ペスト 小説。 【ペスト カミュ】登場人物・相関図 「ネタバレはナシなので,ご安心を」

ペスト (新潮文庫)

ペスト 小説

カミュ「 」は、1940年代にペストが流行したという設定の物語です。 出版年は1947年(作者34才の若さ! 名著ですが、文学的な言い回しも多く難解で読み進めるのに苦労したので、このブログで分かりやすいよう内容を要約しまとめしました。 後半は結末までのネタバレも含みます。 また、元々のページ数が多い作品なのでまとめた文章も多少長いものになっています。 以下では疫病の流行の段階に分けあらすじをまとめています。 (読みやすいよう独自に分けました) アルジェリアは物語当時はフランスの植民地です。 初期 ベルナール・リウーはアルジェリアの第二の都市オランに暮らす30代半ばの医師です。 1940年代のある年の4月半ば、彼の妻は病の転地療養のため家を離れます。 同じ時期、リウーは自宅周辺や街中で鼠のなきがらを目にするようになり、その後10日あまりでおびただしい数が街に溢れた。 またその頃から、リウーは不可解な症状で命を落とす患者に遭遇するようになり、その数はわずか数日で累増、看過できない人数になった。 各医師が把握する患者数は少なく、この時はまだ市民の間で疫病の流行は認識されていなかった。 (ペストは近世まで流行した伝染病) 翌日、リウーは県庁に保健委員会を招集してもらい、そこではじめて市長や医師の間でペスト発生が共通認識として持たれた。 (市長やメンバーはペストと認識することを渋っていた)翌日の新聞での扱いは小さく、県庁も目立たない所に張り紙をする位の注意喚起だった。 その日リウーに感染者数を報告しに来たグラン(リウーの昔の患者で市役所職員の初老男性)は、自傷騒ぎを起こした隣人で密売人のコタールの変化(急に社交的になった)を話した。 取り寄せ中の血清はリウーの元にまだ到着していなかった。 彼はその日、自分が恐怖に取りつかれていることを認識した。 人の温かさに触れたいと思いカフェに二度も入った。 感染拡大 翌日の診療は、忙しい往診の中、患者の家族と話し合ったり患者自身と言い争ったりすることで日が過ぎた。 リウーは自分の職業をこれほど重苦しいと感じたことはなかった。 (従来なら患者は治療に身をゆだねていたが、疫病の流行で警戒心が増していた) 市が用意した特別病室は、他の患者たちを移転させた分館病棟2つで、窓を密閉し隔離の遮断線を設けた程度のもので、公式発表もまだ楽観的だった。 リウーは病床不足や埋葬の警戒不足など懸念し、オラン医師会の会長リシャールに、徹底的な措置を取った方がいいと電話したが、自分には権限がないという返事だった。 3日後、80床の病床が満杯になった。 その後4日間犠牲者数は増え続け、幼稚園内に病床を開設することが報じられた。 不安を冗談に紛らわしてきた市民たちもひっそりとしてきたように思われた。 リウーは思い切って知事に電話し事態の深刻さを伝えたが、知事は総督府の命令を仰ぐと言った。 リウーは電話を切った後「命令待つんではなく頭働かせる時だ」とそばに居たカステル医師に言った。 知事は 本人いわく 翌日から措置の強化をすることにした(申告の義務制と隔離、患者が出た家の消毒や埋葬を市が営むなど) 翌日飛行便で血清が到着したが、もし疫病がまん延するのであれば数が不十分だった。 (救急用はストックが切れ今新たに製造に着手している状態) その間の街の様子はいつもと変わらず、ペストの患者数はいったん減り衰退したかのように思われた。 しかし突然犠牲者数が激増した。 (犠牲者の数が再び30台に達した) その日知事は、市の閉鎖を宣言した。 都市封鎖 都市封鎖 市門が閉鎖され、この時からこのことが全ての人の事件となった。 家族や愛する人と離れてしまった人は大切な人に思いを馳せ、県庁には自分だけ特別に都市の外に出ることを望む人が押し寄せたが、例外はなかった。 手紙は疫病の媒介となるのを防ぐため禁止、電話も緊急の場合のみに制限、電報だけが通信手段となった。 人々はあてもない散歩で過去を追憶、流通も止まり港の活気は消えてしまった。 