あっさん乳がん。 DV、乳がん、夫の自殺、過酷な体験を持つ医療ソーシャルワーカー女性の「支える力」

麻木久仁子さんの乳がん闘病の経緯…現在は?

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毎回、同じような書きだしなので、さすがに「飽きちゃったよ~」という読者の方もいらっしゃるのでは?と思いつつ。 いや、そんなに読者の方がついているわけもないだろうと、セルフで高をくくっちゃっているこの連載。 書いていて悲しい…… ざっくりいうと、健康診断でA判定をもらっていた健康体の私が、突然の乳がん発症。 手術、放射線治療、抗がん剤治療、ホルモン療法と、いわゆる「標準治療」を走り抜けたものの、2年後に再発、手術。 オーマイガッ!! というような内容です。 ぜんぜん、「ざっくり」じゃなかったですか?ごめんなさい。 これまでのお話は~~。 日常生活化する病院通い まっ、こうして書いてしまえばほんの数行ですけども。 やっぱり、長いです。 治療生活。 ゆーて私だって、がんの治療にばっかりかかずらわってはいられないんですよ。 人間なんて、生活してなんぼですからね。 月に1~2回の通院と、3か月に1回程度のCTやMRIなどの検査はあるものの、それ以外は、子供の成績表とか銀行の通帳残高などで頭はいっぱい。 それらを見ては、ため息ついたり、泣いたりして、忙しいったらありゃしない。 合間に、「そういや私、がんだったわ」と思い出すような日々でした。 私の最初の乳がんの発症は2013年。 標準治療でフルボッコにしたはずのがんが、予想外の能力の高さを見せて、肺に転移したのが2015年。 この頃には、病院通いも、すっかり私の「日常生活」の一部と化していました。 そうして、2017年の春。 いつものように診察室で向かい合った主治医が、PCで画像を見ながら「う~ん。 縦隔がちょっとはれているんだよね~」と一言。 じゅ、じゅうかく???? ここで皆さんにお聞きしたいんですけども。 「じゅうかく」と耳で聞いて、頭の中で「縦隔」と変換できる人、どれくらいいます?ちなみに、というか、もちろん、私はできませんでした。 「まっ、なんともないかもしれないし、ちょっと様子を見ましょうか」 診察室を出て、さっそく手元のスマホで「じゅうかく」をググりました。 あっ、「縦隔」か。 なるほど。 ……つか、縦隔ってなに? 素人考えとしては、これが横の隔だと横隔膜で、しゃっくりを起こすところなんだから、横に寝ちゃってる横隔膜を縦に直した感じが縦隔?いやでも、それ、結局なに?しゃっくりと関係ある? 「縦隔とは、胸部の左右肺と胸椎、胸骨に囲まれた部分を指します。 上部は頚部、下部は横隔膜までです。 中略 縦隔には心臓、大血管、気管、食道など重要な臓器や器官が存在します。 」 日本胸部外科学会のHPより ふむふむ。 なるほど。 要するに、「胸の部分」ってことですねっ!! いや、ざっくり。 で、胸の部分がはれてるって、どういう事? サンドイッチマン富澤の口調で ちょっと何言ってるかわかんないんですけど。 わからない事はすぐに忘れてしまうのが私の悪いクセなので、このときも「まあ、いいや」と、あっという間に忘れてしまったのでした。

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太田裕美の乳がんはなおる?ステージ程度や進行具合は?自覚症状はあったのか|MedianCafe

