 はトノサマバッタの発生源の調査を命じた。 14名の係官が派遣され、蝗害の被災地を辿ってバッタの群れがどこからやってきたのか現地調査を行った結果、冒頭に述べた十勝川流域の広大な草原に至った。 これが日本で三番目に広いの「発見」である。 この報告を耳にしたは十勝平野への入植を決め 、これが十勝内陸への初めての本格的な入植 となった。 蝗害はその後も続き、(明治16年)にはの側まで達した。 晩成社でもバッタの繁殖地の調査を行い 、十勝川上流ので大繁殖地を発見している。 ではも動員して繁殖地の駆除を行い 、1884年(明治17年)には延べ3万人のアイヌが動員された。 それでも蝗害は止まらず、では翌年の予算に180億匹のバッタ幼虫の駆除費用を計上するはめになった。 しかし、1884年(明治17年)9月の長雨によって多くのバッタが繁殖に失敗して死滅し、蝗害はようやく終息した。 しかし、以降もの初めまで断続的に観察された。 北海道の開拓地では、被災地への金銭的な補助の意味合いも兼ね、バッタの卵を買い取る制度があった。 のは、住民から買い集めたバッタの卵を砂地に埋めたところに建てられたものであるが、十勝地方にもバッタ塚が残されており、根絶を願った当時の住民の状況を今に伝えている。 (昭和46年) - (昭和49年)、のでもトノサマバッタ群生相による蝗害が発生している。 また、(昭和61年) - (昭和62年)にはのでも3,000万匹のトノサマバッタが発生している。 21世紀には、(平成19年)、オープン直前の2期空港島でトノサマバッタが大量発生し、蝗害発生の条件となる群生相と見られる個体も見つかっている。 環境農林水産研究所・食の安全研究部防除グループによると、には3,884万匹のトノサマバッタが確認された。 大発生の原因は、のいない孤立した島のためと考えられている。 関西国際空港側は、薬剤散布で防除(駆除)し、100万匹を割ったところで防除を打ち切った。 最終的に、エントモフトラ属のカビ感染により、トノサマバッタの大発生は終息した。 対策 [ ] 活動機関 [ ] 世界で発生するバッタ対策は FAO などが行っている。 イタリア・ローマにあるFAO本部 現在、蝗害が大きな問題となっているのはアフリカ中部・北部、アラビア半島、中近東、アフガニスタンなどである。 これらの地域で発生するバッタ対策は、にあるFAOの機関、サバクバッタ情報サービス Desert Locust Information Service, DLIS を中心に行われている。 DLISではに搭載されたの降水情報などを利用して、天候、環境、分布状況を日々モニターすることで、6週間先までのバッタの分布を予想している。 これらの予想は、1970年代から発行されている月刊の locust bulletins誌上で報告されている。 1990年代以降の情報はFAOの公式サイト[www. fao. FAOは蝗害が予想される国に対して情報と対策技術の教育を実施し、関係機関に資金援助を要請している。 日本政府も被害国に対して度々無償資金援助を行っている。 バッタの活動範囲は1,600万から3,000万平方キロメートルと非常に広く、多数の人員が必要となる。 アフリカではのように国立の研究所が設立された国もあるが、多くは発展途上国であったり内政が混乱している国であるため、政府がバッタの監視や対策をすることが非常に困難である。 方法 [ ] バッタ対策としては、小規模な発生が起こった次の世代の発生を防ぐことが重要である。 バッタが卵の時期には殺虫剤の効果が薄く、一方、成虫となって飛翔できるようになってからの駆除は困難なので、幼虫の内の駆除が必要である。 そのため、まずは産卵地データの収集から始まる。 幼虫の駆除に対して、FAOは機械的な除去、農薬を使っての除去の2つを併用して対策している。 例えばで2005年5月に行われた作戦では、21,000ヘクタールは機械で除去、81,000ヘクタールは合成を使っての化学的駆除を行っている。 FAOの8月の報告によると、バッタの発生時期と上手く重なったこともあってこの作戦は成功し、産卵が減ったために2006年には大幅に対策地域を減らすことに成功したという。 また、2006年からは昆虫に対する接触毒である diflubenzuron の併用も始めている。 では散布した殺虫剤による環境汚染度を測定するモデル生物としてを利用している。 メタリジウム菌に感染死したアカトビバッタ () 殺虫剤は広範囲に撒かれるため、人体や環境への影響も十分に考慮する必要がある。 これらへの影響を完全にゼロにすることは困難で、通常はバッタの被害と比較しての実施がなされる。 ただし、やなど、 WHO によりきわめて危険(クラス1a)、かなり危険(クラス1b)とされたもの は使用されない。 現在主に使われているのは、超低量散布 ()という技術である。 車両搭載された空中噴霧器を使ってバッタの移動予想地点に濃厚な殺虫剤が少量散布され、バッタが殺虫剤の付いた餌を食べたり上を歩いたりすることで死亡する。 この技術は各国の政府機関の要請を受けた東アフリカ移動性バッタ防除機構 Desert Locust Control Organisation for East Africa, DLCO-EA などによって実施される。 殺虫剤には前述したピレスロイド、ジフルベンズロンのほか、生物農薬であるの使用も検討されている。 ただしメタリジウム菌は即効性が期待できない。 トノサマバッタ以外による蝗害 [ ] 日本ではバッタ科のバッタによる蝗害がほとんど起こらなかったため、中国渡来の文献に書かれている「蝗害」を、昆虫による大規模な農被害全般を指す語だと誤解した。 日本の古文献に書かれている「蝗害」のほとんどは、(イナゴ科)、、によるものである。 被害の様相はバッタによる真の蝗害とは著しく異なるが、やはり真の蝗害の実体験に乏しい日本では、このウンカによる被害に対しても、蝗害の漢語が当てられることとなった。 今日ではウンカも群生相を示すことが知られているが 、被害は飛蝗に比べればはるかに小さい。 日本でできないやの被害が発生するのは、に沿った気流によって中国南部(東南アジア説もある)から移動してきて一時的に大発生するためである。 