人々はまだ疫病を真実には認めておらず、はじめは施政当局に罪を着せ、新聞には措置の緩和を考慮できないかという批判記事が載った。 すると知事はメディアに日々の犠牲者数を通達するようになり、ペストの第六週には犠牲者が345人まで増加したことが確認された。 しかし人々はまだ一時的なものという印象を持っていた。 しかし5月の終わりに食料補給が制限され、ガソリンは割り当て制に、電気代の節約も規定された。 贅沢品の店は次々に閉じ、開いている商店には行列ができた。 やる事のなくなった人が街やカフェに溢れ、アルコールで伝染病が防止できるのではと酔っ払いが街に溢れた。 また、コタールが疫病に関するさまざまな噂を話題にした。 (例えば、ペストの兆候を示した男が錯乱状態の中戸外に飛び出し、「俺はペストにかかった」とわめきながら通行人の女性に抱きついた、等) 市門閉鎖から3週間後、新聞記者の若い男・ランベールが医師リウーを訪れた。 (彼はかつてリウーに取材をしていて面識があった)恋人をパリに残していて何とか出国したいので、自分が罹患していない証明書を書いて欲しいと頼んだ。 リウーが断ると。 ランベールは「あなたには気持ちの通じ合っている二人が引き離されることがどんなものなのか分からないんだ」「あなたの言っているのは理性の言葉だ」と苛立った。 更なる感染者増加・リウーの戦い リウーが任されている分院 3つになっていた では週平均患者数が500に達し、運営は容易ではなかった。 帰宅して手が震えていることもあった。 彼は体が強く健康だったが、往診などは堪えがたいものになってきていた。 家族は患者を引き渡すことに抵抗し大変だったが、そのうち監察員が同行するようになり、医師は1人の患者からすぐ次へ回れるようになった。 往診では患者の家族の嘆きと涙にあい、それが幾週も続きリウーは同情にも疲れてしまっていた。 しかしその心の扉が閉ざされていくことが、唯一の慰めになっていた(毎回辛さを感じていたらとてもペストと戦い続けられないため)。 夜中二時に帰宅する彼を迎える母はそのことを悲しんだ(母は妻が不在の間めんどうを見るため家に来ていた) 教会では著名な神父パヌルーがペストの集団祈祷を主宰し、多くの市民が参加した。 (私達の罪により神から報いが与えられたという論調) 6月も終わりになり、夏が来ていた。 犠牲者は週700名と上昇し街は消沈した雰囲気で、全ての扉は閉じられ、いくつかの家からうめき声が聞こえた。 憲兵は騒動を収めるため武器の使用を許され町は不穏な空気で、夏は疫病を助長するだろうと皆が恐れていた。 海も禁止され夏を楽しむ雰囲気はなかった。 その頃から犠牲者数が週ではなく日で知らされるようになり(見せかけの数字を少なく見せるためと思われる)、感染防止するからとハッカドロップが売り切れになるなどした。 パリから届いた新しい血清は初めのものより効力がない様子で、統計は上昇し予防接種を行える可能性は相変わらず得られていなかった。 また肺臓性のペストもみられはじめていた。 保健隊の結成 その頃、リウーと顔見知りのタルーが、志願の保健隊を組織をリウーに提案した。 (タルー:疫病流行の少し前にオランに来た若い男で素性は謎。 新聞記者のランベールと同じホテルに滞在している)リウーは彼に兄弟のような親しみを感じ、心の内(職務に対する思いや神についての考え)を話した。 医師カステルは血清の製造に尽力した。 また、保健隊が実現し市職員のグランが幹事役的な立場を引き受けた。 (保健隊は、地区の衛生状態を高める活動や往診の手助け、専門職員がいない場合患者や犠牲者の車の運転などを行った) グランは仕事後の時間、活動の統計作業を行い、時々リウーやタルーに趣味の小説の執筆について話し、それがリウーらにとっても息抜きになった。 タルーはパヌルー神父も保健隊に誘い了承を得た。 一方、新聞記者のランベールはつてを頼り必死に出国手段を模索した。 しかしその間、ある意味彼女のことを忘れていたことに気づいた。 ある日リウーはタルーとランベールとの会話の中で、「ペストと戦う唯一の方法は誠実さ」「自分にとっては職務を果たすこと」と話した。 