散切り 頭 を 叩い て みれ ば 文明 開化 の 音 が する。 『散切り頭を叩いて見れば文明開化の音がする』って、どんな意...

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散切り 頭 を 叩い て みれ ば 文明 開化 の 音 が する

原田 伊織• 三流の維新 一流の江戸 ベストセラー『明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』『大西郷という虚像』の異色作家が放つ新境地!文明を動かす3要因は「人口」「資源」「技術」だが、最も強い影響力があるのが人口!「人口と経済」で読み解く江戸250年~明治維新の誰も教えてくれなかった真実!いま、なぜ世界は江戸に向かうのか?人類史に例を見ない250年にも及ぶ長期平和を維持した江戸。 その裏には「江戸システム」という持続可能な資源循環システムが息づいていた。 一元主義的な西欧資本主義が破綻しつつあるいま、世界が江戸の多様性に注目。 「2020年東京オリンピック以降のグランドデザインは江戸にある」と断言する著者が、一本の長い時間軸を引いて史実を忠実に検証。 明治維新政府に全否定され、土深く埋まったままの江戸を掘りおこし、引き継ぐべきDNAを時代の空気と共に初解明する。 原田伊織(Iori Harada) 作家。 クリエイティブ・プロデューサー。 JADMA 日本通信販売協会 設立に参加したマーケティングの専門家でもある。 株式会社Jプロジェクト代表取締役。 1946 昭和21 年、京都生まれ。 近江・浅井領内佐和山城下で幼少期を過ごし、彦根藩藩校弘道館の流れをくむ高校を経て大阪外国語大学卒。 主な著書に『明治維新という過ち〈改訂増補版〉』『官賊と幕臣たち』『原田伊織の晴耕雨読な日々』『夏が逝く瞬間〈新装版〉』 以上、毎日ワンズ 、『大西郷という虚像』 悟空出版 など 明治新政府が主導した日本的なるものの否定は、廃仏毀釈だけではなかった。 平成生まれ以外の読者なら、誰でも「文明開化」という言葉を知っているだろう。 明治八(1875)年、福澤諭吉が『文明論之概略』に於いて、シヴィライゼーション(Civilization)の訳語として使ったのが始まりであるとするのが定説となっている。 一般には、文明開化といえば次の俗謡を思い起こす人が多いのではないだろうか。 「ちょんまげ頭を叩いてみれば、因循姑息(いんじゅんこそく)の音がする」 「総髪頭を叩いてみれば、王政復古の音がする」 「散切(ざんぎり)頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」 要するに、当時の流行(はやり)歌である。 こういう俗謡が流行るほど、新政府は人びとの髪、即ち、ヘアスタイルに至るまで西欧化を強制したのだ。 太政官布告を発令し、法律を定めているから、これは「強制」といっていい。 西洋のものなら何でもいいという価値観による風俗統制を行ったのである。 こういう点からも、明治新政府による「近代化」とは「西欧化」に他ならなかったことが分かる。 新政府は、「違式かい違(いしきかいい)条例」という法律を施行し、これによって風俗統制を行ったのである。 この法律は、現代の軽犯罪法に当たるともいわれるが、それがどういうものであったかは、直接その条例の条項をみた方が分かり易い。 次回、その事例を紹介しよう。

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和洋折衷がお洒落の基本 明治時代の服装とは?

