辻 菜摘 現在。 辻菜摘 ブログ, 小川菜摘さんのブログです。最近の記事は「おはようございます (画像あり)」です。小川菜摘オフィシャルブログ「小川菜摘のlove blog~!!」powered by ameba 小川菜摘オフィシャルブログ「幸せだから笑うんじゃなく、笑う

佐世保事件の概要!その後は?辻菜摘が現在結婚しているって本当?

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佐世保事件は、2004年6月1日、長崎県佐世保市の佐世保市立大久保小学校で、当時小6だった辻菜摘さんが同級生御手洗怜美さんをカッターナイフで切りつけ殺害した事件です。 小6の可愛い女児が同級生を殺害したという衝撃的な内容と、事件現場となったのが小学校の教室、しかも犯行時間が昼間、給食の時間だったという事で世間から大きな注目を集めました。 一日午後零時二十分ごろ、長崎県佐世保市東大久保町の市立大久保小学校(出崎睿子(えいこ)校長、児童数百八十七人)で、六年生の御手洗怜美(さとみ)さん(12)が同級生の女児(11)からカッターナイフで首などを切られ、出血多量で間もなく死亡した。 (引用:西日本新聞) 辻菜摘はネバダたんがかわいいと話題に 事件当日、午前中の授業が終わった後、給食の時間の少し前に、辻菜摘さんは被害者御手洗玲美さんを学習ルームに呼び出しています。 この段階で辻菜摘さんが御手洗さんを殺害する目的で呼び出したのかは不明ですが、その後の行動は強い殺意を感じさせるものとなっています。 その後の辻さんの行動は小6女児の行動とはとても思えないあまりにも衝撃的なものでした。 後日の証言では「殺すつもりだった」との言葉も出ているようです。 関係者によると事件の10日ほど前、女児が髪を切っており、髪形などについて、インターネットの掲示板に書き込みがあったという。 県警の調べに女児は「仲良しだったけど、インターネットの掲示板に(怜美さんに)嫌なことを何度か書き込まれ、腹が立った。 殺すつもりだった」と供述。 (引用:毎日新聞) 辻菜摘は御手洗怜美を座らせ、首をカッターナイフで掻き切った 辻菜摘さんは教室のカーテンを閉めると、御手洗さんを床か椅子に座らせ、背後から手で御手洗さんの目を隠し、首をカッターナイフで切りつけ、御手洗さんは抵抗して左手にも傷を負ったとされています。 この時辻さんは御手洗さんを床に座らせたという説と椅子に座らせたという説が両方あり真相は不明です。 目撃者はおらず、現場で何が起こったのかは辻さん自身の供述によっており、真実は推察するしかありません。 学習ルームに入るとカーテンを閉め、怜美さんにいすに座るよう指示。 その後は会話を交わすことなく背後に回り、左手で怜美さんの目を覆いながら、右手に持ったカッターナイフで首に切りつけた。 驚いて抵抗した怜美さんは左手の甲など数カ所にも傷を負った。 (引用:長崎新聞) 辻菜摘は御手洗怜美を15分凝視し、死亡を確認 その後、辻菜摘さんの事情徴収での供述によると、首に深い傷を負って、血を噴き出して倒れぐったりとなった御手洗さんを15分間見つめて足で蹴って揺すったりし、動かなくなった事を確認したとの事です。 事情聴取に対して加害女児は、首に深い傷を負いぐったりした怜美さんの体を揺するなどして「動かなくなったことを確認した」と話している。 (引用:長崎新聞) そのまま御手洗さんの返り血を浴びて血だらけの状態で教室へ戻り、その姿に驚く担任教師に「私の血じゃない。 私じゃない!」と言いながら現場となった学習ルームを指差したそうです。 現場を確認し騒然とする教師達に辻さんは「救急車を呼んで。 B子が死んじゃう」「私、どうなっちゃうの」との言葉も発していたとの証言もあります。 救急隊員が到着するも、教師は状況を説明できず.

