つまずいて立ち止まった 下ばかり向いて。 KG / 青空の歌詞と動画

娘に責められる日々、辛いです。

つまずいて立ち止まった 下ばかり向いて

1 浅草 ( あさくさ )の 仁王門 ( におうもん )の中に 吊 ( つ )った、火のともらない 大提灯 ( おおじょうちん )。 提灯は次第に上へあがり、 雑沓 ( ざっとう )した 仲店 ( なかみせ )を見渡すようになる。 ただし大提灯の下部だけは消え失せない。 門の前に飛びかう無数の 鳩 ( はと )。 2 雷門 ( かみなりもん )から縦に見た仲店。 正面にはるかに仁王門が見える。 樹木は皆枯れ木ばかり。 3 仲店の 片側 ( かたがわ )。 外套 ( がいとう )を着た男が 一人 ( ひとり )、十二三歳の少年と一しょにぶらぶら仲店を歩いている。 少年は父親の手を離れ、時々 玩具屋 ( おもちゃや )の前に立ち止まったりする。 父親は勿論こう云う少年を時々叱ったりしないことはない。 が、 稀 ( まれ )には彼自身も少年のいることを忘れたように 帽子屋 ( ぼうしや )の飾り窓などを眺めている。 4 こう云う親子の 上半身 ( じょうはんしん )。 父親はいかにも 田舎者 ( いなかもの )らしい、 無精髭 ( ぶしょうひげ )を伸ばした男。 少年は 可愛 ( かわい )いと云うよりもむしろ可憐な顔をしている。 彼等の 後 ( うし )ろには雑沓した仲店。 彼等はこちらへ歩いて来る。 5 斜めに見たある 玩具屋 ( おもちゃや )の店。 少年はこの店の前に 佇 ( たたず )んだまま、綱を 上 ( のぼ )ったり 下 ( お )りたりする玩具の猿を眺めている。 玩具屋の店の中には誰も見えない。 少年の姿は膝の上まで。 6 綱を上ったり下りたりしている猿。 猿は 燕尾服 ( えんびふく )の尾を垂れた上、シルク・ハットを 仰向 ( あおむ )けにかぶっている。 この綱や猿の後ろは深い暗のあるばかり。 7 この玩具屋のある仲店の片側。 猿を見ていた少年は急に父親のいないことに気がつき、きょろきょろあたりを見まわしはじめる。 それから向うに何か見つけ、その方へ 一散 ( いっさん )に走って 行 ( ゆ )く。 8 父親らしい男の後ろ姿。 ただしこれも膝の上まで。 少年はこの男に追いすがり、しっかりと外套の袖を 捉 ( とら )える。 驚いてふり返った男の顔は 生憎 ( あいにく ) 田舎者 ( いなかもの )らしい父親ではない。 綺麗 ( きれい )に 口髭 ( くちひげ )の手入れをした、都会人らしい紳士である。 少年の顔に往来する失望や当惑に満ちた表情。 紳士は少年を残したまま、さっさと向うへ行ってしまう。 少年は遠い 雷門 ( かみなりもん )を後ろにぼんやり一人佇んでいる。 9 もう一度父親らしい後ろ姿。 ただし今度は 上半身 ( じょうはんしん )。 少年はこの男に追いついて恐る恐るその顔を見上げる。 彼等の向うには 仁王門 ( におうもん )。 10 [#「10」は縦中横] この男の前を向いた顔。 彼は、マスクに口を 蔽 ( おお )った、人間よりも、動物に近い顔をしている。 何か悪意の感ぜられる 微笑 ( びしょう )。 11 [#「11」は縦中横] 仲店の片側。 少年はこの男を見送ったまま、 途方 ( とほう )に暮れたように佇んでいる。 父親の姿はどちらを眺めても、 生憎 ( あいにく )目にははいらないらしい。 少年はちょっと考えた 後 ( のち )、 当 ( あて )どもなしに歩きはじめる。 いずれも洋装をした少女が二人、彼をふり返ったのも知らないように。 12 [#「12」は縦中横] 目金 ( めがね )屋の店の飾り窓。 近眼鏡 ( きんがんきょう )、 遠眼鏡 ( えんがんきょう )、 双眼鏡 ( そうがんきょう )、 廓大鏡 ( かくだいきょう )、 顕微鏡 ( けんびきょう )、 塵除 ( ちりよ )け 目金 ( めがね )などの並んだ中に西洋人の 人形 ( にんぎょう )の首が一つ、目金をかけて 頬笑 ( ほほえ )んでいる。 その窓の前に 佇 ( たたず )んだ少年の 後姿 ( うしろすがた )。 ただし 斜 ( なな )めに後ろから見た上半身。 人形の首はおのずから人間の首に変ってしまう。 のみならずこう少年に話しかける。 お父さんを 見付 ( みつけ )るには目金をかけるのに限りますからね。 」 「僕の目は病気ではないよ。 」 14 [#「14」は縦中横] 斜めに見た 造花屋 ( ぞうかや )の飾り窓。 造花は皆竹籠だの、瀬戸物の鉢だのの中に開いている。 中でも一番大きいのは左にある 鬼百合 ( おにゆり )の花。 飾り窓の板 硝子 ( ガラス )は少年の上半身を映しはじめる。 何か幽霊のようにぼんやりと。 15 [#「15」は縦中横] 飾り窓の板硝子越しに造花を隔てた少年の上半身。 少年は板硝子に手を当てている。 そのうちに息の当るせいか、顔だけぼんやりと曇ってしまう。 16 [#「16」は縦中横] 飾り窓の中の鬼百合の花。 ただし後ろは暗である。 鬼百合の花の下に垂れている 莟 ( つぼみ )もいつか次第に開きはじめる。 17 [#「17」は縦中横] 「わたしの美しさを御覧なさい。 」 「だってお前は造花じゃないか?」 18 [#「18」は縦中横] 角 ( かど )から見た煙草屋の飾り窓。 巻煙草の 缶 ( かん )、葉巻の箱、パイプなどの並んだ中に斜めに 札 ( ふだ )が一枚懸っている。 」 徐 ( おもむ )ろにパイプから立ち 昇 ( のぼ )る煙。 19 [#「19」は縦中横] 煙の満ち充ちた飾り窓の 正面 ( しょうめん )。 少年はこの右に 佇 ( たたず )んでいる。 ただしこれも膝の上まで。 煙の中にはぼんやりと城が三つ浮かびはじめる。 城は Three Castles の商標を立体にしたものに近い。 20 [#「20」は縦中横] それ等の城の一つ。 この城の門には兵卒が一人銃を持って佇んでいる。 そのまた 鉄格子 ( てつごうし )の門の向うには 棕櫚 ( しゅろ )が何本もそよいでいる。 21 [#「21」は縦中横] この城の門の上。 そこには横にいつの 間 ( ま )にかこう云う文句が浮かび始める。 」 22 [#「22」は縦中横] こちらへ歩いて来る少年の姿。 前の煙草屋の飾り窓は斜めに少年の後ろに立っている。 少年はちょっとふり返って見た 後 ( のち )、さっさとまた歩いて行ってしまう。 23 [#「23」は縦中横] 吊 ( つ )り 鐘 ( がね )だけ見える 鐘楼 ( しゅろう )の内部。 撞木 ( しゅもく )は誰かの手に綱を引かれ、 徐 ( おもむ )ろに鐘を鳴らしはじめる。 24 [#「24」は縦中横] 斜めに見た 射撃屋 ( しゃげきや )の店。 