このトビイロウンカやセジロウンカは昭和前期には越冬していると考えられていたのであるが、1967年(昭和42年)に、岸本良一がジェット気流に乗って梅雨の時期に中国大陸から飛来するとする研究を発表し、1987年(昭和62年)に清野豁が飛来経路を解明した。 このため、現在では飛来型ウンカには飛来予報を発表するページが存在する。 古文献には、『』巻二元年(701年)八月辛酉の条に、を始めとする17ヶ国に蝗の被害があったと記されており、以後数年おきに害が報告されている。 よって夫々にす」と関東地方でも蝗害があったとする記述がある。 この後の『』巻22、812年(弘仁3年)の条にも、で蝗が発生し、稻五千束の税が免除されたとの記録があるが 、これはによる被害と見られる。 神話・伝説のレベルの話だが、807年(大同2年)に成立した『』には、大地主神(おおところぬしのかみ)が御年神(みとしのかみ)から蝗害防止の祭事を教わった話が載る。 桑原和男は『古語拾遺』804年(延暦23年)の条から銅鐸にある絵柄の一つは蝗害防止の祭事ではないかと仮説を立てている。 874年(貞観16年)にはで「其頭赤如丹。 背青黒。 腹斑駮。 大者一寸五分。 小者一寸」と描写される「蝗」に1日数が食害されており(『』)、これはイナゴの被害と見られている。 また、1017年(寛仁元年)には越前・摂津・近江など蝗害のため、蝗虫御祈諸社奉幣使を使わした記録がある(『』)。 年間、特に1732年(享保17年)前後に起きた蝗害が大きい。 防長両国の蝗害高は29万2740石余、では収穫は7割程落ち込んだとされ、伊予和気郡では3400人の死者が出たとされる。 なお、『』にはこの蝗害のために餓死した人間を96万9900人と書き記しており、46藩合計で236万石の所、収穫は62万8000余石足らずであったと言う。 またには1750年(寛延3年)、同1753年(宝暦3年)に蝗害発生による祈祷を行った記録が残っているほか、1749年(寛延2年)には冷害と蝗害により東北地方が大飢饉となり、肥前では1768年(明和5年)に蝗害が起きた記録が、1740年(元文5年)には伊勢国領で108村が蝗害のための減免を強訴した記録があり、1770年(明和7年)に関東各地で、1780年(安永9年)に出雲で蝗害の記録が、1819年(文政2年)11月には大里郡佐谷田村(現埼玉県)にて蝗害駆除の祈願が行われた旨がそれぞれの町史や市史、県史に見る事ができる。 の1826年(文政9年)の農業書である『除蝗録』はウンカについての記述と見られる。 なお、記録が多い筑紫国の蝗害は、1627年(寛永4年)から1868年(慶応4年)の間に33回も蝗害の記述がある。 蝗害を扱った作品 [ ]• 『』「」 - 「」の一つとして出てくる。 『』 - 作家の小説。 映画『』 - 1977年公開、「悪魔の象徴」として描かれる。 映画『』 - 1985年のアメリカ映画。 映画『』- 2001年のドイツ映画。 ケニアでの蝗害が物語で重要な役割を果たす。 『』- の小説。 続編となる『インガルス一家の物語3:プラム・クリークの土手で』で蝗害が物語の転機となる。 『』の原作。 『』- の小説。 東北を襲った蝗害をきっかけに東北6県が日本国から独立する。 『』- 漫画版で人工的に蝗害を起こし、敵対国をにする戦術が登場する。 『』 - 十勝地方における農業の歴史を語る時に、蝗害が度々引き合いに出される。 (蝗害に巻き込まれた経験のある筆者の祖母曰く、蝗害発生時には藁や紙や着ている着物まで植物性のものはなんでも食われた、とのこと。 『山猫の夏』 - の小説。 40億匹の蝗害を起死回生のゲリラ戦に利用する。 『彩雲国物語』 - 原作のライトノベル。 作中で起こる天変地異の一つとして蝗害が発生する。 『』 - の漫画。 蝗の大群で航空基地が覆われ、戦闘機の離陸に支障をきたす話がある。 『輝ける碧き空の下で』 - の小説。 ブラジルに入植した日系移民の農場で蝗害が発生した様子が描かれる。 『』 - の漫画。 主人公らが北海道東部を襲った蝗害で足止めされる他、集落が被害を受け出稼ぎに出るアイヌが登場する。 『』 - の漫画。 人間の蝗害に対する恐れが顕現して生まれたバッタの・蝗GUYが、主人公・虎杖悠仁と交戦する。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 農業情報研究所 WAPIC• 中筋房夫編『個体群動態と害虫駆除』、1989年、冬樹社、• 写真あり。 彭邦炯 、1983年、農業考古、1983年第2期• 中國哲學書電子化計劃• (ウィキソース中国語版)。 李純然• 《贞观政要》卷8《务农》、上海古籍出版社1978年版、第237頁。 『』(ウィキソース中国語版)。 陳芳生『捕蝗考』()• 人民報• 外務省• - 『』• AFP 2019年12月26日. 2020年2月26日閲覧。 武内進一編 PDF 2. 外務省• 京都新聞2020年2月5日朝刊• - FAO (英語)• Alexandra M. Wagner Winter 2008. 89 4 : 154—167. 『帯広市史(平成15年編)』、2003年、p123• ヌップクかわら版 、• 『新十勝史』p182,十勝毎日新聞社刊,1991• 『帯広市史(平成十五年編)』p123• 『音更町史』、1980年、p48• 『音更町史』、1980年、p51• 160• 弘前学園• 田中寛, 保田淑郎, 柴尾学、「」 『関西病虫害研究会報』 2015年 57巻 p. 1-9, :• 、(平成19年)• 著 バッタを倒しにアフリカへ 2017年• 『歴史地理学 37 近畿地方における享保17年の蝗害と取箇の分布』(池内長良)、中央公論社『日本の歴史17』、『』、『続日本王代一覧』 参考文献 [ ]• 著 『バッタを倒しにアフリカへ』 2017年• 、編著、『飛ぶ昆虫、飛ばない昆虫の謎』東海大学出版社 2004年• (中国語版) 倪根金、《历代蝗灾及治蝗述要》(《历史教学》1998年第6期)• (中国語版) 陆人骥、《中国历代蝗灾的初步研究——开明版〈二十五史〉中蝗灾记录的分析》(《农业考古》1986年第1期)• (中国語版) 袁林著、《西北灾荒史》(甘肃人民出版社、1994年) 外部リンク [ ]• (英語):2004年のアフリカ大陸西部〜北部の蝗害のビデオ• バッタに関する文献登録サイト(英語)• (英語)• 国際連合食糧農業機関の蝗害情報サイト (英語).