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明治前期における西洋文明の摂取による近代化の現象をいう。 「文明開化」の字義は、学問が進みの中が開けることであり、また「近代化」と同義に使われることもあるが、普通には明治前期の歴史的現象をさすことばとして使われ、明治10年(1877)ころまで(自由民権期と対比して)または明治前半期(明治20年代のナショナリズムと対比して)をさして「文明開化期」と称したりする。 明治前期においては、「チョンマゲ頭を叩 たた いてみれば因循姑息 いんじゅんこそく の音がする、ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と歌われたように、前時代の古いものを野蛮未開と否定し、怒濤 どとう のように入ってくる西洋文物を摂取することが社会進歩の道であると観念され、「文明開化」はこの時期の優越的な合いことばとなった。 「文明開化」ということばは、漢書に出典をもつ「文明」と「開化」を結び付けた造語であって、福沢諭吉が『西洋事情』において初めて使用したといわれる。 文明開化の現象は、生活の洋風化としては、シャボン、ランプ、洋傘、シャッポ、洋服や洋館、ガス灯、あるいは学校、新聞、雑誌、さらには和洋折衷の建築から牛鍋 ぎゅうなべ まで、開化物として流行した。 これらは東京、大阪、京都や開港場の横浜、神戸など大都市の中心街に際だってみられ、地方には一般化していなかったが、新聞、雑誌、錦絵 にしきえ などによって、あるいは仮名垣魯文 かながきろぶん 『安愚楽鍋 あぐらなべ 』、加藤祐一 ゆういち 『文明開化』など文明開化の宣伝教化の出版物によって、全国の人々の心を魅了した。 しかしなによりも全国民に「文明開化」を実感させたのは、岩倉使節団や海外留学生、御雇い外国人など、政府の意欲的な西洋文明摂取のもとに展開される開化政策であって、それは学制、徴兵令、地租改正などとなって全国民に降りかかってきた。 それら諸政策は、これまでの生活慣習を急激に変えるとともに、民衆に負担を強いるものであったので、政府はたびたびの布達や教導職の動員、あるいは博覧会開催などの宣伝教化に努めた。 地方への浸透は、都市部では比較的スムーズに、また農村部でも豪農商層にとっては新しい世界で自分たちが活動できる場の出現として受け止められたが、一般民衆にとっては大きな衝撃として受け止められ、血税一揆 いっき など新政反対一揆が続発した。 [文明開化] こうした先進諸国を範とする近代化政策は,教育・文化の面でも必要とされ,欧米の教育制度や学問・思想が積極的に導入された。 たとえば1872年 明治5 の学制は,欧米の学校制度をモデルとしており,また多数の御雇外国人 表,表 つづき 参照 を政府顧問や学校教師,技師などに採用して先進的な学問・技術の直接的な摂取をはかろうとした。 出典| 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について.

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文明開化で何が変わった?鉄道、服装、教育、太陽暦などわかりやすく解説!

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原田 伊織• 三流の維新 一流の江戸 ベストセラー『明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』『大西郷という虚像』の異色作家が放つ新境地!文明を動かす3要因は「人口」「資源」「技術」だが、最も強い影響力があるのが人口!「人口と経済」で読み解く江戸250年~明治維新の誰も教えてくれなかった真実!いま、なぜ世界は江戸に向かうのか?人類史に例を見ない250年にも及ぶ長期平和を維持した江戸。 その裏には「江戸システム」という持続可能な資源循環システムが息づいていた。 一元主義的な西欧資本主義が破綻しつつあるいま、世界が江戸の多様性に注目。 「2020年東京オリンピック以降のグランドデザインは江戸にある」と断言する著者が、一本の長い時間軸を引いて史実を忠実に検証。 明治維新政府に全否定され、土深く埋まったままの江戸を掘りおこし、引き継ぐべきDNAを時代の空気と共に初解明する。 原田伊織(Iori Harada) 作家。 クリエイティブ・プロデューサー。 JADMA 日本通信販売協会 設立に参加したマーケティングの専門家でもある。 株式会社Jプロジェクト代表取締役。 1946 昭和21 年、京都生まれ。 近江・浅井領内佐和山城下で幼少期を過ごし、彦根藩藩校弘道館の流れをくむ高校を経て大阪外国語大学卒。 主な著書に『明治維新という過ち〈改訂増補版〉』『官賊と幕臣たち』『原田伊織の晴耕雨読な日々』『夏が逝く瞬間〈新装版〉』 以上、毎日ワンズ 、『大西郷という虚像』 悟空出版 など 明治新政府が主導した日本的なるものの否定は、廃仏毀釈だけではなかった。 平成生まれ以外の読者なら、誰でも「文明開化」という言葉を知っているだろう。 明治八(1875)年、福澤諭吉が『文明論之概略』に於いて、シヴィライゼーション(Civilization)の訳語として使ったのが始まりであるとするのが定説となっている。 一般には、文明開化といえば次の俗謡を思い起こす人が多いのではないだろうか。 「ちょんまげ頭を叩いてみれば、因循姑息(いんじゅんこそく)の音がする」 「総髪頭を叩いてみれば、王政復古の音がする」 「散切(ざんぎり)頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」 要するに、当時の流行(はやり)歌である。 こういう俗謡が流行るほど、新政府は人びとの髪、即ち、ヘアスタイルに至るまで西欧化を強制したのだ。 太政官布告を発令し、法律を定めているから、これは「強制」といっていい。 西洋のものなら何でもいいという価値観による風俗統制を行ったのである。 こういう点からも、明治新政府による「近代化」とは「西欧化」に他ならなかったことが分かる。 新政府は、「違式かい違(いしきかいい)条例」という法律を施行し、これによって風俗統制を行ったのである。 この法律は、現代の軽犯罪法に当たるともいわれるが、それがどういうものであったかは、直接その条例の条項をみた方が分かり易い。 次回、その事例を紹介しよう。

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