的 ( まと )は後ろに巻煙草の箱を積み、前に 博多人形 ( はかたにんぎょう )を並べている。 手前に並んだ空気銃の一列。 人形の一つはドレッスをつけ、扇を持った西洋人の女である。 少年は 怯 ( お )ず 怯 ( お )ずこの店にはいり、空気銃を一つとり上げて全然 無分別 ( むふんべつ )に 的 ( まと )を 狙 ( ねら )う。 射撃屋の店には誰もいない。 少年の姿は膝の上まで。 25 [#「25」は縦中横] 西洋人の女の人形。 人形は静かに扇をひろげ、すっかり顔を隠してしまう。 それからこの人形に 中 ( あた )るコルクの 弾丸 ( たま )。 人形は勿論 仰向 ( あおむ )けに倒れる。 人形の後ろにも暗のあるばかり。 26 [#「26」は縦中横] 前の射撃屋の店。 少年はまた空気銃をとり上げ、今度は熱心に 的 ( まと )を狙う。 少年は 渋 ( し )ぶ 渋 ( し )ぶ銀貨を出し、店の外へ行ってしまう。 27 [#「27」は縦中横] 始めはただ薄暗い中に四角いものの見えるばかり。 その中にこの四角いものは突然電燈をともしたと見え、横にこう云う字を浮かび 上 ( あが )らせる。 上のは黒い中に白、下のは黒い中に赤である。 28 [#「28」は縦中横] 劇場の裏の上部。 火のともった窓が一つ見える。 まっ 直 ( すぐ )に 雨樋 ( あまどい )をおろした壁にはいろいろのポスタアの 剥 ( は )がれた 痕 ( あと )。 29 [#「29」は縦中横] この劇場の裏の 下部 ( かぶ )。 少年はそこに 佇 ( たたず )んだまま、しばらくはどちらへも 行 ( ゆ )こうとしない。 それから高い窓を見上げる。 が、窓には誰も見えない。 ただ 逞 ( たくま )しいブルテリアが一匹、少年の足もとを通って行く。 少年の 匂 ( におい )を 嗅 ( か )いで見ながら。 30 [#「30」は縦中横] 同じ劇場の裏の上部。 火のともった窓には踊り子が一人現れ、冷淡に目の下の往来を眺める。 この姿は 勿論 ( もちろん )逆光線のために顔などははっきりとわからない。 が、いつか少年に似た、 可憐 ( かれん )な顔を現してしまう。 踊り子は静かに窓をあけ、小さい 花束 ( はなたば )を下に投げる。 31 [#「31」は縦中横] 往来に立った少年の足もと。 小さい花束が一つ落ちて来る。 少年の手はこれを拾う。 花束は往来を離れるが早いか、いつか 茨 ( いばら )の束に変っている。 32 [#「32」は縦中横] 黒い一枚の 掲示板 ( けいじばん )。 掲示板は「北の風、晴」と云う字をチョオクに現している。 が、それはぼんやりとなり、「南の風強かるべし。 雨模様」と云う字に変ってしまう。 33 [#「33」は縦中横] 斜 ( ななめ )に見た 標札屋 ( ひょうさつや )の 露店 ( ろてん )、 天幕 ( てんと )の下に並んだ見本は 徳川家康 ( とくがわいえやす )、 二宮尊徳 ( にのみやそんとく )、 渡辺崋山 ( わたなべかざん )、 近藤勇 ( こんどういさみ )、 近松門左衛門 ( ちかまつもんざえもん )などの名を並べている。 こう云う名前もいつの 間 ( ま )にか有り来りの名前に変ってしまう。 のみならずそれ等の標札の向うにかすかに浮んで来る 南瓜畠 ( かぼちゃばたけ )…… 34 [#「34」は縦中横] 池の向うに並んだ何軒かの映画館。 池には勿論電燈の影が幾つともなしに映っている。 池の左に立った少年の 上半身 ( じょうはんしん )。 少年の帽は 咄嗟 ( とっさ )の 間 ( あいだ )に風のために池へ飛んでしまう。 少年はいろいろあせった 後 ( のち )、こちらを向いて歩きはじめる。 ほとんど絶望に近い表情。 35 [#「35」は縦中横] カッフェの飾り窓。 砂糖の塔、 生菓子 ( なまがし )、 麦藁 ( むぎわら )のパイプを入れた 曹達水 ( ソオダすい )のコップなどの向うに人かげが幾つも動いている。 少年はこの飾り窓の前へ通りかかり、飾り窓の左に足を止めてしまう。 少年の姿は膝の上まで。 36 [#「36」は縦中横] このカッフェの外部。 夫婦らしい中年の 男女 ( なんにょ )が二人 硝子 ( ガラス )戸の中へはいって行く。 女はマントルを着た子供を 抱 ( だ )いている。 そのうちにカッフェはおのずからまわり、コック部屋の裏を現わしてしまう。 コック部屋の裏には 煙突 ( えんとつ )が一本。 そこにはまた労働者が二人せっせとシャベルを動かしている。 カンテラを一つともしたまま。 …… 37 [#「37」は縦中横] テエブルの前の子供 椅子 ( いす )の上に上半身を見せた前の子供。 子供はにこにこ笑いながら、首を振ったり手を挙げたりしている。 子供の後ろには何も見えない。 そこへいつか 薔薇 ( ばら )の花が一つずつ静かに落ちはじめる。 38 [#「38」は縦中横] 斜めに見える自動計算器。 計算器の前には手が二つしきりなしに動いている。 勿論女の手に違いない。 それから絶えず開かれる 抽斗 ( ひきだし )。 抽斗の中は 銭 ( ぜに )ばかりである。 39 [#「39」は縦中横] 前のカッフェの飾り窓。 少年の姿も変りはない。 しばらくの 後 ( のち )、少年は 徐 ( おもむ )ろに振り返り、 足早 ( あしばや )にこちらへ歩いて来る。 が、顔ばかりになった時、ちょっと立ちどまって何かを見る。 多少驚きに近い表情。 40 [#「40」は縦中横] 人だかりのまん中に立った 糶 ( せ )り 商人 ( あきゅうど )。 彼は 呉服 ( ごふく )ものをひろげた中に立ち、一本の帯をふりながら、熱心に人だかりに呼びかけている。 41 [#「41」は縦中横] 彼の手に持った一本の帯。 帯は前後左右に振られながら、片はしを二三尺現している。 帯の模様は 廓大 ( かくだい )した 雪片 ( せっぺん )。 雪片は次第にまわりながら、くるくる帯の外へも落ちはじめる。 42 [#「42」は縦中横] メリヤス屋の 露店 ( ろてん )。 シャツやズボン下を 吊 ( つ )った下に 婆 ( ばあ )さんが一人 行火 ( あんか )に当っている。 婆さんの前にもメリヤス類。 毛糸の編みものも 交 ( まじ )っていないことはない。 行火の 裾 ( すそ )には黒猫が一匹時々前足を 嘗 ( な )めている。 43 [#「43」は縦中横] 行火の裾に坐っている黒猫。 左に少年の 下半身 ( かはんしん )も見える。 黒猫も始めは変りはない。 しかしいつか頭の上に 流蘇 ( ふさ )の長いトルコ帽をかぶっている。 44 [#「44」は縦中横] 「坊ちゃん、スウェエタアを一つお買いなさい。 」 「僕は帽子さえ買えないんだよ。 」 45 [#「45」は縦中横] メリヤス屋の露店を後ろにした、疲れたらしい少年の 上半身 ( じょうはんしん )。 