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岡江久美子さん、新型コロナウイルスに感染!いつから?感染経路なども調査! 2020年4月23日午前5時20分、岡江久美子さんが新型コロナウイルスによる肺炎でお亡くなりになられたとことが報道されました。 志村けんさんも2020年3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎でお亡くなりになられましたが、芸能界で人気が高かった2人がお亡くなりになられ、新型コロナウイルスの猛威を感じるとともに悲しくて悔しいです。 ご冥福をお祈りいたします。 岡江久美子さんといえば、1996年から2014年にTBS系の「はなまるマーケット」の司会を務めていたことは有名ですよね。 最近はテレビにあまり出演されていなかったようですが、記憶に新しいのは2019年の日本テレビ系「家売るオンナの逆襲」でドラマ出演されていました。 新型コロナウイルスの感染の経緯はこのように発表されています。 関係者によると、今月3日発熱し、医者からは4~5日様子をみるように言われていたが、6日に容体が急変したという。 そのため、都内の病院に救急搬送されて入院した、すぐにICUで治療を受け、人工呼吸器を装着。 PCR検査を受け、新型コロナウイルスの感染が確認された。 引用元: 新型コロナウイルスに感染していたことも報道されていませんでしたが、乳がんになっていたこともこの報道で初めて知り、わたし自身驚きを隠せません。 岡江久美子さんは4月3日に発熱し、4月6日に容体が急変したと報道にありますが、 新型コロナウイルスは、最初は普通の風邪症状でも急に悪化し死に至るということがあるとよく報道で耳にします。 岡江久美子さんの場合、3日間は軽症で、4日目に急に重症化したと考えられます。 スポンサーリンク 厚生労働省のホームページにもこのように記載があります。 重症化する患者さんも、最初は普通の風邪症状(微熱、咽頭痛、咳など)から始まっており、その段階では重症化するかどうかの区別がつきにくいです。 重症化する患者さんは、普通の風邪症状が出てから約5~7日程度で、症状が急速に悪化し、肺炎に至っています。 引用元: また感染経路や濃厚接触者を調べてみましたが、残念ながらわかりませんでした。 しかし、テレビでの目立った活動も見られていないし、2019年末には乳がんの手術を受け、今年に入って放射線治療もされていたこともあり、多くの人と関わったりはしていないと思われます。 それでも新型コロナウイルスにかかってしまうということは、日本では至るところに新型コロナウイルスが潜んでいるということだと思います。 スポンサーリンク 岡江久美子は基礎疾患や持病があった? 岡江久美子さんは乳がんを患っていたそうです。 所属事務所によると、岡江さんは、19年末に初期の乳がんの手術を受けていたという。 今年1月末から2月半ばまで放射線治療を行い、免疫力が低下していたことが重症化した原因ではないか、と指摘した。 引用元: 乳がんといえば、女性の癌罹患率ナンバーワンで 50年前は50人に1人と言われていたものの、現在は14人に1人もいると言われ、発症数が増加傾向にあり、年間に6万人以上発症しているそうです。 芸能界でも乳がんを公表された方がたくさんいらっしゃいます。 さくらももこさん、生稲晃子さん、北斗晶さん、南果歩さん、小林麻央さんなどテレビで活躍している有名人が乳がんを公表されて、国民の乳がん検診への意識も高まっていると思いますが、岡江久美子さんも乳がんで闘病されていたようです。 自己申告しなければ闘病中に見えない人も多いけど、高齢者と同じくらいコロナには高リスクなんです — MNabeeee MNabeeee 岡江久美子さんの死に驚きの声があがるとともに、癌治療の親戚がいらっしゃる方の身を案じる声があがっています。 スポンサーリンク 放射線治療の副作用としてはこのようなものがあります。 放射線治療中または終了直後(急性期)に起こる可能性のある副作用として、全身的なものでは、疲労感やだるさ、食欲不振、貧血などのほか、感染や出血しやすくなるなどがあります。 局所的なものでは、照射された部位の皮膚の変化のほか、部位によってさまざまな副作用が起こる可能性があります。 原因:血液細胞は骨髄でつくられます。 骨髄がたくさんある骨盤、胸骨、椎体(ついたい)など広範囲に放射線が照射されると、骨髄で血液細胞をつくる能力が低下して(骨髄抑制)、白血球、赤血球、血小板が減ってくることがあります。 引用元: この副作用は乳がんの患者さんだけではなく、他の癌患者さんにも言えることだと思います。 がんは2人に1人は患うと言われており、癌治療をされている方も多くいらっしゃると思います。 新型コロナウイルスの恐ろしいところは無症状の方もいるということです。 自らが新型コロナウイルスに感染しているのか気づかないままに、人に感染させている可能性もあります。 自分の周りには免疫力が下がってる人がたくさんいると思い、外出は自粛した生活を心がけるようにしたいです。 スポンサーリンク 岡江久美子さん、コロナで死去に対する世間の反応は? 追悼 志村けんさん 岡江久美子さん 『はなまるマーケット』 「はるまるカフェ」 はなまるゲスト:志村けん 司会:岡江久美子、薬丸裕英 ほか — 新ヒロミ・ファンファニー hiromifanfanny2 Twitterには、『はなまるマーケット』にゲストで志村けんさんが出演したときの動画があがっています。 もうこの2人に会えないと思うと本当に寂しいですね。 会えないままお別れなんて悲しすぎますね。 「発熱しても4〜5日様子を見る」というルールは、もう明確に取り消すべき。 新型コロナウイルスは急変することもあるため、様子を見ている間に重症化するケースも増えているように感じます。 PCR検査を増やすことができる体制が整うことを望みます。 スポンサーリンク 岡江久美子さんコロナはいつから?どこで感染?基礎疾患や持病があった?まとめ 2020年4月23日午前5時20分に岡江久美子さんが63歳でお亡くなりになられました。 2020年4月3日に発熱をし、様子見をしていたが4月6日に容態が急変し、すぐにICUで治療を受け、人工呼吸器を装着しました。 その後のPCR検査で新型コロナウイルス陽性が判明したそうです。 岡江久美子さんは、2019年末に初期の乳癌の手術を行い、2020年1月末から2月半ばまで放射線治療を行なっていました。 放射線治療による免疫力の低下で新型コロナウイルスの重症化したのではと指摘されています。 岡江久美子さんが亡くなったニュースに驚きと悲しみが隠せません。 ご冥福をお祈りいたします。