ランベールはその時初めて、彼の妻が離れた療養所にいることをタルーから聞き驚き、町にいる間保健隊で働くことを申し出た。 病疫の絶頂 8月半ばには町をペストが覆いつくした。 同時期、喪失と不幸で半狂乱になった人による火事が頻繁に起きた。 罪を犯すと刑罰を受けるが牢獄ではペストが猛威をふるっていた。 また略奪も発生した。 葬式は簡略化された。 葬るための作業には人員が必要だったが、多数の失業者が出ていたので人手不足にはならなかった。 愛する人との別れに苦しんでいた人々は、この頃には懐かしがる記憶も失った。 また人々は何も選り好みしなくなっていた。 (例えば自分の買う衣服や食料の質など) 5. 足踏み 足踏み 10月まで足踏みが続いた。 リウーと仲間たちはかなり疲労が増していた。 誰かが統計の結果を報告しても、他の人は興味を持つ振りはするが上の空だったり、虚弱なグランはしょっちゅう疲れ切った状態で、突然しんみりして別れた妻の話をし、リウーはそれに対し妻の病状の悪化を話した。 タルーは滞在していたホテルが隔離所に改造された為、リウーの家に住み込んでいた。 カステル医師は血清の準備による疲弊で気づくと眠り込んでいて、その老衰ぶりにリウーは辛さを感じた。 (そのようにリウーも理性がきかなくなっていた) みな疲労困憊で投げやりになっていて、自分達が定めた衛生規則もなおざりになっていた。 (自分自身に行うべき数多くの消毒を忘れるなど)そんな中グランの隣人コタールだけは憔悴した様子もなく、タルーは彼に興味を持っていた。 (コタールは罪をか抱えていたため、今の状況を快適に思っていた)彼ら2人は週一回だけ行われていたオペラを観に行ったが、劇中で主役が疫病で倒れた。 ランベールは待ち望んだ出国のチャンスを得たが、町に残ることを選んだ。 10月下旬、罹患した判事オトン氏の息子に、カステル医師の血清が試された。 その場にいたパヌルー神父は祈った。 しかし苦しみが長引いただけで命を落とした。 リウーは小さな子供の苦しむ姿に耐えられず庭に出た。 引き止めたパヌルーに対し、リウーは「あの子だけは少なくとも罪のない者でした、あなたもそれをご存じのはずです!」と激しくたたきつけるように言った。 パヌルーはリウーの憤りを理解しながらも、「おそらく我々は、私たちに理解できないことを愛さねばならないのです」と言った。 リウーは強く反論、その後怒ったことを詫びた。 保健隊に入ってから、パヌルー神父はつねに疫病に接する最前線で働いた。 (医療従事者は原則的には血清により安全を保証されていた)パヌルーは一見平静を保っていたが、少年が亡くなる場に長々と居た日から、増大する緊張の色が顔に現れていた。 パヌルーは、今度のミサの説教で自分の見解を述べるのでリウーにも来て欲しいと声を掛けた。 神父は2回目の説教をある大風の日に行った。 その後パヌルーは疫病と思われる症状が出て、医者を呼ぶことを拒み世を去った。 しかしみな再反転も警戒していた。 県庁が医師を集めこの問題について意見を求めようとしていたその時、医師会の会長リシャールも疫病に命を落とした。 公共的な建物はほぼ全て病院か検疫所に改造されている状態ではあったが、リウーが予め計画を立てておいた組織はそれで追いつかなくなるほどには至らなかった。 肺ペストが増えていたが、腺ペストが減り均衡を保っていた。 しかし必需品の物価がつり上がり、貧しい家庭が苦しい一方、裕福な家庭はほとんど不自由することはなかった。 また隔離収容所の存在も市民の精神に重くのしかかっていた。 11月の終わりのある日の夜10時頃、くたくたになるような一日の後、リウーは以前からの喘息持ちの患者の爺さんを往診、眺めがいいという2階のテラスに、 往診について来たタルーと一緒に上がらせてもらった。 外の空気を味わいながら、タルーはリウーに自分のことを話した。 (17才の時、次席検事の父が極刑で人を裁く姿を見て以来父を嫌いになり、家を出て貧乏も経験し社会運動にも参加したが、この社会に生きていることで間接的ながら自分も加害者側に立っているという思いに苦しんできた) そして、人を裁き極刑を与える人間になることを、ペストに感染することに比喩し、自分は直接でも間接でも人を死なせたり死なせることを正当化するいっさいのものを拒否しようと決心した、自分は以前からペストに苦しめられていた、と話した。 