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キノコの用語(英語-日本語) 三河の植物観察野草

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3月〜5月頃 元々は、西アジア・中近東原産の帰化植物ですが、 今では、日本全国で春を代表する花になっています。 3月〜5月頃 近くの空き地で、春分の日頃から咲きだします。 茎に丸っこい葉を段々につけます。 三階草とも言う。 春の七草の仏の座は"コオニタビラコ"の事を云います。 3月〜5月頃 ユーロッパ原産の帰化植物です。 オオイヌノフグリと、ホトケノザと、このヒメオドリコソウと、よく一緒に咲いています。 ちりめん状の葉は緑色だが、上部の葉は赤紫色に色づく。 3月〜5月頃 ヨーロッパ原産の空き地や道端などに生える雑草。 細長い種子がはじけ飛んで増殖する。 別名:ペンペングサ 3月〜6月頃 道端や野原などに、ごく普通に生える2年草。 春の七草の一つで、粥にしたりする山菜。 白い小さな花を総状につけ、果実はハート型になる。 青紫色の花をパピリオケアナといい、その他白色ベースで中心が青紫色のプリセアナとかがあります。 3月〜5月頃 生け垣や砂利の隙間などに生えていますが、我が家の3軒隣の家の前の側溝脇に咲いています。 花は1cm位の小さな花です。 側弁に毛が生えています。 抜かずにしているので、毎年増え続けています。 スミレに比べ、全体に毛が多く、花弁や花の縁は やや波打ちます。 4月〜5月頃 日当たりの良い空き地に咲いています。 赤紫の蝶形花をつけるマメ科の越年草。 前年の11月頃から芽生え、ほっておくと繁殖して大変です。 庭の雑草むしりの対象です。 3月〜5月頃 関西以西に多く咲いている白いたんぽぽ。 関東では珍しい種ですが、柏近辺ではよく見かけます。 ワスレナグサの仲間でよく見ると可愛い花です。 花は2mm程で気をつけないと見過ごしてしまう。 3月〜5月頃 道端にごく普通に咲いています。 葉は軟らかくて、愛犬がむしゃむしゃよく食べていました。 開いている花は少ない。 4月〜5月頃 ハコベの仲間かなと思っていたのですが、気になり 調べてみたら、"ノミノツヅリ"でした。 カスミソウの様な風情があります。 ハコベの様に花びらが2枚に分かれてはいません。 5弁花です。 花は数ミリの小さな花です。 4月〜5月頃 北アメリカ原産の2年草。 緑地公園の芝生や土手沿い に咲いています。 茎をすっと伸ばし、その先にまばらに 花を付けます。 この個体は日当たりのよい草地に咲いていたもので、背丈は約50cm。 4月〜5月頃 春の堤防や河川敷・空き地など、いたるところに咲いているヨーロッパ原産の帰化植物です。 種子から菜種油がとれます。 住宅地の石垣の隙間などに生えています。 元々はロックガーデンに植えられていたものが、野生化したそうです。 4月〜5月頃 日当たりの良い斜面に咲いています。 葉は心形で、茎が長く伸び大きな花を咲かせます。 葉はヘラ型で、紫色の花を咲かせる基本種です。 4月〜5月頃 日当たりの良い空き地に咲いています。 セイヨウタンポポと日本の在来固有種が交配されている様で、種類は良く分かりません。 地下茎で増えるので、よく群落しています。 4月〜6月頃 田んぼのあぜ道や庭の隅など、やや湿ったところに生える越年草。 コオニタビラコに比べ舌状花が15〜20と多い。 別名:イワニガナ 4月〜6月頃 日当たりの良い空き地に咲いています。 細い茎が地面を這い、根を出しながら広がります。 道端などの日当たりの良い場所で、白っぽい(図鑑では淡青色の)花を密生させています。 4月〜7月頃 道端 や庭などに生える一年草。 葉は細くて尖りやや 下を向いているので、爪に見立ててこの名がある。 花は 小さくて目立たない、右の芝草の露程の大きさしかない。 4月〜8月頃 ヨーロッパ原産の帰化植物です。 河川敷や造成地などで 群生している。 黄色い小さな花をボール状に付けます。 花は蝶形花でボール状です。 4月〜6月頃 道端にごく普通に咲いています。 家に庭にも侵入してきます。 夏に咲く、茎の硬い花は ヒメジョオンで、よく似ています。 昔は"オギョウ"と呼ばれていた。 道路の分離帯に沢山生えています。 4月〜6月頃 草地や林間の日当たりの良い所にごく普通に生えて います。 きれいな花ですが、何で豚菜なんて名前がついたの でしょうか? 別名:ハルノノゲシ 4月〜7月頃 道端にごく普通に咲いています。 小さなタンポポの様な 花をつけます。 葉は縁に刺がありますが、柔らかいので 触っても痛くはありません。 ヨーロッパ原産のポピーですが、野生化して群生 しています。 4月〜8月頃 クローバー。 ヨーロッパ原産の帰化植物です。 道端や 公園など、日当たりの良い草地に咲いています。 日当たりの良い空き地に咲いています。 4月〜7月頃 道端や空き地に生える、北アメリカ原産の帰化植物。 葉は掌状に深く切れ込みます。 