少年は涙を流しはじめる。 が、やっと気をとり直し、高い空を見上げながら、もう一度こちらへ歩きはじめる。 46 [#「46」は縦中横] かすかに星のかがやいた夕空。 そこへ大きい顔が一つおのずからぼんやりと浮かんで来る。 顔は少年の父親らしい。 愛情はこもっているものの、何か無限にもの悲しい表情。 しかしこの顔もしばらくの 後 ( のち )、霧のようにどこかへ消えてしまう。 47 [#「47」は縦中横] 縦 ( たて )に見た往来。 少年はこちらへ 後 ( うし )ろを見せたまま、この往来を歩いて 行 ( ゆ )く。 往来は余り人通りはない。 少年の後ろから歩いて行く男。 この男はちょっと振り返り、マスクをかけた顔を見せる。 少年は一度も後ろを見ない。 48 [#「48」は縦中横] 斜めに見た 格子戸 ( こうしど )造りの家の外部。 家の前には 人力車 ( じんりきしゃ )が三台後ろ向きに止まっている。 人通りはやはり沢山ない。 角隠 ( つのかく )しをつけた 花嫁 ( はなよめ )が一人、何人かの人々と一しょに格子戸を出、静かに前の人力車に乗る。 人力車は三台とも人を乗せると、花嫁を先に走って行く。 そのあとから少年の後ろ姿。 格子戸の家の前に立った人々は勿論少年に目もやらない。 49 [#「49」は縦中横] 「XYZ会社特製品、迷い子、文芸的映画」と書いた長方形の板。 これもこの板を前後にしたサンドウィッチ・マンに変ってしまう。 サンドウィッチ・マンは年をとっているものの、どこか 仲店 ( なかみせ )を歩いていた、都会人らしい紳士に似ている。 後ろは前よりも人通りは多い、いろいろの店の並んだ往来。 少年はそこを通りかかり、サンドウィッチ・マンの 配 ( くば )っている広告を一枚貰って行く。 50 [#「50」は縦中横] 縦に見た前の往来。 松葉杖をついた 癈兵 ( はいへい )が一人ゆっくりと向うへ歩いて 行 ( ゆ )く。 癈兵はいつか 駝鳥 ( だちょう )に変っている。 が、しばらく歩いて行くうちにまた癈兵になってしまう。 横町 ( よこちょう )の 角 ( かど )にはポストが一つ。 51 [#「51」は縦中横] 「急げ。 いつ 何時 ( なんどき )死ぬかも知れない。 」 52 [#「52」は縦中横] 往来の 角 ( かど )に立っているポスト。 ポストはいつか透明になり、無数の手紙の折り重なった円筒の内部を現して見せる。 が、見る見る前のようにただのポストに変ってしまう。 ポストの後ろには暗のあるばかり。 53 [#「53」は縦中横] 斜めに見た 芸者屋町 ( げいしゃやまち )。 お座敷へ出る芸者が 二人 ( ふたり )ある 御神燈 ( ごしんとう )のともった 格子戸 ( こうしど )を出、静かにこちらへ歩いて来る。 どちらも 何 ( なん )の表情も見せない。 二人の芸者の通りすぎた 後 ( のち )、向うへ歩いて 行 ( ゆ )く少年の姿。 少年はちょっとふり返って見る。 前よりもさらに寂しい表情。 少年はだんだん小さくなって行く。 そこへ向うに立っていた、 背 ( せ )の低い 声色遣 ( こわいろつか )いが 一人 ( ひとり )やはりこちらへ歩いて来る。 彼の 目 ( ま )のあたりへ近づいたのを見ると、どこか少年に似ていないことはない。 54 [#「54」は縦中横] 大きい 針金 ( はりがね )の 環 ( わ )のまわりにぐるりと何本もぶら下げた かもじ。 かもじの中には「すき毛入り 前髪 ( まえがみ )立て」と書いた 札 ( ふだ )も下っている。 これ等の かもじはいつの 間 ( ま )にか理髪店の棒に変ってしまう。 棒の後ろにも暗のあるばかり。 55 [#「55」は縦中横] 理髪店の外部。 大きい窓 硝子 ( ガラス )の向うには 男女 ( なんにょ )が何人も動いている。 少年はそこへ通りかかり、ちょっと内部を 覗 ( のぞ )いて見る。 56 [#「56」は縦中横] 頭を 刈 ( か )っている男の横顔。 これもしばらくたった後、大きい針金の 環 ( わ )にぶら下げた何本かの かもじに変ってしまう。 かもじの中に下った 札 ( ふだ )が一枚。 札には今度は「入れ毛」と書いてある。 57 [#「57」は縦中横] セセッション風に出来上った病院。 少年はこちらから歩み寄り、石の階段を登って 行 ( ゆ )く、しかし戸の中へはいったと思うと、すぐにまた階段を 下 ( くだ )って来る。 少年の左へ行った 後 ( のち )、病院は静かにこちらへ近づき、とうとう玄関だけになってしまう。 その 硝子戸 ( ガラスど )を押しあけて外へ出て来る 看護婦 ( かんごふ )が一人。 看護婦は玄関に 佇 ( たたず )んだまま、何か遠いものを眺めている。 58 [#「58」は縦中横] 膝の上に組んだ看護婦の両手。 前になった左の手には婚約の指環が一つはまっている。 が、指環はおのずから急に下へ落ちてしまう。 59 [#「59」は縦中横] わずかに空を残したコンクリイトの塀。 これもおのずから 透明 ( とうめい )になり、 鉄格子 ( てつごうし )の中に 群 ( むらが )った何匹かの猿を現して見せる。 それからまた塀全体は 操 ( あやつ )り 人形 ( にんぎょう )の舞台に変ってしまう。 舞台はとにかく西洋じみた室内。 そこに西洋人の人形が一つ 怯 ( お )ず 怯 ( お )ずあたりを 窺 ( うかが )っている。 覆面 ( ふくめん )をかけているのを見ると、この室へ忍びこんだ 盗人 ( ぬすびと )らしい。 室の隅には金庫が一つ。 60 [#「60」は縦中横] 金庫をこじあけている西洋人の人形。 ただしこの人形の手足についた、細い糸も何本かははっきりと見える。 …… 61 [#「61」は縦中横] 斜めに見た前のコンクリイトの塀。 塀はもう何も現していない。 そこを通りすぎる少年の影。 そのあとから今度は背むしの影。 62 [#「62」は縦中横] 前から斜めに見おろした往来。 往来の上には落ち葉が一枚風に吹かれてまわっている。 そこへまた舞い 下 ( さが )って来る前よりも小さい落葉が一枚。 最後に雑誌の広告らしい紙も一枚 翻 ( ひるがえ )って来る。 紙は 生憎 ( あいにく )引き 裂 ( さ )かれているらしい。 が、はっきりと見えるのは「生活、正月号」と云う初号活字である。 63 [#「63」は縦中横] 大きい 常磐木 ( ときわぎ )の下にあるベンチ。 木々の向うに見えているのは前の池の一部らしい。 少年はそこへ歩み寄り、がっかりしたように腰をかける。 それから涙を 拭 ( ぬぐ )いはじめる。 すると前の背むしが一人やはりベンチへ来て腰をかける。 時々風に 揺 ( ゆ )れる 後 ( うし )ろの常磐木。 少年はふと背むしを見つめる。 