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佐世保事件の概要!犯人・辻菜摘のその後と現在は?

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事件の経緯は2004年6月1日、長崎県佐世保市の大久保小学校内で当時小6女児の加害者本名辻菜摘が被害者御手洗怜美さんを学習ルーム・とでカーテンで塞ぎ、目を手で押さえながら後ろからナイフで首筋を切り付け殺害した事件で死因は傷口10センチに及ぶ出血多量によるショック死で、小学生が学校で殺人事件!ということで全国に衝撃と戦慄が走りました。 最大の関心事は殺害の動機です。 同じクラスで仲良しでお互い日常で起こった出来事などネットに書き込んでいたのだが、被害者御手洗怜美さんが辻菜摘の悪口を書き込んだため辻菜摘が殺意を抱き殺害を実行してしまったことです。 しかも15分死ぬのを確認するまでその場所にいたそうです。 よく考えてください、確かに自分の悪口をネットで書き込まれたら頭に来ることはわかりますが、それだけで小学生が人ひとり殺害するでしょうか?自分自身考えればわかるはずです。 何らかの強い殺意を長い期間抱いていなければ悪口だけで人を殺すようなことをするとは思いませんよね?それも小学生がです。 そこに加害者、辻菜摘の闇を見ることができます。 辻菜摘は大久保小学校から少し離れた山の中腹の集落に父、母、姉 高校生)、祖母の5人で暮らしていた。 父親は生命保険の社員だったが、9年前に脳梗塞で倒れてしばらく寝たきりの状態が続いた。 現在はリハビリでかなり回復しているが、その間の生計は母親がパートで支えていた。 生活は来るしかったが、家庭的に問題があるわけでもなく、辻菜摘は学校の成績がよく、美人で物事をはっきり言う性格であったようです。 辻菜摘は小学5年の時、地域のミニバスケットボール部に入部しかなり熱中していたが、成績がだんだん下がりその理由が身にバスケットボールであると考えた父親は強制的に辞めさせてしまう。 このことは辻菜摘にとっては大ショックであったようです。 ミニバスケットボール部を辞めた時、少し太ったことを御手洗怜美さんに「重い」とからかわれ怒ったこともそんな事情からだった。 この映画はR15指定で辻菜摘は姉のレンタルカードで何回も見たと言います。 御手洗怜美さんを殺害した後、辻菜摘のランドセルの中から小説を書いたノートが見つかり、島の地図が描かれて中学生の男女38人 辻菜摘のクラスと同数)が登場する。 小説の中で一人ひとりの生徒が武器を持ち殺し合うサバイバル合戦が描かれていて、フィクションであったが、御手洗怜美さんと同じ苗字の女子生徒が惨殺されている。 映画のシーンになぞられて惨殺シーンが描かれているが、あくまで映画のパクリ話であった。 5月下旬頃、遊びで被害女児が加害女児をおんぶしたとき、加害女児に「重い」と言い、加害女児は腹を立て「失礼しちゃうわ」と言った。 その後、被害女児は自分のウェブサイトに「言い方がぶりっ子だ」と書いた。 それを見た加害女児は何らかの方法で入手した被害女児のパスワードを使ってその記述を削除した。 しかしその後再び同様の書き込みをされ、加害女児は被害女児に殺意を抱いた。 被害女児は自分の掲示板が不正に書き換えられたことについて「荒らしにアッタンダ。 マァ大体ダレがやってるかワかるケド」と書いた。 それを受けて加害女児は被害女児のネット上のアバターを消去した。 当時11歳であった加害女児は、姉のレンタルカードを使ってR15指定の映画バトルロワイアルをレンタルショップから借り、何度も不正に視聴していた。 加害女児はこの映画に似せた小説を書いていた。 6年生のクラスと同じ人数の38人が殺し合いをするストーリーで、被害女児と同姓の登場人物も描かれており、物語の中で殺害されている。 