飛行機の窓から見下ろした知らない街の夜景みたいだ。 Pretender(Official髭男dism) / コード譜 / ギター

Official髭男dism Pretender 歌詞

飛行機の窓から見下ろした知らない街の夜景みたいだ

Official髭男dismの「Pretender」を分析してみました。 この歌詞を揶揄する表現があるのでご了承下さい。 それと、これは筆者独自の批評・分析です。 では、さっそく始めていきます。 君とのラブストーリー それは予想通り いざ始まればひとり芝居だ ずっとそばにいたって 結局ただの観客だ 感情のないアイムソーリー それはいつも通り 慣れてしまえば悪くはないけど 君とのロマンスは人生柄 続きはしないことを知った 「ラブストーリー」、「予想通り」、「アイムソーリー」、「いつも通り」とリズミカルに韻を踏んでいる箇所は興味深いと思います。 自分は一人芝居をしていて、相手(君)が観客になってしまったため、自分たちの「ラブストーリー」=「ロマンス」は長続きしないと悟ったという解釈でよさそうです。 ここに出てくる「人生柄」という単語の意味を突き止める必要がありそうです。 「職業柄」という言葉から、その意味を推測します。 「職業柄」の意味は、「その職業のもつ性質上。 また、ある仕事に携わっていることによる習性」です。 例文「職業柄、目が疲れやすい」 この例文を分析すると、「職業柄」が原因で、「目が疲れやすい」が結果になります。 「こういった職業に就いているため、目が疲れやすい」ということです。 ということは、「こういった人生を送ってきたため、続きはしないと知った」になります。 「人生柄」は「習癖(しゅうへき)」のようなニュアンスを含む言葉です。 ……ん?本当に「人生柄」という言葉は適切なのでしょうか。 「自分の人生は常に恋愛だ。 」と言うのなら、この言葉選びで良いと思いますが、そうでないなら、「恋愛柄」という言葉の方が適切だと思います。 恐らく作者は「人生柄」を「恋愛を含む今までの人生経験を通して」のような意味で使用しているのだと思います。 そこに「経験上」という意味は存在しません。 もっと違う設定で もっと違う関係で 出会える世界線 選べたらよかった もっと違う性格で もっと違う価値観で 愛を伝えられたらいいな そう願っても無駄だから 「設定」や「世界線」といった言葉選びをしているのには違和感があります。 「この恋愛はゲームですか?」と言いたくなります。 「性格」と「価値観」は「愛」と無関係ではないでしょうか。 「性格」や「価値観」は変わりますが、「愛」は不変かつ普遍です。 さらに、「歳を取ると温厚になる、頑固になる」と言うように、「性格」も変化します。 「価値観が変わったから、これ以上この人を愛せない」とか意味不明です。 「価値観」の一致が結婚(交際)する理由なら、「価値観」の変化による不一致は離婚(破局)する理由なのでしょうか。 「価値観」が変わること、違うことを前提に結婚しないと、どこかで関係に亀裂が入るのではないでしょうか。 「敬愛」という言葉があるように、相手を「尊敬」することができなければ、それは本当の「愛」ではないと思います。 人間は全知全能の神ではなく、不完全な存在です。 そのため、自分にはなくて、相手にはあることが必ず存在します。 自分にできないことをできる相手を「尊敬」するのは当たり前のことです。 よって、この文章は離婚や結婚の理由になる「価値観」と「性格」いう単語を何も考えずただ単に並べたレトリックに過ぎません。 グッバイ 君の運命のヒトは僕じゃない辛いけど否めない でも離れ難いのさ その髪に触れただけで 痛いや いやでも 甘いな いやいやグッバイ それじゃ僕にとって君は何? 答えは分からない 分かりたくもないのさ たったひとつ確かなことがあるとするのならば 「君は綺麗だ」 「運命の人」の定義は何なのでしょうか。 「違う価値観で愛を伝えられたらいい」と言っているので、「価値観の合う人」=「運命の人」となりそうです。 つまり、僕と君の価値観は合わなかったので、「君の運命の人は僕じゃない」ということになります。 「その髪」=「その辺に落ちている髪」です。 「その」と物扱いしていますからね。 人を表したいなら、「彼女の」や「彼の」、「その方の」、「そいつの」という言葉にしなければなりません。 「触れる」にはその行為者本人の意志は含まれませんが、「触る」には意志が含まれます。 