火垂る の 墓。 火垂るの墓のエンディングの意味とは?怖いと言われる理由とは?

火垂るの墓の海外の反応、号泣する理由は?

火垂る の 墓

Contents• エンディングの意味とは? 火垂るの墓のエンディングは、どういう意味なのか気になるという意見があるようです。 そのエンディングの意味について考えていきます。 亡くなった節子を清太が埋葬し、悲しみにくれているシーンから場面が変わって夜になり、タンクトップ姿だった清太が制服を着ていて亡くなった節子と肩を寄せながらビル群を見下ろすというエンディングなのですが、そもそも、 この時代にビル群はなかったのでは?と意味について議論されています。 僕の意見として、 このビル群は火垂るの墓のアニメが公開された1988年の神戸の風景を描いているのだと思います。 節子と清太が亡くなってから幽霊になり、 二人が現代の神戸を空から見守っているという意味があるのではないかと考察します。 個人的な感想なのですが、このエンディングを見ると現代の日本がどれだけ幸せなのかという事を改めて考えさせられます。 戦争で亡くなり、生きたくても生きられなかった先人達がいたという事を認識した上で本気で生きて行こうと思いました。 怖いと言われる理由とは? また火垂るの墓のエンディングが怖いとも言われているようでした。 僕的に、怖いと思われるシーンはなかったと思いましたが、怖い言われる理由が気になったので調べてみました。 どうやら、 視聴者の勘違いによるものだったと考察します。 火垂るの墓の冒頭で清太が駅で亡くなっているシーンが流れるのですが、この冒頭のシーンを知らずに観た視聴者がラストにこのシーンが回想され清太が駅で亡くなっているエンディングが怖いと思ったのではないかと考えます。 エンディングに対する意見がこちら 自分の死の独白から始まるオープニングの見事さ そしてエンディング 清太がラスト唯一カメラ目線になる その瞬間我々はハッとし背筋が凍る 彼の眼は我々観客を見据えているのである 次カットで現代日本の街を見下ろす二人を描くことで はちゃんと暗示してくれている — 南方朱雀 VermillionKite 結果的に怖いと言われる理由とは、 清太が駅で亡くなっているシーンという事になりますね。 これから火垂るの墓を観る人や初めて観る人は、この事を意識して観て頂くとわかるかもしれません。 ただ、怖いと言われるという事はそれだけ衝撃的だったという事なので、勘違いをされた方の気持ちもわかります。

次の

火垂るの墓おばさんのその後は?嫌味も実は正論で悪くない?

火垂る の 墓

火垂るの墓とは? ・公開日 1988年4月16日 ・監督 高畑勲 「 火垂るの墓」は「 となりのトトロ」と同時上映で公開されました。 同時上映といっても今のような感じではなく、当時の同時上映は映画館で 交互に作品をずっと流していくというものでした。 そのためずっと映画を交互に見ていてもいいし、どちらかだけ見てもいいし、どちらから映画を見てもいいということだったのです。 今とは同時上映のやり方が異なることを理解していただけたかと思います。 「火垂るの墓」ですが、こちらの作品は 野坂昭如さんが書いた短編小説が原作となっており、実際に戦争を体験したことをベースに描かれた作品です。 舞台は兵庫県神戸市、西宮市郊外、 戦争前後の昭和20年代を描いています。 戦争により親を亡くした14歳の兄・清太と4歳の妹・節子が戦争の混乱の中、必死で生き抜こうとするもののそれが叶わず、妹・節子は栄養失調で死んでしまい、その後兄・清太も死を迎える…という戦争の辛さを描いた作品です。 スタジオジブリの作品は基本的にハッピーエンドで終わります。 しかし戦争を描いた「 火垂るの墓」は 容赦なくバッドエンドで終わってしまいます。 映画の冒頭でいきなり兄・清太の衰弱しているシーンから流れるというのは当時かなり(今も)衝撃で、戦争の恐怖を私たちに教えてくれる作品となっています。 放送禁止のシーンとその理由は? 「火垂るの墓」で印象的なシーンといえば、 節子サクマ式ドロップスを大切そうに舐めているシーンではないでしょうか。 無くなったドロップス缶に水を入れジュースのようにしていたシーン、真似した人は多いはず!(筆者は真似してしていました) 実はこのサクマ式ドロップスの商品商標で問題があり、放送禁止になったんだとか。 「火垂るの墓」は昭和20年頃を描いた作品で、当時 サクマ式ドロップスは存在しています。 そのため作品に登場してもなにもおかしくありません。 しかし商品商標というのがあるんですよね、そのためこうしたアニメに登場する場合は 名前を変えたりして登場させるのですが、「火垂るの墓」に登場するサクマ式ドロップスはそのままなんです。 描かれた果物の種類や配置、商品名のフォントまで全て一致しています。 このことで問題になって「火垂るの墓」が放送禁止になったのではという説があります。 「火垂るの墓」は2011年までは一年おきにテレビで放送されていました。 しかしだんだんと一年おきに放送されなくなってしまったのです。 商品商標が問題なんじゃ…と思われそうですが、恐らくそれはないと思います。 なぜならサクマ式ドロップスが 「火垂るの墓」の節子が描かれたパッケージを販売していたことがあったとか。 部屋にいつも置いてあるサクマドロップのタイアップ「火垂るの墓」缶。 親が店頭で気がついて「火垂るの墓のだよ」と買ってきてくれたのを思い出す。 その親ももうこの世に居ない。 — 裏庭映画保存会 uraniwamoviecom サクマ式ドロップスの知名度、人気は「火垂るの墓」で話題になり、更に有名になったのではという声も、それで放送禁止ということはないのではないでしょうか。 おそらく、子供が見てトラウマになるとかそういったクレームが入ったことにより 放送の頻度を減らしたということなのではないでしょうか。 放送禁止は恐らく、 ジブリによくある都市伝説ではないかと思います。 ポスターに隠された真実とは? 兄・清太と妹・節子が、飛び回る 蛍の中に居るポスターを見たことがありますか? 微笑ましいポスターのように見えますが、実はこのポスター蛍と思われる光を見てみると、 真ん丸の形の光と細長い光があるのが分かります。 実はこのポスター、上空を見ると大きな戦闘機があるんです。 この戦闘機は戦争時に日本に現れ爆弾を落としていった B29であると言われています。 火垂るの墓のポスターにB29が描かれてたんだね 知らなかった 焼夷弾だったんだね 知らなかった — yoshidakengoman yoshidakengoman ポスターの明度を上げるとよく分かるんだとか。 微笑ましいポスターかと思っていたのに、 このような真実が隠されていたのです。 「火垂るの墓(ほたるのはか)」ですが、ほたるの漢字は「蛍」と書くのが普通ですよね、しかし「火垂る」と表記している、これでポスターの意味は分かるのではないでしょうか。 関連記事 30代の子持ちの会社員です。 子供がいて記事を書く時間がなかったり、他のライターさんと協力して記事を書かせて頂いています。 ためになる情報も書いていきたいです! ドラマ記事がメインですが、まだ小さい子供もいるので、テレビ記事、子供番組なども書いていけたらと思っています! 一つのことに集中するのは苦手な方でいろいろかじってやっているのですが、みなさんが楽しんで読めたり、参考になれば嬉しいです。 間違った情報などあれば、教えていただければ幸いです。 コメントなどくださると嬉しいです!.