日本の風露草の方は、風情があって、私の好きな花の一つです。 日陰が好きな様です。 カタバミ同様刈っても刈っても、地下茎で増殖します。 5月〜6月頃 近所の垣根の下に沢山生えています。 よく見ると、上三枚が小さく、下2枚が大きくて大の字に見えます。 上3枚の赤い文様と中心が黄色できれいな花です。 実についた穂綿がボロ布のように見えることからこの名が付いたと言われる。 5月〜6月頃 アメリカ原産の帰化植物。 日当たりの良い芝生や野原に咲いています。 10cm位の小さな花ですが、良く見るときれいな色をしています。 花が終わった後に球形のさく果が一緒についている事がよくあります。 4月〜10月頃 春から秋まで真夏を除いていつも咲いているので、この名がある。 道端や庭などに生えています。 根元の葉の間から直立する茎を数本出し、淡紅紫色で唇形の花をつけます。 花が小判に似ていて、米俵に見立てて 、 タワラムギ 俵麦 とも呼ばれる事もあるそうです。 4月〜8月頃 庭に咲いています。 地下茎で繁殖するので、むしっても刈ってもすぐに生えてきます。 野生化しています。 真っ白で綺麗です。 5月〜7月頃 南アメリカ原産の帰化植物で、各地で野生化しています。 カタバミより3小葉が大きく、花も大きくピンクです。 イモカタバミにも似ていますが、イモカタバミは花の芯が濃くなるので見分けがつきます。 株元に芋状の塊茎をボコボコとつけ、 春から秋にかけて、赤紫色の5弁花を大量につけます。 5月〜8月頃 日当たりの良い空き地・道端に良く咲いています。 コヒルガオと比べると、葉の基部が矢じり形。 ヒルガオに比べ、花はやや小ぶりで、葉の基部はほこ形。 別名:ダンダンギキョウ 5月〜7月頃 葉が段々に付き、桔梗に似た青紫色の花を咲かせます。 最近、近所でよく見かける様になった気がします。 白花と名が付いていますが、薄ピンクの花しか見かけません。 5月〜8月頃 数段の層を作って咲く花を、塔に見立てて名が付いた。 高さは15cm〜30cm。 葉は長さ1〜3cm。 花の色は淡柴色。 花も葉もトウバナより大きく、葉は長さ2〜5cm。 花の色は白色 に 淡柴色を帯びる。 5月〜6月頃 草地や道端などに生える2年草。 葉の脇にむかごが出来て、それが地面に落ちて増えるのでこの名が付いた。 茎は地を這い、葉は多肉質で茎は立ち上がる。 葉は多肉質で厚みがある。 チチコグサと比べて、葉の裏が白いのでこの名が付いた様ですが、雑草の王様という位どこにでもありますね。 5月〜7月頃 小さな花ですが可愛い花です。 元々は南アメリカからの帰化植物の様です。 夕方から咲いて午前中まで咲いているのでこの名前がついたそうですが、午後にも咲いています。 白花がある事は知っていましたが、今までお目にかかれませんでしたが、2015年の春、近所の交差点に赤花と共に咲いていました。 5月〜10月頃 道端や公園などに生える越年草。 根生葉はロゼット上に広がり、葉や茎は赤みを帯びるのが普通ですが、無毛で赤みを帯びないタイプの"アオオニタビラコ"が市街地に増えているそうです。 繁殖力が強く日本の在来種が駆逐されてしまうので、特定外来生物に指定されています。 種が飛ぶ前に根こそぎ引き抜いて駆除するそうです。 5月〜8月頃 道端や荒れ地、河川敷などに生えるヨーロッパ原産の帰化植物で、近くの空き地で群落しています。 雄しべは長く花外に環状に飛び出し、下から順に咲き上がっていく形が面白い。 ネギ坊主みたいな花が咲きます。 5月〜8月頃 南アメリカ原産の多年草、紫のツユクサは一年草ですが、この三角で白い露草は多年草です。 名前の様に常緑で、茎は横に1mくらい伸び、雄しべは6本で毛が生えています。 鮮やかな青色をしています。 6月〜7月頃 普通は丘陵地帯に生える草ですが、近所の道端の花壇に咲いています。 毎日新しい花が咲きますが、花の終わり頃はちょっとみすぼらしい姿になってしまいます 6月〜8月頃 夕方咲いて、朝にはしぼんでしまいますので、昼間見ても、ちっとも目立たない花ですが、綺麗な花です。 間違えて月見草と呼ばれる事もありますが、本当の月見草は別物で、白い綺麗な花を咲かせます。 ツル性で何にでも絡みつきます。 5月〜10月頃 北アメリカ原産の帰化植物で、日本中で繁殖し春から秋まで咲いています。 ハルジオンによく似ていますがヒメジョオンの茎には白い髄が詰まっています。 茎は地面を這うように広がり、 黄色い5弁花を大量につける。 芝生など日当たりの良い所に生えています。 6月頃から日当たりの良い場所では秋まで見られます。 ヒレの様な葉にするどい刺があり、素手ではとても触れません。 つる性でよくフェンスに絡まっています。 7月〜9月頃 道端、原野などの普通に生えている多年草。 茎はつる性で、木などの絡みつき、大きいものは高さ10m位になる。 根茎からクズ粉をとる。 6月〜10月頃 空き地などに咲いています。 北アメリカ原産の外来種で、ヤマゴボウの名が付いていますが、有毒植物です。 アメリカでは、インクベリーと呼ばれているそうです。 