加害女児は事件直前の授業で「お前を殺しても殺したりない」などと作文に書いていた。 加害女児はハングルの入ったイラストを描いていた。 当時の韓流ブームの影響と見られる。 認知面・情緒面にへだたりがあり不快感情、特に怒りについては回避するか、相手を攻撃するかという両極端な対処しかできないといった人格的特性を持つとともに,傾倒していたホラー小説の影響により攻撃的な自我を肥大させていた。 中略 コミュニケーションが不器用な少女にとって交際ノートやインターネットが唯一安心して自己表現し存在感を確認できる「居場所」になっていた。 被害者は女児がオリジナリティーやルールに対する強いこだわりから、女児の表現を無断使用するなど注意してくることに息苦しさや反発を覚え,女児に対する反論を交換日記に記しホームページに 中略 否定的な感情を素直に表現したと見られる。 中略 女児はこれを「居場所」への侵入と考え怒りを覚え 中略 被害者による侵入が重なったと感じて怒りを募らせて攻撃性を高め 中略 計画的に本件殺害行為に及んだ。 引用元: 辻菜摘は精神鑑定の結果、人間関係を築く能力などに遅れがある広汎性発達障害の可能性が指摘されたが、診断基準を満たすまでの顕著な症状がなく、特定の精神疾患などの確定診断には至らなかったことが分かった。 9月15日、長崎家裁佐世保支部は「審判決定要旨」を発表。 「コミュニケーション能力の低さや共感性の乏しさ」を指摘し、2年間の児童自立支援施設への送致を決定した。 児童自立支援施設・・・法務省管轄で矯正教育が目的の少年院とは違い、児童福祉法上の支援をするために各都道府県に設置が義務付けられている厚生労働省管轄の福祉施設。 不良行為をしたり、家庭環境などに問題がある少年を入所させる。 また、少年を保護者のもとから通わせて、職員が生活を共にし、生活・学習の指導などを行うケースもある。 国立、民間も含め全国に58施設 各都道府県に最低一ヶ所設置されている ある。 長崎市で中1男児 当時12歳 が幼稚園児 4歳 を誘拐したあと、駐車場の屋上から突き落として死亡させた事件<2003年 平成15年 7月1日>の加害男児には、2003年 平成15年 9月29日、長崎家裁が1年間を限度とする児童自立支援施設への強制的措置が決定している アスペルガー症候群には三つの特徴がありそれぞれの特徴を辻菜摘の行動と照らし合わせて見ていきましょう。 コミュニケーションの障害 会話能力は表面上は問題なくできるのですが、その会話の裏側や行間を読むことが苦手です。 明確な言葉がないと言葉をそのままの意味で鵜呑みにしてしまう傾向があるため、人の言葉を勘違いしやすく、傷つきやすい面があります。 アイコンタクトや顔の表情を読み取るのは苦手。 などが挙げられます。 対人関係の障害 場の空気を読むことに困難さがあり、相手の気持ちを理解したりそれに寄り添った言動が苦手な傾向にあります。 そのため、社会的なルールやその場の雰囲気を平気で無視をしたような言動になりがちで、対人関係を上手に築くことが難しいです。 などが挙げられます。 限定された物事へのこだわり・興味 いったん興味を持つと過剰といえるほど熱中します。 法則性や規則性のあるものを好み、異常なほどのこだわりを見せることがあります。 その法則や規則が崩れることを極端に嫌う傾向があります。 一方、この特性は逆に強みとして活かすこともできます。 無理に変更すると混乱してしまうこともある。 などが挙げられます。 佐世保事件の辻菜摘の言動や行動は正にアスペルガー症候群に当てはまると思います。 まず、小学校は出席停止になったものの大久保小学校を卒業したみたいで、卒業証書も施設でもらいました。 事件後は栃木県さくら市の児童自立支援施設に収監され、そこに併設されている公立中学校の分教室に3年間通学して高校に進学しました。 通信制か定時制高校みたいです。 