12月もペストの流行は続いていた。 人々はもう未来というもののない生活をしていた。 病の形態が肺ペストになり、患者たちは当初の頃のような狂乱に陥ることはなくある程度治療に協力的になり、リウーは前ほど孤独な気がしなかった。 ランベールは離れた恋人と文通するルートを得ていて、リウーもそのルートを使うよう勧めた。 リウーは妻にはじめて手紙を書いたが、言葉づかいなど忘れてしまっていて書くのに時間がかかった。 クリスマスの時期になり、市役所職員のグランがペストを発症した。 リウーは看病しながらも今晩中持たないと思っていた。 ところが翌朝グランの症状は改善していて、一命をとりとめた。 同時期、同じような例が4つくらい出ていた。 そして喘息持ちの爺さんが「鼠が走り回っているのを見た」とリウーに話した。 統計の感染者数は下降していた。 収束・結末 疫病の勢いの衰えに市民たちはすぐは喜ばず、解放は今日明日ではないと感じていた。 しかし想定されるより早く疫病は衰退していった。 1月上旬から寒い日が続き、3週間の間患者数は下降した。 犠牲が増えたと思ったら別の日にはほとんど助かったり、血清も連続的に効果をあげた。 この日の晩は市中に浮き浮きした興奮がみなぎった。 そんな中コタールだけは不機嫌さや意気消沈を見せ、以前のように部屋に引きこもったり、ついには行方をくらました。 しかし開門まであと数日の時、タルーが熱を出しペストにかかってしまった。 タルーは2,3日ペストと戦ったが、命を落とした。 リウーは、「友情をともにする間もなくタルーは戦いに負けてしまったが、自分は何をかちえたのか?」と考えた。 それは、ペストや、友情や愛情を知り、それを思い出すということだった。 タルーが苦しむ心の真実は分からなかったが、リウーには彼の面影が心に残った。 そして朝がた、妻が8日前に亡くなったという電報を平静に迎えた。 二月に入りとうとう市門が開かれた。 盛大な祝賀行事が昼夜開催され、汽車や港が動き始めた。 ランベールはオランにやって来た恋人と再会し抱き合った。 (ペストが長すぎて恋人に強く会いたいという気持ちは消えてしまっていて、できればあの時の自分に戻りたい、と思っていた)コタールは激しい抵抗の末、警察に捕まった。 リウーはいつもの喘息もちの爺さんを往診し、遠くで歓呼の叫びが聞こえたのでテラスに上がらせてもらい景色を眺めた。 暗い港から公式の祝賀の花火が上がった。 リウーは、自分が愛した人、死んだ者も罪人も忘れられ、人々は相変わらず同じようだ、そして自分が彼らと同じ側の人間なのだと感じた。 リウーはこの時、ここで終わりを告げる物語を書こうと決心した。 1913年生まれ。 フランス人入植者である父は幼少期に戦争で他界、貧しい中苦労して育つ。 様々な職を経た後新聞記者として活躍、戦争も経験、第一作の「異邦人」で注目を集める。 史上二番目の44才の若さでノーベル文学賞を受賞。 タレントのセインカミュさんはアルベール・カミュの兄の孫にあたるそうです。 また、カミュの作品はいずれも「不条理」がテーマと言われています。 また作品の背景としては世界大戦も大きく影響していると思います。 アルジェリアについて 小説ペストの舞台・アルジェリアはアフリカ大陸の北に位置し、アフリカ内での面積第一位、人口4220万人の国です。 フランスとは地中海を挟んで向かいの位置で、約130年のフランス植民地時代を経て1962年にフランスから独立。 砂漠が国土の大半を占め、石油や天然ガスが主要産業です。 アルジェリアに旅行とかはほとんど聞かないので国のイメージがあまりないのですが、イチジクの産地のようです(小説の中で、無花果の木が街に植わっているというのが時々出てきたと思います)あとわたしは数年前のプラントの事件のイメージがあります。 オランの街の様子は(いつの時代の写真か分かりませんが)文庫本の表紙の感じなのだと思います。 (物語の中で、町は台地の上に建設されていて風が強い時は激しく吹き込むと書いてありました).