果実をつぶすと赤紫色の汁が出ますが、この果実も有毒です。 7月〜9月頃 道端に生えている帰化植物です。 茎や葉に刺があり始末が悪い事からこの名前がついたそうです。 近くの家庭菜園から種が飛んだのでしょうか?畑の周りに群生しています。 誰も摘んだりしません。 7月〜9月頃 原産地は台湾で、観賞用に導入されたという。 最近平地でも野山でもどこにでも進出しています。 薄い紫の筋が入るのものもあるが、テッポウユリとの交配が進んで、最近では圧倒的に白の方 右写真 が多い。 5月〜10月頃 北米原産の帰化植物。 県道脇に生えています。 小型のマツヨイグサの仲間で、茎が這う点が最大の特徴。 花は一日花で、夕方から咲き始め朝 にはしぼむ。 この草も県道脇に咲いていました。 8月〜9月頃 日当たりの良い場所に咲いています。 一見、"るつぼ"と読んでしまいますが、"つるぼ"です。 去年は咲いていなかったのですが、今年、家に前の空き地に咲いていました。 下の方の葉はトゲトゲしているが、上の方の枝は切れ込みがない。 葉っぱ桑の葉に似ている。 葉の脇に雄花雌花が混じりあった目立たない花を付ける。 8月〜10月頃 裏の空き地に咲いています。 日当たりの良いところに良く咲いていますが、セイタカアワダチソウには押されぎみです。 ほっておくと人の背より高くなります。 一番の草刈り対象の草です。 野山に咲く花の写真館 へ戻る.

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ヒラタケ ハラタケ目ヒラタケ科ヒラタケ属、晩秋から春にかけて広葉樹(時に針葉樹)の枯れ木に発生します。 傘は灰褐色から白色、まんじゅう形で開くと半円形になります。 美味しいキノコで栽培が盛んに行われていて「シメジ」の名で出回っていましたが、最近は生産量が少なくなってきました。 ウスヒラタケ(武尊山) ハラタケ目ヒラタケ科、ヒラタケとよく似ていて混同されてきました。 一般に小型で発生時期も多少違うようです。 枯れ木にびっしりと重なり合って発生します。 香りがよく味に癖もありません。 シイタケ(栽培もの) ハラタケ目ヒラタケ科、栽培が盛んでいつでもたべらるきのこです。 オオイチョウタケ ハラタケ目キシメジ科、雑木林の中に群生して生えます。 大きいものは30cmくらいあるものもあって引いてしまうほどです。 それほど美味しくは無いのですが食べられます。 ナラタケ(妙義山) ハラタケ目キシメジ科、表面は帯黄色で中央部に細かい鱗片があります。 柄は下部が多少膨らみ下半分は黒味を帯び上部に膜質のつばがあります。 サクラやナラなどの枯れ木に群生します。 歯切れがよくだしも出て濃くのある美味しいきのこです。 ナラブサなどと呼ばれています。 ブナシメジ(武尊山) ハラタケ目キシメジ科シロタモギタケ属、ブナや他の広葉樹に発生します。 人工栽培も盛んになってホンシメジと書かれて売っている場合もあります。 癖が無くどんな料理にも合います。 ハタケシメジ(大桁山) ハラタケ目キシメジ科シメジ属、表面は灰褐色で成熟するとほぼ平らに開きます。 この株は地力が弱かったのか二・三本しか出ていませんでしたがしばしば大株になります。 舌触りがシャキシャキして油いためで食べると美味しいです。 ムキタケ ハラタケ目キシメジ科ワサビタケ属、半円形で粘性のある黄土色の傘を持ち表面は剥がれやすいです。 広葉樹の枯れ木に重なり合って群生します。 ほのかな香りと柔らかな口当たりです。 コガネタケ(大桁山) ハラタケ目ハラタケ科、黄土色から黄金色の粉に覆われます。 秋に道端や庭、田のあぜなどに群生します。 独特の香りがあって汗臭いと嫌う人もいます。 全体を覆う粉を洗い落とすか薄くむける表皮を取って料理します。 特に茎はしゃきしゃきして舌触りが良いので私は油いためが好きです。 黄色味の強いもので下痢などの例があるようです。 カバイロツルタケ(武尊山) ハラタケ目テングタケ科、傘の色は茶褐色で柄やつぼも茶褐色を多少帯びます。 全体にもろく歯ごたえも無いですが風味に癖が無く汁物などに入れると良い出汁が出るようです。 モエギタケ ハラタケ目モエギタケ科モエギタケ属、傘は緑色でまんじゅう形から平らに開きます。 さっぱりとした風味で口当たりは良。 クリタケ(武尊山) ハラタケ目モエギタケ科クリタケ属、傘はレンガ色で湿った時にわずかに粘性があって、まんじゅう形で後に平らに開きます。 広葉樹の枯れ木に群生します。 多少ぼそぼそ感はありますが風味がよくいい出汁が出るので炒め物やうどんの汁に最高です。 ナメコ(武尊山) ハラタケ目モエギタケ科スギタケ属、昔から人気が高く一般的なきのこです。 最近は菌床栽培のナメコが多く出回っています。 でも天然物は一段と違う味がします。 ヌメリスギタケ(武尊山) ハラタケ目モエギタケ科スギタケ属、傘は黄色で中央部は黄褐色でさび褐色の鱗片を持ち粘性があります。 ヤナギなどの枯れた部分に発生します。 歯切れが良くぬめりには甘味があって知るものに適します。 