卒業後は進学はせずに就職したみたいで法務省関係者と養子縁組をして名字を変えて生活しているみたいです。 名前は変えたかどうか分かりません。 事件前、長崎県佐世保市でお姉さん、父親、母親と暮らしていましたが、事件後は母と姉が家を出て栃木県に引っ越したみたいです。 父はしばらくはそこに住んでいたみたいでなかなかメンタルが強い人だと思いました。 姉は佐世保市内の高校に通っていましたが中退し高卒認定試験を受験し大学か専門学校に進学しました。 ちなみに加害女児が施設にいたのは小6の10月から高1の9月くらいまでで、たったの4年間だそうです。 事件は小6の6月でしたが10月までは長崎県内で一時保護をされていたので正式に施設には入所していませんでした。 4年で施設を出たことになります。 ちょっと早いのではないか?との見方も出来るが・・・。 一般には佐世保小学生殺人事件となっているが、通称として、ネバダ事件と呼ばれています。 加害者、辻菜摘がクラスのみんなと撮った写真がネットに流出して洋服の中央にNEVADAと書かれた服を着て写真に写っていたことと、写真の顔がかわいいとネットで話題になったことから、NEVADA事件と呼ばれるようになりました。 これも時代の流れでネットというメディアは広告などビジネスの世界ならば、有用なものであるが、個人情報など一気に世間にさらされる危険があります。 またネットの住人は無責任で思ったことを匿名で書き込みその連鎖で広がっていくというネット社会の怖さもあってか、かわいいという事件の本筋に関係のない事項が話題になり、事件が呼ばれる社会も現代風と言われればそうなのかもしれません。 本名辻菜摘は栃木県氏家町 現・さくら市 にある「国立きぬ川学院」の特別室に収容されることになった。 きぬ川学院は全国に58ある児童自立支援施設の中でも、女子専用としては唯一、 強制的に行動の自由を制限できる施設である。 定員100名で、集団生活をする寮以外に、外からカギがかかる個室があるのが特徴。 精神科医や専門員が常駐しており、個別指導を通して、人間関係や社会性を身につけるよう支援する。 2006年 平成18年 6月30日、佐世保児童相談所は辻菜摘について長崎家裁佐世保支部に対し、 2006年 平成18年 9月15日から2年の間に通算で最長90日間、行動の自由を制限できる強制措置の延長を申請した辻菜摘は既に個別処遇から集団生活に移行。 院内にある公立中の分校に通い、日常生活や行事を通じて対人関係を築く訓練を積み、定期的に専門家のカウンセリングを受けていた。 9月7日、長崎家裁佐世保支部(森大輔裁判官)は児童自立支援施設に入所している辻について少年審判を開き 、施設内での行動を制限できる強制的措置の延長を決定した。 9月15日以降の2年間で通算50日間、 強制的措置を取ることが出来るとしており、同措置が異例の長期に及ぶことになった。 2008年 平成20年 5月28日、県佐世保こども・女性・障害者支援センター 児童相談所 が、児童自立支援施設「国立きぬ川学院」に入所する辻菜摘 当時15歳 について「強制措置」の処遇を延長しない方針を固めたことが分かった。 辻菜摘の更生状況や心身の成長から、行動の自由を制限できる措置は不要と判断したとみられる。 強制措置が解除されても同学院に残れるが、別の施設に移るなどの処遇も可能になる。 関係者によると、辻菜摘は施設で暴れたり自傷行為をすることもなく、鍵のかかる個室に入れるなどの強制措置はほとんどなかったとみられる。 辻菜摘はスタッフや同年代の少女と集団生活を送り、人間関係を築く取り組みをしていた。 精神科医などから定期的にカウンセリングも受け、その後同年春、学院内の中学を卒業した。 佐世保事件から13年が過ぎました。 もう世間からは忘れられている事件ですが、加害者、その後の家族、被害者の家族、事件に関係した人々は一生この事件を背負って生きていると思います。 