が、背むしはふり返りもしない。 のみならず 懐 ( ふところ )から焼き芋を出し、がつがつしているように食いはじめる。 64 [#「64」は縦中横] 焼き 芋 ( いも )を食っている背むしの顔。 65 [#「65」は縦中横] 前の 常磐木 ( ときわぎ )のかげにあるベンチ。 背むしはやはり焼き芋を食っている。 少年はやっと立ち上り、頭を垂れてどこかへ歩いて 行 ( ゆ )く。 66 [#「66」は縦中横] 斜めに上から見おろしたベンチ。 板を透かしたベンチの上には 蟇口 ( がまぐち )が一つ残っている。 すると誰かの手が一つそっとその蟇口をとり上げてしまう。 67 [#「67」は縦中横] 前の常磐木のかげにあるベンチ。 ただし今度は斜めになっている。 ベンチの上には背むしが一人蟇口の中を 検 ( しら )べている。 そのうちにいつか背むしの左右に背むしが何人も現れはじめ、とうとうしまいにはベンチの上は背むしばかりになってしまう。 しかも彼等は同じようにそれぞれ皆熱心に蟇口の中を検べている。 互に何か話し合いながら。 68 [#「68」は縦中横] 写真屋の飾り窓。 男女 ( なんにょ )の写真が何枚もそれぞれ 額縁 ( がくぶち )にはいって 懸 ( かか )っている。 が、それ等の男女の顔もいつか老人に変ってしまう。 しかしその中にたった一枚、フロック・コオトに勲章をつけた、 顋髭 ( あごひげ )のある老人の半身だけは変らない。 ただその顔はいつの 間 ( ま )にか前の背むしの顔になっている。 69 [#「69」は縦中横] 横から見た 観音堂 ( かんのんどう )。 少年はその下を歩いて 行 ( ゆ )く。 観音堂の上には 三日月 ( みかづき )が一つ。 70 [#「70」は縦中横] 観音堂の正面の一部。 ただし 扉 ( とびら )はしまっている。 その前に 礼拝 ( らいはい )している何人かの人々。 少年はそこへ歩みより、こちらへ後ろを見せたまま、ちょっと観音堂を仰いで見る。 それから突然こちらを向き、さっさと斜めに歩いて行ってしまう。 71 [#「71」は縦中横] 斜めに上から見おろした、大きい長方形の 手水鉢 ( ちょうずばち )。 柄杓 ( ひしゃく )が何本も浮かんだ水には 火 ( ほ )かげもちらちら映っている。 そこへまた映って来る、 憔悴 ( しょうすい )し切った少年の顔。 72 [#「72」は縦中横] 大きい 石燈籠 ( いしどうろう )の下部。 少年はそこに腰をおろし、両手に顔を隠して泣きはじめる。 73 [#「73」は縦中横] 前の石燈籠の下部の後ろ。 男が一人 佇 ( たたず )んだまま、何かに耳を傾けている。 74 [#「74」は縦中横] この男の上半身。 もっとも顔だけはこちらを向いていない。 が、静かに振り返ったのを見ると、マスクをかけた前の男である。 のみならずその顔もしばらくの 後 ( のち )、少年の父親に変ってしまう。 75 [#「75」は縦中横] 前の石燈籠の上部。 石燈籠は柱を残したまま、おのずから 炎 ( ほのお )になって燃え上ってしまう。 炎の 下火 ( したび )になった 後 ( のち )、そこに開き始める菊の花が一輪。 菊の花は石燈籠の笠よりも大きい。 76 [#「76」は縦中横] 前の石燈籠の下部。 少年は前と変りはない。 そこへ帽を 目深 ( まぶか )にかぶった 巡査 ( じゅんさ )が一人歩みより、少年の肩へ手をかける。 少年は驚いて立ち上り、何か巡査と話をする。 それから巡査に手を引かれたまま、静かに向うへ歩いて 行 ( ゆ )く。 77 [#「77」は縦中横] 前の石燈籠の下部の後ろ。 今度はもう誰もいない。 78 [#「78」は縦中横] 前の 仁王門 ( におうもん )の 大提灯 ( おおじょうちん )。 大提灯は次第に上へあがり、前のように 仲店 ( なかみせ )を見渡すようになる。 ただし大提灯の下部だけは消え 失 ( う )せない。

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1 浅草 ( あさくさ )の 仁王門 ( におうもん )の中に 吊 ( つ )った、火のともらない 大提灯 ( おおじょうちん )。 提灯は次第に上へあがり、 雑沓 ( ざっとう )した 仲店 ( なかみせ )を見渡すようになる。 ただし大提灯の下部だけは消え失せない。 門の前に飛びかう無数の 鳩 ( はと )。 2 雷門 ( かみなりもん )から縦に見た仲店。 正面にはるかに仁王門が見える。 樹木は皆枯れ木ばかり。 3 仲店の 片側 ( かたがわ )。 外套 ( がいとう )を着た男が 一人 ( ひとり )、十二三歳の少年と一しょにぶらぶら仲店を歩いている。 少年は父親の手を離れ、時々 玩具屋 ( おもちゃや )の前に立ち止まったりする。 父親は勿論こう云う少年を時々叱ったりしないことはない。 が、 稀 ( まれ )には彼自身も少年のいることを忘れたように 帽子屋 ( ぼうしや )の飾り窓などを眺めている。 4 こう云う親子の 上半身 ( じょうはんしん )。 父親はいかにも 田舎者 ( いなかもの )らしい、 無精髭 ( ぶしょうひげ )を伸ばした男。 少年は 可愛 ( かわい )いと云うよりもむしろ可憐な顔をしている。 彼等の 後 ( うし )ろには雑沓した仲店。 彼等はこちらへ歩いて来る。 5 斜めに見たある 玩具屋 ( おもちゃや )の店。 少年はこの店の前に 佇 ( たたず )んだまま、綱を 上 ( のぼ )ったり 下 ( お )りたりする玩具の猿を眺めている。 玩具屋の店の中には誰も見えない。 少年の姿は膝の上まで。 6 綱を上ったり下りたりしている猿。 猿は 燕尾服 ( えんびふく )の尾を垂れた上、シルク・ハットを 仰向 ( あおむ )けにかぶっている。 この綱や猿の後ろは深い暗のあるばかり。 7 この玩具屋のある仲店の片側。 猿を見ていた少年は急に父親のいないことに気がつき、きょろきょろあたりを見まわしはじめる。 それから向うに何か見つけ、その方へ 一散 ( いっさん )に走って 行 ( ゆ )く。 8 父親らしい男の後ろ姿。 ただしこれも膝の上まで。 少年はこの男に追いすがり、しっかりと外套の袖を 捉 ( とら )える。 驚いてふり返った男の顔は 生憎 ( あいにく ) 田舎者 ( いなかもの )らしい父親ではない。 綺麗 ( きれい )に 口髭 ( くちひげ )の手入れをした、都会人らしい紳士である。 少年の顔に往来する失望や当惑に満ちた表情。 紳士は少年を残したまま、さっさと向うへ行ってしまう。 少年は遠い 雷門 ( かみなりもん )を後ろにぼんやり一人佇んでいる。 9 もう一度父親らしい後ろ姿。 ただし今度は 上半身 ( じょうはんしん )。 