土から出る良く似たツチスギタケは有毒なので注意してください。 シロナメツムタケ(武尊山) ハラタケ目モエギタケ科スギタケ属、傘は白色でまんじゅう形〜平らに開き表面に粘性があります。 マツ・ブナ林の地上に生えます。 風味に癖が無く口当たりが良いようです。 シロオオハラタケ(南牧村) ハラタケ目ハラタケ科ハラタケ属、初め卵形の傘がまんじゅう形、そして平らに開きます。 表面は平滑で白色、柄の上部につばがあって膜質です。 ひだは密で白色ですが帯灰紅色から黒褐色になります。 個性的な味はなく風味も薄く歯ごたえもなく、味は淡白で西洋料理に合います。 特にシチューなどに向いているようです。 ムジナタケ(武尊山) ハラタケ目ヒトヨタケ科ナヨタケ属、傘は茶褐色で表面にビロード状の鱗片があります。 柄も同じです。 食用になるといいますが見た目が・・・。 ムレオオフウセンタケ(稲含山系) ハラタケ目フウセンタケ科、表面が暗褐色の傘でひだは密でにっけい色。 発生は広葉樹林内の地上に散生または群生します。 石灰岩地帯に多いようです。 樹林下の笹の中に生えるのでササタケとかササダイコクとか呼ばれています。 油いためやうどんの汁で煮込むとおいしく食べられます。 カワムラフウセンタケ(武尊山) ハラタケ目フウセンタケ科、傘はまんじゅう形から平らに開きます。 表面は湿っている時に粘性があって褐色から黄土褐色、ひだは紫色からにっけい色ですが、傷つくと濃い紫になります。 癖が無く口当たりもいいです。 ムラサキアブラシメジモドキ(伊香保森林公園) ハラタケ目フウセンタケ科、傘はふじ色でまんじゅう形からほぼ水平に開き粘液に包まれます。 歯切れ、舌触りがよく、癖もないので和風料理に合うようです。 オオツガタケ(武尊山) ハラタケ目フウセンタケ科フウセンタケ属、傘はキツネ色で粘性がありまんじゅう形〜平らに開きます。 柄は白色で初めは綿毛状の菌糸に覆われます。 舌触り歯切れがよくまろやかな風味です。 シロヌメリイグチ(武尊山) ハラタケ目イグチ科、傘は暗褐色から帯緑灰色で粘性が強く柄の上部に膜質のつばがあります。 肉は全体にやわらかく痛みが早いですが、風味と舌触りが良いです。 ハナイグチ ハラタケ目イグチ科、傘はまんじゅう形からほぼ平らに開き表面は黄金色から帯褐橙色で粘液に包まれます。 傘の裏側は膜で覆われていますが大きくなるとつばとなります。 傘の裏は管孔となります。 汁物や鍋物、おろしあえなどで食べます。 ただし食べ過ぎると消化不良になります。 アミタケ ハラタケ目イグチ科ヌメリイグチ属。 傘の大きさ 7cm 程度で栗色、滑りがあります。 網目がはがれにくく粗くなっています。 柄は長さ 3 〜 5cm で松林に群生します。 茹でると赤紫色になり滑りが増します。 これをダイコンオロシであえて食べると結構いけます。 大学時代、伊那ではこのきのこは何処の家庭でも出ていました。 カラマツベニハナイグチ ハラタケ目イグチ科アミハナイグチ属、傘の表面は赤紫色で粘性は無く小鱗片に覆われます。 カラマツ林内によく発生します。 肉は充実感が無く見えますが癖はありません。 シロハツ(武尊山) ハラタケ目ベニタケ科、傘は表面が平滑で白色、中央がくぼんだまんじゅう形〜じょうご型ひだの付け根はやや青紫色を帯びます。 肉質は硬く口当たりはあまりよくありません。 汁物では良い出汁が出ます。 チチタケ(武尊山) ハラタケ目ベニタケ科チチタケ属、傘は表面が平滑で帯褐色、中央がくぼんだまんじゅう形〜じょうご型、ひだは淡黄色で時々しみがあります。 傷つくと渋みのある乳液が出ます。 口当たりはぼそぼそですが煮込むとうまみがあります。 ハツタケ ハラタケ目ベニタケ科チチタケ属、傘の表面は淡紅褐色で濃い環紋があります。 ひだは淡黄色で密、傷つくと赤褐色の乳が出て少し経つと青緑色のシミに変わります。 秋マツ林などに生えます。 口当たりはぼそぼそして口当たりは良くありませんが香りがよく旨みもあって煮物に向いています。 アカモミタケ(大桁山) ハラタケ目ベニタケ科チチタケ属、表面は淡橙黄色で濃い環紋があります。 橙朱色の乳液が出て変色しません。 モミの木の下に発生します。 こくのある旨みが有って結構いけます。 大桁山では10月下旬になって発生していました。 キツネノチャブクロ(大桁山) 複菌類ホコリタケ目ホコリタケ科、西洋独楽の形をしたきのこ。 幼菌は白く上部に黒っぽいとげが有ります。 熟すると黄褐色になって剥げ落ちて頂上部の孔から煙状の胞子を出します。 幼菌の肉が白いものを食用にします。 タヌキノチャブクロ(北軽井沢) 複菌類ホコリタケ目ホコリタケ科、初秋に朽ち木や地上に生えます。 肉の白いものをフライやテンプラにして食べられます。 カノシタ(武尊山) ヒダナシタケ目カノシタ科、全治が卵黄色から黄色でもろく傘は不正円形で裏には針がでています。 香りが強く癖はありません。 ブナハリタケ(武尊山) ヒダナシタケ目エゾハリタケ科、ブナの枯れ木に重なり合って群生します。 全体白色でかさは半円形で下面には無数のハリが垂れ下がります。 