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麻木久仁子さんの乳がん闘病の経緯…現在は?

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働き女子の30代といえば、20代で種まきをしてコツコツやってきたことがやっと実を結び花が開く時期。 そんな「仕事も人生もこれから」という時期にがんを発症したら……。 「仕事はどうなるの?」「生活はどう変わるの?」といった疑問が一気に湧いてくるのではないでしょうか。 今日はがんじゃないかもしれない。 でも、明日がんになったら——。 去年の6月に乳がんで亡くなった小林麻央さんの追悼番組を見ながら何気なく胸を触ったところ、しこりに気づき乳がんが発覚したという装花デザイナーの関尚美さん(34)。 乳がんになったとわかってはじめに思ったのは「自分が死んでしまうということよりも、日常生活を送れなくなってしまうかもしれない」ことだったと言います。 は乳がん発覚と手術について話を聞きました。 今回は、手術をして変わったことや仕事について聞きます。 装花デザイナーの関尚美さん がん治療と同時並行で卵子凍結 ——乳房はすべて摘出したんですか? 関尚美(以下、関):部分摘出です。 あと、妊娠できなくなる可能性が高いから、採卵して凍結するという不妊治療も同時進行でやる必要があって、手術前はやることがたくさんあってバタバタでした。 セカンドオピニオンの相談先を探したり、仕事の調整もしたり、家族にいつ話すかを考えたりと忙しかったです。 ——卵子凍結も試みたんですね。 関:はい。 私の場合、ホルモン由来のガンだったので、ホルモン誘発剤が打てなかったんです。 普通はホルモン誘発剤を打って、7~10個とれるところを、私は自然採卵で1個しかとれない。 通院も大変で、体にも心にも負担は大きい。 それを分かっていながら、ほぼゼロに近い確率の卵子をとるのに、50万近くかけるのはどうなのかなと悩んだのですが、やらないよりはやったほうがよいかなと主人と2人で話し合い、一応とって凍結のための治療をしました。 ——がん治療と同時に卵子凍結というのはすごく負担が大きいのではないかと思うのですが……。 関:私はがん治療よりも卵子凍結のほうが辛かったです。 がん治療は生きるためなのでがんばれるけれど、子どもについてはまだ決意ができてない中で、リミットは迫るし、無麻酔で卵巣に針を刺すというのが精神的にも辛かった。 結局、私は、主治医から抗がん剤治療のスタートをこれ以上待てないと言われて1回しかできなかったですが、手術の傷もあって移動自体も辛い中、何度も不妊治療に行かなきゃいけなかったことが辛かったですね。 採卵には成功したけれど、その後育たなかったので凍結には至りませんでした。 採卵した卵を映像で見たときは思わず「かわいい!」と思いました。 その感情は知りたくなかったのかもな、と思っています。 がんにかかわらず不妊治療は非常にデリケートで、心の負担は大きかった。 母になろうと決めた女性は強いなと思いました。 ——卵子凍結は手術後? 関:8月の後半に退院して、一週間くらい動けなくて、そこから病院に通い始めて9月末に摂りました。 その後、抗がん剤治療をスタートしたのが10月中旬ですね。 ——抗がん剤治療の副作用はどうでしたか? 関:抗がん剤の吐き気止めも進化しているらしくて、イメージしていたよりも大丈夫でした。 医学は日々進歩しているんだなと思いました。 抗がん剤のイメージも実際とは全然違うし、そんなに怖がる必要性もないし、1日生き延びれば、1日分がんの研究が進むわけですよね。 とはいえ、私の場合、抗がん剤の気持ち悪さを抑える薬の副作用で頭痛がひどかったんです。 それと、まったく動けなくなる。 