つまり、「触れる」とは「たまたま触れる」という感じで、「触る」は「意図的に触る」という感じです。 彼女はいなくなったけど、床に座った時、まだ部屋に残っている彼女が落としていった髪に触れて、何かを思い出し心を痛めた。 といったところでしょうか。 「グッバイ」していて、もうそこに彼女がいるはずがありませんから、この解釈で良さそうです。 そもそも別れた後に髪を触ったりしませんから、この表現ではないでしょう。 君が僕の運命の人ではないなら、どんな存在であるかについて考えたけれど、答えは出ませんでした。 ですが、「君は綺麗」だということは分かったのです。 落とし所は「君は綺麗だ」です。 なんてお粗末な文章なのでしょうか。 「性格」や「価値観」を「愛」と関連付けていることから分かるように、思考が浅はかすぎます。 もう少し思考を深化させ、作者自身の答えを出してほしいものです。 それに「分かりたくない」とか言っていたら、本人は何も成長しません。 「貴方にとって日本は何ですか?」と聞かれた時、「答えは分かりません。 分かりたくもありません。 でも、日本は綺麗です。 」と言っているようなものです。 とりあえず、「綺麗です」と言っただけの稚拙な文章でした。 「みたいだ」と比喩表現を用いています。 比喩表現もレトリックになります。 レトリックは文章を豊かにする上で必要になってきますが、これは聞き手の心を響かせる、言わば詐欺的な表現技法です。 「誰かが偉そうに語る恋愛の論理はピンとこない」を「飛行機の窓から見下ろした知らない街の夜景のようだ」と喩えています。 よく分かりません。 これは本当に比喩として成立しているのでしょうか。 そして「恋愛の論理」=「街の景色」。 「ピンとこない」=「知らない」になりそうです。 成立していそうです。 前文を並び替えると、「誰かが偉そうに語るピンとこない恋愛の論理」になります。 後文を並び替えると、「飛行機の窓から見下ろした街の夜景 何ひとつとして知らない」になります。 もし、「街の夜景」が美しかったら、「ピンとこない」けど美しい「恋愛の論理」になります。 私を含め、偉そうに何かを語る人は、レトリックを用いて、相手の心を響かせています。 していることは、この作者と変わりません。 なので、「偉そうに語る」はブーメランになります。 作者本人もレトリックを使用していますから。 もっと違う設定で もっと違う関係で 出会える世界線 選べたらよかった いたって純な心で 叶った恋を抱きしめて 「好きだ」とか無責任に言えたらいいな そう願っても虚しいのさ 「叶った恋を抱きしめる」という独特の表現はよく分かりませんが、髭男ならではだと思います。 発する言葉一つ一つに責任を持つべきですが、たまには無責任な発言をしたい。 といった感じでしょうか。 ですが、皆さんは責任を持って何かを発言しましょう。 「あ、ごめん。 」と言われたらイラッときますから。 「無責任な男が好き!」とか言う女性はいないでしょう。 グッバイ 繋いだ手の向こうにエンドライン 引き伸ばすたびに 疼きだす未来には 君はいない その事実に Cry… そりゃ苦しいよな 「エンドライン(End line)」はバスケやアメフトで使われている言葉です。 もし、「終点」を意味するなら、「End of the line」にしなければなりません。 登坂広臣さんの曲に『END of LINE』があります。 こっちが正しいです。 ですが、ここは目をつぶり「エンドライン」を「終点」という意味で解釈してみます。 「繋いだ手の向こうにエンドライン」とは何でしょうか。 頭の中がはてなマーク(???)で埋め尽くされています。 続きを見れば分かりそうです。 「疼きだす未来」と言っているので、「エンドライン」は「現在」ではないでしょうか。 「現在」の先には「未来」がありますから。 このように、手を繋いだりした「過去」があり、その向こうに「現在」という「エンドライン」があり、これを引き伸ばすと「未来」があります。 「過去」には手を繋いでデートしたりしていましたが、「現在」はもうすでに彼女と別れています。 彼女との交際は「終点」を迎えているということになります。 そして、その先の「未来」には君はいません。 この事実が僕を泣かせ、「苦しみ」を与えるのです。 このように、「未来」という単語に着目して解釈を試みたところ、「エンドライン」は「終点」であり「現在」でもあることがわかります。 電車で喩えてみます。