少年はこの男に追いついて恐る恐るその顔を見上げる。 彼等の向うには 仁王門 ( におうもん )。 10 [#「10」は縦中横] この男の前を向いた顔。 彼は、マスクに口を 蔽 ( おお )った、人間よりも、動物に近い顔をしている。 何か悪意の感ぜられる 微笑 ( びしょう )。 11 [#「11」は縦中横] 仲店の片側。 少年はこの男を見送ったまま、 途方 ( とほう )に暮れたように佇んでいる。 父親の姿はどちらを眺めても、 生憎 ( あいにく )目にははいらないらしい。 少年はちょっと考えた 後 ( のち )、 当 ( あて )どもなしに歩きはじめる。 いずれも洋装をした少女が二人、彼をふり返ったのも知らないように。 12 [#「12」は縦中横] 目金 ( めがね )屋の店の飾り窓。 近眼鏡 ( きんがんきょう )、 遠眼鏡 ( えんがんきょう )、 双眼鏡 ( そうがんきょう )、 廓大鏡 ( かくだいきょう )、 顕微鏡 ( けんびきょう )、 塵除 ( ちりよ )け 目金 ( めがね )などの並んだ中に西洋人の 人形 ( にんぎょう )の首が一つ、目金をかけて 頬笑 ( ほほえ )んでいる。 その窓の前に 佇 ( たたず )んだ少年の 後姿 ( うしろすがた )。 ただし 斜 ( なな )めに後ろから見た上半身。 人形の首はおのずから人間の首に変ってしまう。 のみならずこう少年に話しかける。 お父さんを 見付 ( みつけ )るには目金をかけるのに限りますからね。 」 「僕の目は病気ではないよ。 」 14 [#「14」は縦中横] 斜めに見た 造花屋 ( ぞうかや )の飾り窓。 造花は皆竹籠だの、瀬戸物の鉢だのの中に開いている。 中でも一番大きいのは左にある 鬼百合 ( おにゆり )の花。 飾り窓の板 硝子 ( ガラス )は少年の上半身を映しはじめる。 何か幽霊のようにぼんやりと。 15 [#「15」は縦中横] 飾り窓の板硝子越しに造花を隔てた少年の上半身。 少年は板硝子に手を当てている。 そのうちに息の当るせいか、顔だけぼんやりと曇ってしまう。 16 [#「16」は縦中横] 飾り窓の中の鬼百合の花。 ただし後ろは暗である。 鬼百合の花の下に垂れている 莟 ( つぼみ )もいつか次第に開きはじめる。 17 [#「17」は縦中横] 「わたしの美しさを御覧なさい。 」 「だってお前は造花じゃないか?」 18 [#「18」は縦中横] 角 ( かど )から見た煙草屋の飾り窓。 巻煙草の 缶 ( かん )、葉巻の箱、パイプなどの並んだ中に斜めに 札 ( ふだ )が一枚懸っている。 」 徐 ( おもむ )ろにパイプから立ち 昇 ( のぼ )る煙。 19 [#「19」は縦中横] 煙の満ち充ちた飾り窓の 正面 ( しょうめん )。 少年はこの右に 佇 ( たたず )んでいる。 ただしこれも膝の上まで。 煙の中にはぼんやりと城が三つ浮かびはじめる。 城は Three Castles の商標を立体にしたものに近い。 20 [#「20」は縦中横] それ等の城の一つ。 この城の門には兵卒が一人銃を持って佇んでいる。 そのまた 鉄格子 ( てつごうし )の門の向うには 棕櫚 ( しゅろ )が何本もそよいでいる。 21 [#「21」は縦中横] この城の門の上。 そこには横にいつの 間 ( ま )にかこう云う文句が浮かび始める。 」 22 [#「22」は縦中横] こちらへ歩いて来る少年の姿。 前の煙草屋の飾り窓は斜めに少年の後ろに立っている。 少年はちょっとふり返って見た 後 ( のち )、さっさとまた歩いて行ってしまう。 23 [#「23」は縦中横] 吊 ( つ )り 鐘 ( がね )だけ見える 鐘楼 ( しゅろう )の内部。 撞木 ( しゅもく )は誰かの手に綱を引かれ、 徐 ( おもむ )ろに鐘を鳴らしはじめる。 24 [#「24」は縦中横] 斜めに見た 射撃屋 ( しゃげきや )の店。 的 ( まと )は後ろに巻煙草の箱を積み、前に 博多人形 ( はかたにんぎょう )を並べている。 手前に並んだ空気銃の一列。 人形の一つはドレッスをつけ、扇を持った西洋人の女である。 少年は 怯 ( お )ず 怯 ( お )ずこの店にはいり、空気銃を一つとり上げて全然 無分別 ( むふんべつ )に 的 ( まと )を 狙 ( ねら )う。 射撃屋の店には誰もいない。 少年の姿は膝の上まで。 25 [#「25」は縦中横] 西洋人の女の人形。 人形は静かに扇をひろげ、すっかり顔を隠してしまう。 それからこの人形に 中 ( あた )るコルクの 弾丸 ( たま )。 人形は勿論 仰向 ( あおむ )けに倒れる。 人形の後ろにも暗のあるばかり。 26 [#「26」は縦中横] 前の射撃屋の店。 少年はまた空気銃をとり上げ、今度は熱心に 的 ( まと )を狙う。 少年は 渋 ( し )ぶ 渋 ( し )ぶ銀貨を出し、店の外へ行ってしまう。 27 [#「27」は縦中横] 始めはただ薄暗い中に四角いものの見えるばかり。 その中にこの四角いものは突然電燈をともしたと見え、横にこう云う字を浮かび 上 ( あが )らせる。 上のは黒い中に白、下のは黒い中に赤である。 28 [#「28」は縦中横] 劇場の裏の上部。 火のともった窓が一つ見える。 まっ 直 ( すぐ )に 雨樋 ( あまどい )をおろした壁にはいろいろのポスタアの 剥 ( は )がれた 痕 ( あと )。 29 [#「29」は縦中横] この劇場の裏の 下部 ( かぶ )。 少年はそこに 佇 ( たたず )んだまま、しばらくはどちらへも 行 ( ゆ )こうとしない。 それから高い窓を見上げる。 が、窓には誰も見えない。 ただ 逞 ( たくま )しいブルテリアが一匹、少年の足もとを通って行く。 少年の 匂 ( におい )を 嗅 ( か )いで見ながら。 30 [#「30」は縦中横] 同じ劇場の裏の上部。 火のともった窓には踊り子が一人現れ、冷淡に目の下の往来を眺める。 この姿は 勿論 ( もちろん )逆光線のために顔などははっきりとわからない。 が、いつか少年に似た、 可憐 ( かれん )な顔を現してしまう。 踊り子は静かに窓をあけ、小さい 花束 ( はなたば )を下に投げる。 31 [#「31」は縦中横] 往来に立った少年の足もと。 小さい花束が一つ落ちて来る。 少年の手はこれを拾う。 花束は往来を離れるが早いか、いつか 茨 ( いばら )の束に変っている。 32 [#「32」は縦中横] 黒い一枚の 掲示板 ( けいじばん )。 掲示板は「北の風、晴」と云う字をチョオクに現している。 が、それはぼんやりとなり、「南の風強かるべし。 雨模様」と云う字に変ってしまう。 