正直、呼吸するだけでも辛い日もある。 抗ガン剤投与後、そのまま会社に行ける人もいるらしいので、人それぞれですよね。 関:抗がん剤の1回目は、薬の副作用でクローゼットにパジャマを取りに行くこともできなかった。 数日後に同じことをやったら5分で終わって「これが病気ということか」と思いました。 また、仕事で送らなきゃいけないものを送るときに住所を書いて一筆添える必要もあったんですが、その作業に3時間もかかって「事務作業もできないなら、制作の仕事なんてもうできないかもしれない」と絶望的な気持ちになったんですが、2回目の抗がん剤のときは「1回目のときに何もできなかったから、2回目は何もしないでおこう」と決めたら気持ちがすごく楽になった。 できないことは他人に任せる ——「何もしない」と決めたんですね。 関:要は気持ちの切り替えかなと。 最近は有機野菜やオーガニックに夫婦でハマって「お野菜だけなのにこんなに美味しい!」と楽しんで買い物やお料理をしていますね。 ——夫は病気をする前と変わらないですか? 関:変わらないですね。 少しは変わってくれよ、と思うんですけれど(笑) ——家事はもともとどちらがやっていたんですか? 関:もともと私しか家事ができなくて、夫は食器を洗うくらいはできるようになったんですが。 なので、短時間で家事代行サービスを利用しています。 ——いいですね! 関:お風呂のカビ取りをやってもらったり、布団を干してもらったり、飲み会に行くよりも安い値段でやってもらえます。 ——病気をしている、していないにかかわらず、みなさん何もかも「自分でやらなきゃ!」と思っている人も多いのかなと思うんですが、他人に任せるってすごく大事だなと思います。 関:親にお願いするのも考えたんですが、いろいろ気を遣ってしまうので……。 サッシを拭いてもらったり、自分では手が回らないところをやってもらったりしていますね。 作ることを続けていきたい 関さんが一番気に入っているという作品「偶然と必然」。 長野の山で見た、つくしが枯葉を突き破りながら成長する様にインスピレーションを得た作品。 「自然が生み出す美しさには敵わないと落胆をしながらも、溢れる生命力を表現したく、制作をした」そう。 ——闘病生活はいかがですか? 関:抗がん剤治療を始めてみたら、思ってたよりめっちゃ忙しくて思ってた闘病生活と違うなーと思いました(笑)。 3週間に一度の投与の繰り返しで、10日間は動けないから完全に休むんですが、逆に10日間は動けるのですごく忙しい。 動ける時間が限られているので、「この10日間でどう終わらせるか」みたいな感じになってくるんです。 薬の副作用でしんどいときや気分が落ち込むときは動けないけれど「それは私じゃない」「私のせいじゃない」と思いながら過ごしています。 ただ、今のところは大丈夫だけど、ホルモン剤治療をやっていくうちに更年期障害の症状が出るらしく、自分がどう変化するのか、しないのかはわからない。 なので、今のうちからまわりの人に「私の様子がおかしかったら教えてね!」と言っています。 ——今は装花デザイナーとしてフリーで活動をしているんですよね? 関:はい。 あと自宅ネイルサロンと主人のデザイン事務所のアシスタントをしています。 ——病気になって仕事はどのように進めているんですか? 関:フリーなので、自分のペースでやってはいるんですが、仕事のオファーをいただいてもお断りせざるを得ないときもあります。 仕方がないと思う反面、元気だったらやれたのに! 悔しい! という思いも強い。 3年ほど前に装花デザインの仕事に再び熱を注ぎ始め、ブランクを取り戻し始めてきた矢先だったので、病気で半年間行動できなくなるのは悔しくて悔しくてしょうがないです。

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