次の

Official髭男dism Pretender 歌詞

飛行機の窓から見下ろした知らない街の夜景みたいだ

もっと違う設定で/もっと違う関係で 出会える世界線/選べたらよかった もっと違う性格で/もっと違う価値観で 愛を伝えられたらいいな/そう願っても無駄だから もちろん、恋愛がうまくいかないときに「〜じゃなかったら(上手くいったかもしれないのに)」と考えてしまうのは、失恋者のごく一般的な傾向である。 彼には、そもそも 自分の恋愛が成立する条件が世界から根本的に欠落していると感じられているのだ。 もし彼の恋する女性が別の男性のことを好きだという悩み、あるいは片想い以上に関係が発展しないという悩みなら、このような反実仮想には至らないだろう。 いたって純な心で/叶った恋を抱きしめて 「好きだ」とか無責任に言えたらいいな そう願っても虚しいのさ このような歌詞が現れる。 ここでは、恋人に「好きだ」と伝える行為が 「無責任」と形容されている。 なぜ彼にとって「好きだ」と言うことは「無責任」なのか? あるいは別の言い方をすれば、なぜ彼は、ある人は「好きだ」と言えて自分は言えないと考えるとき、その理由を、たとえば勇気の有無などではなく、「責任」という次元に求めるのだろうか? それは同性愛者の告白が、告白する者だけでなく、される者にも、そして周囲の人間関係にも、異性愛の告白とはスケールの異なる影響を及ぼしうる行為だからであるだろう。 登場人物を7人にした理由のひとつは、共通の友人の存在が告白をいっそう困難にするためだと思われる。 あらかじめ相手も同性愛者だと判明していないかぎり、同性愛者は、みずからの告白によって相手がなんらかの「迷惑」を被る可能性をつよく意識してしまう場合がある。 異性愛の告白とは別次元の配慮、それが「責任」の正体だ。 「いたって純な心」という表現に、異性愛の単純さという皮肉なコノテーションを聴き取らないことは、もはや難しい。