33 [#「33」は縦中横] 斜 ( ななめ )に見た 標札屋 ( ひょうさつや )の 露店 ( ろてん )、 天幕 ( てんと )の下に並んだ見本は 徳川家康 ( とくがわいえやす )、 二宮尊徳 ( にのみやそんとく )、 渡辺崋山 ( わたなべかざん )、 近藤勇 ( こんどういさみ )、 近松門左衛門 ( ちかまつもんざえもん )などの名を並べている。 こう云う名前もいつの 間 ( ま )にか有り来りの名前に変ってしまう。 のみならずそれ等の標札の向うにかすかに浮んで来る 南瓜畠 ( かぼちゃばたけ )…… 34 [#「34」は縦中横] 池の向うに並んだ何軒かの映画館。 池には勿論電燈の影が幾つともなしに映っている。 池の左に立った少年の 上半身 ( じょうはんしん )。 少年の帽は 咄嗟 ( とっさ )の 間 ( あいだ )に風のために池へ飛んでしまう。 少年はいろいろあせった 後 ( のち )、こちらを向いて歩きはじめる。 ほとんど絶望に近い表情。 35 [#「35」は縦中横] カッフェの飾り窓。 砂糖の塔、 生菓子 ( なまがし )、 麦藁 ( むぎわら )のパイプを入れた 曹達水 ( ソオダすい )のコップなどの向うに人かげが幾つも動いている。 少年はこの飾り窓の前へ通りかかり、飾り窓の左に足を止めてしまう。 少年の姿は膝の上まで。 36 [#「36」は縦中横] このカッフェの外部。 夫婦らしい中年の 男女 ( なんにょ )が二人 硝子 ( ガラス )戸の中へはいって行く。 女はマントルを着た子供を 抱 ( だ )いている。 そのうちにカッフェはおのずからまわり、コック部屋の裏を現わしてしまう。 コック部屋の裏には 煙突 ( えんとつ )が一本。 そこにはまた労働者が二人せっせとシャベルを動かしている。 カンテラを一つともしたまま。 …… 37 [#「37」は縦中横] テエブルの前の子供 椅子 ( いす )の上に上半身を見せた前の子供。 子供はにこにこ笑いながら、首を振ったり手を挙げたりしている。 子供の後ろには何も見えない。 そこへいつか 薔薇 ( ばら )の花が一つずつ静かに落ちはじめる。 38 [#「38」は縦中横] 斜めに見える自動計算器。 計算器の前には手が二つしきりなしに動いている。 勿論女の手に違いない。 それから絶えず開かれる 抽斗 ( ひきだし )。 抽斗の中は 銭 ( ぜに )ばかりである。 39 [#「39」は縦中横] 前のカッフェの飾り窓。 少年の姿も変りはない。 しばらくの 後 ( のち )、少年は 徐 ( おもむ )ろに振り返り、 足早 ( あしばや )にこちらへ歩いて来る。 が、顔ばかりになった時、ちょっと立ちどまって何かを見る。 多少驚きに近い表情。 40 [#「40」は縦中横] 人だかりのまん中に立った 糶 ( せ )り 商人 ( あきゅうど )。 彼は 呉服 ( ごふく )ものをひろげた中に立ち、一本の帯をふりながら、熱心に人だかりに呼びかけている。 41 [#「41」は縦中横] 彼の手に持った一本の帯。 帯は前後左右に振られながら、片はしを二三尺現している。 帯の模様は 廓大 ( かくだい )した 雪片 ( せっぺん )。 雪片は次第にまわりながら、くるくる帯の外へも落ちはじめる。 42 [#「42」は縦中横] メリヤス屋の 露店 ( ろてん )。 シャツやズボン下を 吊 ( つ )った下に 婆 ( ばあ )さんが一人 行火 ( あんか )に当っている。 婆さんの前にもメリヤス類。 毛糸の編みものも 交 ( まじ )っていないことはない。 行火の 裾 ( すそ )には黒猫が一匹時々前足を 嘗 ( な )めている。 43 [#「43」は縦中横] 行火の裾に坐っている黒猫。 左に少年の 下半身 ( かはんしん )も見える。 黒猫も始めは変りはない。 しかしいつか頭の上に 流蘇 ( ふさ )の長いトルコ帽をかぶっている。 44 [#「44」は縦中横] 「坊ちゃん、スウェエタアを一つお買いなさい。 」 「僕は帽子さえ買えないんだよ。 」 45 [#「45」は縦中横] メリヤス屋の露店を後ろにした、疲れたらしい少年の 上半身 ( じょうはんしん )。 少年は涙を流しはじめる。 が、やっと気をとり直し、高い空を見上げながら、もう一度こちらへ歩きはじめる。 46 [#「46」は縦中横] かすかに星のかがやいた夕空。 そこへ大きい顔が一つおのずからぼんやりと浮かんで来る。 顔は少年の父親らしい。 愛情はこもっているものの、何か無限にもの悲しい表情。 しかしこの顔もしばらくの 後 ( のち )、霧のようにどこかへ消えてしまう。 47 [#「47」は縦中横] 縦 ( たて )に見た往来。 少年はこちらへ 後 ( うし )ろを見せたまま、この往来を歩いて 行 ( ゆ )く。 往来は余り人通りはない。 少年の後ろから歩いて行く男。 この男はちょっと振り返り、マスクをかけた顔を見せる。 少年は一度も後ろを見ない。 48 [#「48」は縦中横] 斜めに見た 格子戸 ( こうしど )造りの家の外部。 家の前には 人力車 ( じんりきしゃ )が三台後ろ向きに止まっている。 人通りはやはり沢山ない。 角隠 ( つのかく )しをつけた 花嫁 ( はなよめ )が一人、何人かの人々と一しょに格子戸を出、静かに前の人力車に乗る。 人力車は三台とも人を乗せると、花嫁を先に走って行く。 そのあとから少年の後ろ姿。 格子戸の家の前に立った人々は勿論少年に目もやらない。 49 [#「49」は縦中横] 「XYZ会社特製品、迷い子、文芸的映画」と書いた長方形の板。 これもこの板を前後にしたサンドウィッチ・マンに変ってしまう。 サンドウィッチ・マンは年をとっているものの、どこか 仲店 ( なかみせ )を歩いていた、都会人らしい紳士に似ている。 後ろは前よりも人通りは多い、いろいろの店の並んだ往来。 少年はそこを通りかかり、サンドウィッチ・マンの 配 ( くば )っている広告を一枚貰って行く。 50 [#「50」は縦中横] 縦に見た前の往来。 松葉杖をついた 癈兵 ( はいへい )が一人ゆっくりと向うへ歩いて 行 ( ゆ )く。 癈兵はいつか 駝鳥 ( だちょう )に変っている。 が、しばらく歩いて行くうちにまた癈兵になってしまう。 横町 ( よこちょう )の 角 ( かど )にはポストが一つ。 51 [#「51」は縦中横] 「急げ。 いつ 何時 ( なんどき )死ぬかも知れない。 」 52 [#「52」は縦中横] 往来の 角 ( かど )に立っているポスト。 ポストはいつか透明になり、無数の手紙の折り重なった円筒の内部を現して見せる。 が、見る見る前のようにただのポストに変ってしまう。 ポストの後ろには暗のあるばかり。 53 [#「53」は縦中横] 斜めに見た 芸者屋町 ( げいしゃやまち )。 お座敷へ出る芸者が 二人 ( ふたり )ある 御神燈 ( ごしんとう )のともった 格子戸 ( こうしど )を出、静かにこちらへ歩いて来る。 どちらも 何 ( なん )の表情も見せない。 