独特の匂いが強く香ります。 茹でこぼしたり塩漬けにしてから食べるといいようです。 炒め物や炊き込み御飯など。 サンゴハリタケ(武尊山) ヒダナシタケ目サンゴハリタケ科、傘を作らずにサンゴ状に枝を伸ばしてその下に無数の針を伸ばします。 風味にまったく癖が無く和・洋どちらの料理にも合います。 アラゲキクラゲ 高崎市観音山) キクラゲ類キクラゲ科、円盤・盃・耳状でゼラチン質のきのこを枯れ木に付けます。 背面は灰褐色で毛に密に覆われます。 キクラゲよりも堅く歯ごたえが良く風味が楽しめます。 オオゴムタケ(富岡) チャワンタケ目クロチャワンタケ科オオゴムタケ属、子のう盤は半円球、黒褐色でゼラチン層があります。 シイタケ栽培などでは雑菌扱いです。 無味無臭で幼菌を酢の物などで食べます。 スッポンタケ目スッポンタケ科スッポンタケ属、梅雨どき〜秋に林地などに発生。 若いものは白色の卵状で、熟するとスッポンのような形をした柄と傘を伸ばします。 傘は網目状に隆起し濃い緑色の組織体が付きます。 これが、すごい臭いでハエなどが集まり、その体について胞子を散布するそうです。 悪臭を放つ組織体を洗い流せば食べられるそうですが・・・。 (11種類) ニクザキン(肉座菌)目ニクザキン科ポドストロマ属、秋に赤橙色で指状に発生する毒きのこ。 朽ちた木の周辺などに発生しますが数は多くありません。 猛毒で誤食すると嘔吐や下痢・運動言動障害などが起き、死亡例もあるので要注意です。 触った手などを洗わずに舐めても口内炎になるほどだそうです。 ツキヨタケ(武尊山) 傘は黄橙褐色で半円形から腎臓形、成長すると紫褐色、ひだは淡黄色のちに白色になります。 柄の肉の内部には黒褐色のしみがあります。 シイタケやムキタケ、ヒラタケに似ます。 暗いところで黄白色に光ります。 嘔吐、腹痛、下痢などになってときに死亡することもあります。 サクラタケ(武尊山) ハラタケ目キシメジ科、傘は紅紫色、ばら色などで状線があります。 大根のような臭いがして毒素を含む事が分かっています。 ベニテングタケ(武尊山) ハラタケ目テングタケ科、傘は鮮やかな赤や橙黄色で白いつぼの破片が散乱します。 基部は膨らんでつぼの破片が散乱します。 食すると酒に酔ったようになって筋肉の著しい痙攣や精神錯乱、幻覚、視聴覚障害などに陥るようです。 嘔吐するくらいで死ぬ事は無いようです。 タマシロオニタケ(高崎市観音山) ハラタケ類テングタケ科、全体が白色で傘の表面に角錐状の小さなイボをたくさん付けます。 毒性は相当強いようです。 ドクツルタケ(武尊山) ハラタケ目テングタケ科、全体が白色で傘の表面は平滑です。 柄はささくれに覆われ根元は袋状のつぼがあります。 食すると10時間ほどしてから腹痛や嘔吐、下痢、肝臓や心臓、腎臓障害が起こるようです。 1本でも適当な処置をしないと死亡するようです。 シロタマゴテングタケ(武尊山) ハラタケ目テングタケ科、ドクツルタケより小型で柄にささくれがありません。 中毒症状もドクツルタケと同じです。 ニガクリタケ(武尊山) ハラタケ目モエギタケ科、傘は硫黄色でまんじゅう形〜ほぼ平らに開きます。 広葉樹や針葉樹、タケなどの枯れ木に発生します。 食べると舌がピリピリし嘔吐、痙攣、意識不明になり紫斑が出て死に至っています。 ツチスギタケ(大桁山) ハラタケ目モエギタケ科、傘は麦わら色で茶色い繊維状の鱗片に覆われます。 ヌメリスギタケに似ますが土の上に発生します。 スギタケも土の上に出る事があるのでまぎらわしいキノコです。 食べると下痢や嘔吐に見舞われるようです。 クサハツ ハラタケ目ベニタケ科、傘は饅頭型から成長するとじょうご型になります。 表面は湿った時に粘性があります。 全体に嫌なにおいあります。 臭いハツタケという意味とか?有毒です。 ドクベニタケ(武尊山) ハラタケ目ベニタケ科、傘は饅頭型から成長すると中央がややへこみます。 表面は湿った時に粘性があって鮮やかな赤色です。 内部は海綿状でひだとともに辛味があって生食すると中毒するようで死亡例もあるようです。 (11種類) ホテイシメジ(武尊山) ハラタケ目キシメジ科カヤタケ属、傘は開けばほぼ平らで表面は灰褐色、肉は白色でカラマツ林内をはじめ色々な林に群生または散生します。 歯ごたえがよく癖の無い風味ですが酒を飲んで食べると中毒します。 ミネシメジ(武尊山) ハラタケ目キシメジ科、オリーブ色の半球形から平らに開いた傘を持ち、ひだは湾生です。 針・広混交林に発生します。 癖のある匂いがあります。 生食すると中毒します。 オシロイシメジ(武尊山) ハラタケ目キシメジ科、表面は白色で塗料を塗ったような感じがします。 匂いに癖があって毒とも言われています。 ヤマイグチ(武尊山) ハラタケ目イグチ科、傘の表面は暗褐色で湿ると多少粘性があります。 柄は灰色から黒っぽい鱗片が付きます。 生食すると中毒すると言われています。 キチチタケ 北軽井沢 ハラタケ目ベニタケ科、表面は褐色で濃色の環紋があります。 初秋にアカマツやコナラなどの下に生えます。 