次の

【楽曲解説】Official髭男dism「Pretender」の歌詞の意味・解釈は?/髭男の新曲は甘く切ないラブストーリー

飛行機の窓から見下ろした知らない街の夜景みたいだ

2番 誰かが偉そうに 語る恋愛の論理 何ひとつとしてピンとこなくて 飛行機の窓から見下ろした 知らない街の夜景みたいだ 一般的に言うと• 「浮気はだめ」• 「不倫なんてもってのほか」 これが正当的な意見。 そして事実です。 主人公は、何気ない会話の中で、その正当性を第三者に振りかざされたのでしょう。 しかし、君に対する強い想いが沈静するわけではありません。 ダメなことだとは自身でも理解しているから何を言われたとしても 「何ひとつとしてピンとこない」のです。 そのさまは、まるで知らない街の夜景の光みたいで、 綺麗 正当意見 なのは分かっているけど、正体 具体的な解決策 までは分かることはありません。 もっと違う設定で もっと違う関係で 出会える世界線 選べたらよかった いたって純な心で 叶った恋を抱きしめて 「好きだ」とか無責任に言えたらいいな そう願っても虚しいのさ ここまで解釈を進めると、歌詞のフレーズを見るだけで、主人公の気持ちが痛いほどに伝わってくるのではないでしょうか? いたって純な心で 叶った恋を抱きしめて 「好きだ」とか無責任に言えたらいいな ここは叫びたいほどに溢れる腹の内です。 サビ2 グッバイ 繋いだ手の向こうにエンドライン 引き伸ばすたびに 疼きだす未来には 君はいない その事実に Cry… そりゃ苦しいよな まさに主人公たちの情景と辻褄の合うサビ2ですね。 敢えて真実から目を逸らし関係を取り持っていること 引き伸ばし や、これ以上関係を続けても終わり エンドライン が来ること。 どうしようもない 虚しい関係性の苦悩が描かれています。 スポンサーリンク ラストサビ 中略 それもこれもロマンスの定めなら 悪くないよな 永遠も約束もないけれど 「とても綺麗だ」 おそらくですが、このラストサビでは 既に二人の関係に終止符が打たれています。 ロマンスには、恋愛という意味が含まれますが、これは単なる恋愛を示すものではなく、 伝奇的な要素の強い物語といった含みがあります。 簡単に言うと、 伝統的な恋愛といったところですね。 伝統的な恋愛とは、社会的に当たり前な恋愛を意味し、 ロマンスの定めというのは、 社会的な恋愛の決まりということです。 ロマンスの定めを受け入れている ということは、 不倫関係を終わらせた と解釈ができるのです。 それを意図するように、ラストは「君は綺麗だ」ではなく「とても綺麗だ」になっている。 「君は綺麗だ」は耳元で囁くくらい近くの距離で訴えていたように感じさせるが、 「とても綺麗だ」は、遠くから叫んでいるように感じさせる。 つまり、やはり二人の関係は終わったのでしょう。 感想 いかがでしょうか。 もしも聞き流しで解釈していた私のように、王道ラブソングだと解釈していた方は、楽曲の価値観がかなり変わったのではないでしょうか。 改めて言いますが、本記事はおちろん本楽曲は不倫を助長するものではありません。 しかし、 世間から反感をかうことを理解してもなお、追い求めてしまう愛情。 これは「愛」としては本物なのではと考えさせられました。 誰も傷つく人が出ないように誰もが 出会える世界線 選べたらいいのに なんて思っちゃいました。 で、今更ここを発見(笑) 一周回って切ない(自己完結の)失恋ソングと感じてます。 クズ男とかの解釈も多いけど、こう見てみると少しでも経験ある人なら改めて泣けるストーリーかも。 暇だったら読んでみてくださいね。 不倫を軽く見て始めたラブストーリー。 やっぱり彼女の「家庭」の存在は大きくて、なんとなく思ってたように結局一人芝居で、家庭の存在がある限り、僕はただの観客みたいに疎外感を感じて。 彼女に無意識に染みついた家庭での「ごめんなさい」は感情がないセリフで。 それも悪くないかなって無理矢理呑み込んで。 でもその違和感も無視できなくなって、やっぱり「好き」だけの勢いで進んだ無謀な恋愛は続かないんだって改めて知った。 もし彼女がフリーで他の恋人同士みたいに出会ってたら。 それが叶わなくても、ダメなのかもしれないけど周りなんか気にしないで僕が気持ちをそのまま伝えれたら、「ロマンス」が出来たらいいのに。 まぁ無駄な願いってわかってる。 (なので力を込めて、自分の未練に、良い方向に向かってと込めて)グッッぶァイ! 運命の人はもう決まってるって知ってる。 それを覆して自分がそうなりたいという勇気はない。 こんなに好きなのに。 髪に触れることだけでも、二人は繋がってるって感じて、その先に期待してしまって・・いやいや甘いや。 じゃぁ僕にとって君はなんだろう。 出会わなくて良かった人なの?じゃぁなぜ出会って恋に落ちた? そんなのの答え知りたくもない・・通りすがりのモブってわかってるけど。 君と繋いだ手のままで続く物語は、たとえその運命に抗って動こうとも消えないズキズキとした痛みの未来しか見えなくて(泣)・・・君は最後には家庭を選ぶこともわかってる。 (やっぱりそうよねー。 お互い良い方向を向こうねの)グッバイ そうなるとやっぱり、僕にとって君はなんだったんだろ(ry でも、わかってることもある。 旦那さんは愛を語ってくれないかもしれないけど、もう好きだ愛してるって言わないかもしれないけど、君は今もとっても綺麗です! 男女の「ロマンス」ってやっぱりこうなるよね。 そういう無謀な冒険でも自分も大人になったから、、悪くないかな。 当方、ダブり不倫中の女です 恥ずかしながら アーティストも曲も、最近知りました 歌詞を改めて吟味すると、 涙があふれました 切なすぎます ただ、最後の解釈は 私は2人の関係性は終わったとは捉えられません 葛藤しながらも、真実には目を瞑り、君は綺麗だと言いながら、エンドラインに向かって、愛を囁き続け合うのです。 不倫は確かに、この筆者の表現するところでいう反社会的な関係だが、 古今東西そんな話は枚挙にいとまがない 人間の普遍的な部分だろうか、 生物としての自分 社会的としての自分 本音であったり建前であったり いくつもの顔を持っている だがその「好き」に何の偽りもないし 世界線が違っていたらと、運命を憎むこともある。 続けるも、別れるも、地獄 まさに四面楚歌、だからその場からは一歩も動けない 「君は綺麗だ」.

次の