二人の芸者の通りすぎた 後 ( のち )、向うへ歩いて 行 ( ゆ )く少年の姿。 少年はちょっとふり返って見る。 前よりもさらに寂しい表情。 少年はだんだん小さくなって行く。 そこへ向うに立っていた、 背 ( せ )の低い 声色遣 ( こわいろつか )いが 一人 ( ひとり )やはりこちらへ歩いて来る。 彼の 目 ( ま )のあたりへ近づいたのを見ると、どこか少年に似ていないことはない。 54 [#「54」は縦中横] 大きい 針金 ( はりがね )の 環 ( わ )のまわりにぐるりと何本もぶら下げた かもじ。 かもじの中には「すき毛入り 前髪 ( まえがみ )立て」と書いた 札 ( ふだ )も下っている。 これ等の かもじはいつの 間 ( ま )にか理髪店の棒に変ってしまう。 棒の後ろにも暗のあるばかり。 55 [#「55」は縦中横] 理髪店の外部。 大きい窓 硝子 ( ガラス )の向うには 男女 ( なんにょ )が何人も動いている。 少年はそこへ通りかかり、ちょっと内部を 覗 ( のぞ )いて見る。 56 [#「56」は縦中横] 頭を 刈 ( か )っている男の横顔。 これもしばらくたった後、大きい針金の 環 ( わ )にぶら下げた何本かの かもじに変ってしまう。 かもじの中に下った 札 ( ふだ )が一枚。 札には今度は「入れ毛」と書いてある。 57 [#「57」は縦中横] セセッション風に出来上った病院。 少年はこちらから歩み寄り、石の階段を登って 行 ( ゆ )く、しかし戸の中へはいったと思うと、すぐにまた階段を 下 ( くだ )って来る。 少年の左へ行った 後 ( のち )、病院は静かにこちらへ近づき、とうとう玄関だけになってしまう。 その 硝子戸 ( ガラスど )を押しあけて外へ出て来る 看護婦 ( かんごふ )が一人。 看護婦は玄関に 佇 ( たたず )んだまま、何か遠いものを眺めている。 58 [#「58」は縦中横] 膝の上に組んだ看護婦の両手。 前になった左の手には婚約の指環が一つはまっている。 が、指環はおのずから急に下へ落ちてしまう。 59 [#「59」は縦中横] わずかに空を残したコンクリイトの塀。 これもおのずから 透明 ( とうめい )になり、 鉄格子 ( てつごうし )の中に 群 ( むらが )った何匹かの猿を現して見せる。 それからまた塀全体は 操 ( あやつ )り 人形 ( にんぎょう )の舞台に変ってしまう。 舞台はとにかく西洋じみた室内。 そこに西洋人の人形が一つ 怯 ( お )ず 怯 ( お )ずあたりを 窺 ( うかが )っている。 覆面 ( ふくめん )をかけているのを見ると、この室へ忍びこんだ 盗人 ( ぬすびと )らしい。 室の隅には金庫が一つ。 60 [#「60」は縦中横] 金庫をこじあけている西洋人の人形。 ただしこの人形の手足についた、細い糸も何本かははっきりと見える。 …… 61 [#「61」は縦中横] 斜めに見た前のコンクリイトの塀。 塀はもう何も現していない。 そこを通りすぎる少年の影。 そのあとから今度は背むしの影。 62 [#「62」は縦中横] 前から斜めに見おろした往来。 往来の上には落ち葉が一枚風に吹かれてまわっている。 そこへまた舞い 下 ( さが )って来る前よりも小さい落葉が一枚。 最後に雑誌の広告らしい紙も一枚 翻 ( ひるがえ )って来る。 紙は 生憎 ( あいにく )引き 裂 ( さ )かれているらしい。 が、はっきりと見えるのは「生活、正月号」と云う初号活字である。 63 [#「63」は縦中横] 大きい 常磐木 ( ときわぎ )の下にあるベンチ。 木々の向うに見えているのは前の池の一部らしい。 少年はそこへ歩み寄り、がっかりしたように腰をかける。 それから涙を 拭 ( ぬぐ )いはじめる。 すると前の背むしが一人やはりベンチへ来て腰をかける。 時々風に 揺 ( ゆ )れる 後 ( うし )ろの常磐木。 少年はふと背むしを見つめる。 が、背むしはふり返りもしない。 のみならず 懐 ( ふところ )から焼き芋を出し、がつがつしているように食いはじめる。 64 [#「64」は縦中横] 焼き 芋 ( いも )を食っている背むしの顔。 65 [#「65」は縦中横] 前の 常磐木 ( ときわぎ )のかげにあるベンチ。 背むしはやはり焼き芋を食っている。 少年はやっと立ち上り、頭を垂れてどこかへ歩いて 行 ( ゆ )く。 66 [#「66」は縦中横] 斜めに上から見おろしたベンチ。 板を透かしたベンチの上には 蟇口 ( がまぐち )が一つ残っている。 すると誰かの手が一つそっとその蟇口をとり上げてしまう。 67 [#「67」は縦中横] 前の常磐木のかげにあるベンチ。 ただし今度は斜めになっている。 ベンチの上には背むしが一人蟇口の中を 検 ( しら )べている。 そのうちにいつか背むしの左右に背むしが何人も現れはじめ、とうとうしまいにはベンチの上は背むしばかりになってしまう。 しかも彼等は同じようにそれぞれ皆熱心に蟇口の中を検べている。 互に何か話し合いながら。 68 [#「68」は縦中横] 写真屋の飾り窓。 男女 ( なんにょ )の写真が何枚もそれぞれ 額縁 ( がくぶち )にはいって 懸 ( かか )っている。 が、それ等の男女の顔もいつか老人に変ってしまう。 しかしその中にたった一枚、フロック・コオトに勲章をつけた、 顋髭 ( あごひげ )のある老人の半身だけは変らない。 ただその顔はいつの 間 ( ま )にか前の背むしの顔になっている。 69 [#「69」は縦中横] 横から見た 観音堂 ( かんのんどう )。 少年はその下を歩いて 行 ( ゆ )く。 観音堂の上には 三日月 ( みかづき )が一つ。 70 [#「70」は縦中横] 観音堂の正面の一部。 ただし 扉 ( とびら )はしまっている。 その前に 礼拝 ( らいはい )している何人かの人々。 少年はそこへ歩みより、こちらへ後ろを見せたまま、ちょっと観音堂を仰いで見る。 それから突然こちらを向き、さっさと斜めに歩いて行ってしまう。 71 [#「71」は縦中横] 斜めに上から見おろした、大きい長方形の 手水鉢 ( ちょうずばち )。 柄杓 ( ひしゃく )が何本も浮かんだ水には 火 ( ほ )かげもちらちら映っている。 そこへまた映って来る、 憔悴 ( しょうすい )し切った少年の顔。 72 [#「72」は縦中横] 大きい 石燈籠 ( いしどうろう )の下部。 少年はそこに腰をおろし、両手に顔を隠して泣きはじめる。 73 [#「73」は縦中横] 前の石燈籠の下部の後ろ。 男が一人 佇 ( たたず )んだまま、何かに耳を傾けている。 74 [#「74」は縦中横] この男の上半身。 もっとも顔だけはこちらを向いていない。 が、静かに振り返ったのを見ると、マスクをかけた前の男である。 