ハツタケとアアカモミタケの中間的な感じで食べられますが辛味があります。 生食は中毒するので注意しましょう。 ツチカブリ ハラタケ目ベニタケ科チチタケ属、白色の傘は中央がくぼんだまんじゅう形〜じょうご形となります。 乳液は辛く白色で量が多く嘔吐を起こすといわれています。 クロハツ 北軽井沢 ハラタケ目ベニタケ科、中央がへこんだ形から浅いじょうご形の黒褐色の傘を持ちます。 傘を切断すると白い肉が赤い色から黒く変わります。 針・広葉樹林に発生します。 生で食べると中毒するといわれ要注意です。 ケシロハツ 北軽井沢 ハラタケ目ベニタケ科、中央がへこんだ形から浅いじょうご形の白色の傘。 初秋に針・広葉樹林に発生します。 表面は白色で微毛に覆われます。 乳液は白色でとても辛いです。 ザラエノハラタケ(北軽井沢) ハラタケ目ハラタケ科、表面が褐色の鱗片に覆われています。 落ち葉を分化する菌で初秋に多くは針葉樹林に発生します。 食べられるとも言われますが胃痛を起こすことも有るといわれ要注意です。 カラカサタケ ハラタケ目ハラタケ科、開けば中高の平らな傘を持ち淡灰褐色の地に灰褐色の鱗片をちらします。 秋に森林や竹林、草地などに発生し食用となります。 ただし生食は禁物です。 ヒトヨタケ (武尊山) ハラタケ目ヒトヨタケ科、釣鐘型からすげがさ型の傘を持ち灰色から灰褐色で周辺に条溝があります。 幼菌は食べられますが酒を飲む前に食べるとアセトアルデヒドの蓄積が激しく中毒するようです。 (17種類) New ハラタケ目テングタケ科、最近になって名前が付けられたようで、あまり図鑑に載っていません。 傘には粘性があって外皮がかさぶた状に残っています。 食毒も不明です。 カワキタケの仲間? コムラサキシメジ? イタチナミハタケ(武尊山) ハラタケ目ヒラタケ科ミミナミハタケ属、ヒラタケ状で柄はほとんありません。 傘の表面は明褐色です。 ワタカラカサタケ(武尊山) ハラタケ目ハラタケ科キツネノカラカサ属、傘の表面も柄も綿くず状の鱗片があります。 コガネテングタケ(武尊山) ハラタケ目テングタケ科、卵形から後に平らに開く黄褐色の傘を持ち柄は淡黄色で根元はふくらみ上部につばがあります。 コタマゴテングタケ(武尊山) ハラタケ目テングタケ科、傘は淡黄色でつぼの破片が付着します。 ひだは白色で柄にはひだがあり根元につぼがあります。 フウセンタケモドキ(武尊山) ハラタケ目フウセンタケ科、傘はまんじゅう形から平らに開きます表面は黄色で黄褐色のしみを生じ、のちに黄土色になります。 アカマツ・コナラ・ミズナラ林に生えます。 チャツムタケ(武尊山) ハラタケ目フウセンタケ科チャツムタケ属、傘は円錐状の鐘形〜まんじゅう形、最後に平らになります。 表面は平滑で茶褐色です。 トビチャチチタケ(武尊山) ハラタケ目ベニタケ科、傘は湿った時に粘性があって帯褐色で環紋は目立ちません。 ツチグリ ニセショウロ目ツチグリ科、幼菌は球形で、熟すると外皮が星型に開き独特な形になります。 乾湿に応じて開閉します。 食毒は不明です。 アシグロタケ(武尊山) ヒダナシタケ目タコウキン科、傘は円形から腎臓形で表面は栗色、柄は黒色で分かりやすいです。 カイメンタケ(武尊山) ヒダナシタケ目タコウキン科、半円形から扇状の傘を四方に開きます. 主に針葉樹の根元に生え心材を腐らせます。 カンバタケ(武尊山) ヒダナシタケ目タコウキン科、傘は丸山形に盛り上がった心臓形です。 常にカバノキ属の枯れ木に生えます。 オツネンタケモドキ(武尊山) ヒダナシタケ目タコウキン科オツネンタケモドキ属、有柄で樹に生えます。 傘は灰色で短い毛があって円形です。 カワラタケ(武尊山) ヒダナシタケ目タコウキン科、傘は半円形で革質の多数重なり合って群生する普通の木材腐朽菌です。 ツリガネタケ(武尊山) ヒダナシタケ目タコウキン科ツリガネタケ属 ヤケコゲタケ(武尊山) ヒダナシタケ目タバコウロコタケ科 マンネンタケ(観音山) ヒダナシタケ目マンネンタケ科マンネンタケ属、黒い柄を持ち傘は腎臓形で堅い殻皮に覆われています。 表面はてかてかに光って黄褐色から紫褐色で肉はコルク質です。 最近ガンに効くといわれ珍重されています。 カワウソタケ(観音山) ヒダナシタケ目タバコウロコタケ科カワウソタケ属、1年生のきのこでサクラ類の枯れ木に重なって群生します。 傘の表面は厚い粗毛に覆われ黄褐色をしています。 ベニチャワンタケモドキ(武尊山) 子のう菌類ベニチャワンタケ科、枯れ枝などに生える鮮紅色で有柄のチャワンタケです。 ヒメノガスター目ジャガイモタケ科ジャガイモタケ属、地中に出来るキノコの仲間で、子実体はニワトリの卵大でジャガイモのような塊です。 表面の色は淡黄褐色で、割ると紫褐色から黒色に変化します。 モミ林に出るようですが写真は雑木林のものです。 数は少なく分布もよく分かっていないそうです。 食毒は不明です。 ||に戻る.

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