次の

『火垂るの墓』は清太の霊が“現代でも成仏できない理由”を探るミステリー作品だった。「清太が過去に囚われている理由を90分かけて説明している」

火垂る の 墓

作中で再三描写されている兄妹の貧しさ。 妹である節子が死んだのも、貧困からの栄養不足というのは実に妥当な考えに見えます。 ですが、本来なら栄養が必要なのは兄の方であり、先に死ぬのは妹ではなく兄のはず。 そこで、妹である節子が死んだ原因としてこんな都市伝説があります。 それは節子が死んだのは、工場の出荷によって有害物質が混じった雨を左目に受けてしまったのが原因というものです。 その証拠に節子は左目の痛みを訴えています。 つまり、節子の死は体内に有害物質を取り込んだことで免疫力が低下し、衰弱したからということなのです。 これが本当ならば、兄がいくら努力しようと節子の死を食い止めることが出来なかったということになります。 これは『火垂るの墓』ではなく、同じジブリ作品である『千と千尋の神隠し』が原因で産まれた都市伝説です。 それによれば、節子はずっと兄が死んだ駅にいるというもの。 その証拠に『千と千尋の神隠し』で千が電車に乗っていると、途中で通り過ぎる駅に節子そっくりの少女がいるのがわかります。 節子の兄、清太は妹の死後まもなく駅で野垂れ死ぬことになります。 そして『千と千尋の神隠し』は文明社会から遠く離れた神々の住まう世界です。 そこで映る駅に佇む節子そっくりの影。 これは節子は清太が来るのを駅でずっと待っているということです。 この映画は清太の霊が過去を振り返るという形で進む映画でもあり、節子は駅で清太が来るのを待っているという都市伝説は筋が通っています。 『火垂るの墓』で節子の声を演じたのは、当時5歳11ヶ月の白石綾乃でした。 無名の子役を声優に起用するというのは前例がなく、当時も関係者を驚かせたとのことですが、白石綾乃は見事に節子の声を演じきりました。 しかし『火垂るの墓』の名演でブレイクしたかと思いきや、その後の活動はドラマ『部長刑事』に1エピソードだけ出演したのみで、2015年現在では消息がわからないそうです。 最後に確認されたのは2009年10月、Fantastic Plastic Machineの田中知之のブログの写真です。 2012年にジブリのイベントをした際に、関係者が出演依頼しようとしたところ、消息がわからなかったとのことです。 どうやら現在は一般人として生活をしているようです。 節子が亡くなった後、しばらくして三宮の駅で清太も死を迎えます。 会話もほとんどなく、衰弱や栄養失調による死、という説が濃厚ですが、死因についてははっきりと言及されていません。 お金はあっても食料にありつけないような描写があり、節子が栄養失調で亡くなっているようにも見てとれることから、清太も同じく食料にありつけず、衰弱していったという説。 飢える状態に至るまでに、節子の死によって生きるための力が失われてしまい、うつ病のような状態になってしまった。 そのため厳しい食糧事情についていけず、自身の食料が確保出来なくなり、栄養失調のような状態になってしまったという説もあります。 いずれにしても、当時の食料事情が密接に関わっているということは確かなようです。

次の