のみならずその顔もしばらくの 後 ( のち )、少年の父親に変ってしまう。 75 [#「75」は縦中横] 前の石燈籠の上部。 石燈籠は柱を残したまま、おのずから 炎 ( ほのお )になって燃え上ってしまう。 炎の 下火 ( したび )になった 後 ( のち )、そこに開き始める菊の花が一輪。 菊の花は石燈籠の笠よりも大きい。 76 [#「76」は縦中横] 前の石燈籠の下部。 少年は前と変りはない。 そこへ帽を 目深 ( まぶか )にかぶった 巡査 ( じゅんさ )が一人歩みより、少年の肩へ手をかける。 少年は驚いて立ち上り、何か巡査と話をする。 それから巡査に手を引かれたまま、静かに向うへ歩いて 行 ( ゆ )く。 77 [#「77」は縦中横] 前の石燈籠の下部の後ろ。 今度はもう誰もいない。 78 [#「78」は縦中横] 前の 仁王門 ( におうもん )の 大提灯 ( おおじょうちん )。 大提灯は次第に上へあがり、前のように 仲店 ( なかみせ )を見渡すようになる。 ただし大提灯の下部だけは消え 失 ( う )せない。

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希望山脈 (Instrumental)_渡り廊下走り队_高音质在线试听_希望山脈 (Instrumental)歌词

つまずいて立ち止まった 下ばかり向いて

「……ゲッカ、武器は?」 「んー?置いてきたよ?」 「…テントの中に?」 「もちろん!」 「忘れそう……」 炊事場でティオナが豪快な料理を作っている間。 やっと追い付いたゲッカはアイズとの会話を揺れながらしていた。 どうも最近は、武器にばっかり聞いてくるアイズに首をかしげながら、忘れないよー!と反論する。 「流石に『下剋上』を忘れたら、もう帰れないよぅ…」 彼女の武器の名は、『下剋上』。 特注品 オーダーメイド であり、そして不壊属性 デュランダル が着いた大きな刃物。 その形状は、強いて言うなら両刃の日本刀。 反りが小さく、刀身には細かい傷のような切れ込みが入っている。 その傷は、空気を掴み形状を一定にし、見えない鎌を作り出す。 「……かまいたち、だっけ…?」 「アイズお姉ちゃんなら、【風 エアリアル 】で作れるんじゃない?」 『下剋上』を扱うには特殊な技術が必要となるが、風を使うアイズには問題ないだろう。 遠距離攻撃が彼女に増えたら、怖いな、なんて思いながら言葉をのべる。 「風で刃を作るんだったら、やってるじゃん。 できるよ、きっと!」 ティオネの怒りが噴火した所で、話を切ってレフィーヤを見る。 自分より後から入ってきた姉は、良い匂いを漂わせていた。 「できましたっ!『ダンジョン産野草のクリームシチュー、四色ハーブ幸せ盛り』です!!」 「「「「おおーー!!」」」」 「この料理はですね、_____」 塩分がどうとか、種族がどうとか聞こえた時点でゲッカは思考を停止させた。 隣のアイズが反応したのを聞いて、すごいね、とだけ言うものの実際は聞いてすらいない。 やったー、と舞うレフィーヤが、足元の石につまずいて、転倒。 同時にお皿もひっくり返してしまい、シチューは地面へと吸い込まれていく。 「うわー、全部こぼれちゃってるよ」 「どうにもならないわね」 「うう………」 落ち込むレフィーヤにアイズが近付いていく。 そっと手を伸ばし、ぎこちなく頭を撫でると、はっと上を向いたレフィーヤに優しく声をかける。 「……大丈夫。 次は私の番だから」 「アイズさん………」 何やら感動した様子の後輩に首をかしげながら、アイズは調理台の前に立つ。 ……乾パンだけをまな板に乗せて。 包丁を二本逆手に持つと、腰を軽く落とし、戦闘体勢に。 「アイズさん、頑張って!」 「握りがナイフに成ってない?」 「食材なんて乾パンだけよ?」 「うぅん、大丈夫かなぁ……?」 目に見えない速さで包丁が振るわれる。 止まった時にあるのは五等分された乾パンのみ。 「……………! ドヤ 」 「アイズ、それは料理じゃない」 「………!?」 「でもでも!ちゃんと食べれますから!!」 「………!! ズイッ 」 「えっ、乾パンだけはちょっと…せめてスープも」 「…………!?!?」 「スミマセンスミマセン!!私がぜいたくでしたぁ!!」 そんな中、アイズの、持つ皿に近付く者が一人。 「いただきまーす!!」 ゲッカが乾パンを一切れ掴み口へ運ぶ。 モグモグと口を動かしながら、小動物のように頬を膨らませる姿は愛らしい。 「ふふっ」 「じゃあ優勝はあったしー!!」 自然とティオネの口から漏れた笑いに、ティオナが宣言を被せる。 パチパチとなるまばらな拍手を身に受けて、ティオナは手に持った皿をアイズの前に差し出した。 「じゃあこれはアイズが食べて!」 「私……?」 「うん!今日レフィーヤのこともひ皆のことも、助けてくれたでしょ?けど、さ……」 一瞬で天真爛漫な笑顔が曇り、何処か悲しそうな表情になる。 「なんであんな無茶したの?みんなを守って、壁を維持するだけでよかった。 フォモールの中に飛び込む必要なんてなかった。 あたしも大概だけどさ……アイズはもっと危なっかしいよ」 親友からでた予想外の言葉に、小さく目を瞬かせると、下を向いて小さく謝った。 「……ごめん、ティオナ。 だけど私はもっと強くなりたい。 だから……ごめん」 それは、命を投げ出すのをやめられない、という宣誓。 立ち止まったりは出来ない。 そう伝えるアイズに、ティオナの優しい声が降ってくる。 「………アイズ、私だって強くなりたいよ」 「そうね。 私も現状で満足したつもりはないんだけど?」 「わっ……私も早く足手まとい卒業したいですっ!」 「だからさ」 目を見開いたアイズの手に、自分の手を重ねて言う。 「一緒に強くなろう、親友っ!」 その言葉に、優しい笑みが浮かんでくる。 「……うんっ!」 人形、とまで言われる感情の乏しい顔に浮かぶ、極上の笑顔。 驚いた表情を見せると、ティオナは飛び付き、ティオネは愛しい人が見てないか焦り、レフィーヤはもう一度、とせがむ。 途中から出てきたベートにティオナがムッツリ狼、と言えばいつもの口論が始まる。 それを上から眺める三人は、ほっとしたように笑った。 「僕らの出る幕はなかったね」 「騒々しいものばかりじゃ、くよくよさせてもくれんじゃろ」 「………そうだな」 母は話の中心で笑う少女を見て、嬉しそうに笑みを深めた。 「良き仲間に巡り会えたな……アイズ」 「………………」 目の前で騒ぐ兄姉を優しく、寂しそうな姿で見る妹が一人。 「私は、一緒に強くなれないよ………」 悲しそうに、声を染めた呟きは 喧騒に掻き消されて行く。 ____早く強くなりすぎたせいで。 皆と一緒に歩けない。 ____後ろを見なかったせいで。 もう近くには、誰もいない____.

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