気がかりなことは辻菜摘が人を殺害した怖さ、悲しさ、虚しさ、後悔の念その他の感情で何処まで理解し、自分に向き合って生きているかです。 被害者の家族に対して、謝罪が今までないと言うのも気になります。 本当に人を一人しかも同級生の仲良しの親友を残虐な殺害方法で実行したことに対する懺悔の念は今持っているのでしょうか?もし結婚して子供を育てているのなら自分の子供に対してどういう躾をしているのでしょうか?では事件が社会に与えた影響は?刑事責任のない14歳未満の犯罪に対して責任はだれが負うのか?事件の再発防止の手段は?様々な課題がこの事件によって議論され対策がなされてこの事件が教訓となっていると思いますか?もう二度とこの様な切なすぎる事件が起こらないことを祈ります。

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佐世保・小6女児同級生殺害事件 佐世保・小6同級生殺害あす10年 学校の悲劇繰り返さぬ 遺族「更生」分からず苦悩 子どもの変化に目を凝らす 長崎県佐世保市の小学校で2004年、6年生の女児が同級生の女児に殺害された事件は、6月1日で発生から10年を迎える。 加害女性は21歳。 児童自立支援施設を出て社会復帰したとみられる。 だが、亡くなった御手洗怜美さん=当時(12)=の家族に「更生」に関する情報はほとんど伝わらず、心のしこりが消えない。 事件当時、加害女性は11歳。 刑事責任を問えない触法少年だった。 怜美さんの父恭二さん(55)は児童自立支援施設を所管する厚生労働省に、女性の処遇プログラムの説明や、女性に接する職員への面談を求めたが「更生を阻害する恐れがある」と拒まれた。 わずかな接点だった佐世保市の児童相談所からの近況報告も、女性の成人後に途絶えた。 施設でどのように過ごし、更生したのかを知るすべはなくなった。 50 ID:Igid94zh0. net 詳しいコメントみつけた。 加害者は在日少女の上に、発達障害児。 数々のDQN行為に、他の生徒や父兄は 「あの子とは関わるな」 だったのに、 被害者の父親は毎日新聞記者だったもんだから、お花畑全開で 「差別いくない。 お前は加害者と仲良くしてやれ」 と、被害者に加害者と積極的に関わるよう指示。 クラスでは、加害者とマトモに付き合ってくれる唯一の存在に。 が、加害者は感謝するどころか、被害者を精神的サンドバックやはけ口に。 被害者が父親に、もう関わりたくないと訴えても 「差別いくない」 と、お花畑。 しまいには、被害者に 「今日はちゃんと加害者と仲良くしたか?」 と、プレッシャー。 加害者は、感謝するどころか被害妄想をつのらせて、あの事件。 被害者も、父親がお花畑なマスコミ人でなければ、死なずに済んだのに。 しかも、この父親。 娘が亡くなってもまだ 「加害者の立ち直りを~未来を~差別いくない」 と、相変わらずお花畑発言してるし。 犯人在日じゃないだろ 何でもかんでも結びつけるのはどうかと思う 住所氏名写真まで詳細を書いたサイトみたけどみんな仲良かったらしいが 交換日記で加害者が「NEXT」と英語使ったらみんなが真似てきたので 加害者が「パクらないで!」と激怒したのを被害者が「パクじゃないでしょ、英語なんだからみんなで使っていいはず」と注意したところから些細なすれ違いが生じてったらしい 本当にどこにでもあるケンカだったはずだけど 加害者の家が山奥で1時間かけて登校してたのもあって気軽に遊べず孤独を募らせてた ってこととバトルロワイヤルとパソコンを与えられてたことで色々悪い方向に転がっちゃったっぽい 被害者遺族はいっそ犯人が異常者なら事件と向き合いやすかったかもしれないけど そんな些細なすれ違いが理由のどこにでもありうる事件だったから なんでうちの家族が…ってなってしまったんだろう.

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