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名著77 カミュ「ペスト」:100分 de 名著

ペスト 小説

Twitterの「ペスト」に関するつぶやきを見て、販促を強化 『ペスト』は1940年代のアルジェリアを舞台に、致死率の高い感染症であるペストの流行による街の混乱と市民の戦いを描いている。 著者はフランスのノーベル文学賞作家であるアルベール・カミュだ。 名作として現在も読み継がれている作品で、累計発行部数は約90万部。 「2018年6月にNHKの教養番組『100分de名著』で紹介されたことで一時的に注目度が高まったが、基本的には年間3000~4000冊とコンスタントな売れ行き」と版元である新潮社営業部の河井嘉史氏は話す。 異変があったのは20年1月下旬。 売り上げデータの上位に突如ペストが食い込んだのだ。 きっかけはどこにあったのか。 河井氏はユーザーの動向を探るべく、Twitterの検索機能を使って「カミュ ペスト」に関するツイートを調べた。 すると、「武漢の状況を見ると、カミュの『ペスト』を思い出す」という内容のツイートがいくつも見つかった。 しかも、「特定のメディアのコメントのリツイートではなく、たくさんの一般の人が同様のツイートしていた」(河井氏)。 これだけ注目度が高まれば、まだこの小説に触れたことがない人でも読んでみたい思うはず。 そこで1月末に販促を強化したところ、全国の書店から注文が相次いだ。 2週間後の2月14日には在庫1年分の4000部を増刷。 3月2日にはさらに1万部を増刷した。 新型コロナウイルスの関連本はいまだ発売されず 丸善丸の内本店では2月上旬からペストの店頭在庫数を増やした。 「関連書籍として、感染症と人類の発展について触れたノンフィクション『銃・病原菌・鉄』を並べるなどして棚を展開し、POPをつけて目立たせている。 増刷が新聞で報じられたこともあり、売れるペースもどんどん上がってきている」と同店の友田健吾副店長は話す。 直近1週間で30冊も売れ、同店の文庫本ランキングでは4位に入っているという。 主な購入者は40~50代のビジネスパーソンだ。 店頭で伸びているのはペストだけではない。 同店では歴史書、実用書などで既刊のウイルス感染症を扱った本の売り上げも好調だという。 原因不明の肺炎が新型コロナウイルスと確認されてから約2カ月。 新型コロナウイルスに関する新刊がいまだに発売されていないこともあり、発売から70年以上たったペストも「関連書籍」として注目されているのだろう。 結末を知っているからこそ、読める また、「『ペスト』を読むことで先人の経験が学べるという思いがあるのではないか」と、新潮社の河井氏は分析する。 毎日のように新しい情報が報道されて世の中が不安な空気に包まれる中、作中の人物たちと自分を重ね合わせることで勇気をもらいたいと考える人も少なくないはずだ。 さらにペストは名作文学としてそのあらすじや結末も広く知られている上、未読の人でもネット上で簡単に調べることもできる。 「ネタバレ禁止」「予想もつかないラスト」という本であれば、これ以上不安になりたくないという気持ちが働いて、売れ行きはこれほどまでは伸びなかったかもしれない。 (画像提供/新潮社).

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「ペスト」カミュに学ぶ、不条理との向き合い方

ペスト 小説

発表されるや爆発的な熱狂をもって迎えられた、 『異邦人』に続くカミュの小説第二作。 アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。 ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。 外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。 通常というには少々けたはずれの事件なのに、起った場所がそれにふさわしくないというのが一般の意見である。 最初見た眼には、オランはなるほど通常の町であり、アルジェリア海岸におけるフランスの一県庁所在地以上の何ものでもない。 町それ自身、なんとしても、みすぼらしい町といわねばならぬ。 見たところただ平穏な町であり、地球上どこにでもある他の多くの商業都市と違っている点に気づくためには、多少の時日を要する。 本書「解説」より ペストに襲われ、外部とまったく遮断された一都市のなかで悪疫と戦う市民たちの記録という体裁をとったこの物語において、ペストの害毒はあらゆる種類の人生の悪の象徴として感じとられることができる。 死や病や苦痛など、人生の根源的な不条理をそれに置きかえてみることもできれば、人間内部の悪徳や弱さや、あるいは貧苦、戦争、全体主義などの政治悪の象徴をそこに見いだすこともできよう。 たしかにこの作品はそういうふうに書かれており、そしてなによりも、終ったばかりの戦争のなまなましい体験が、読者にとってこの象徴をほとんど象徴に感じさせないほどの迫力あるものにし、それがこの作品の大きな成功の理由となったことは疑いがない。 フランス人入植者の父が幼時に戦死、不自由な子供時代を送る。 高等中学 リセ の師の影響で文学に目覚める。 アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次大戦時は反戦記事を書き活躍。 またアマチュア劇団の活動に情熱を注ぐ。 1942年『異邦人』が絶賛され、『ペスト』『カリギュラ』等で地位を固めるが、1951年『反抗的人間』を巡りサルトルと論争し、次第に孤立。 以後、持病の肺病と闘いつつ、『転落』等を発表。 1957年ノーベル文学賞受賞。 1960年1月パリ近郊において交通事故で死亡。 宮崎嶺雄 1908-1980 東京生れ。 東京帝大心理学科中退。 岸田国士に師事、バルザック、サンド、メリメ、カミュ等、多くの仏文学を翻訳紹介。 1941年、フランス文学賞受賞。 戦後創元社編集長を務めた。 アルジェリア生れ。 フランス人入植者の父が幼時に戦死、不自由な子供時代を送る。 高等中学の師の影響で文学に目覚める。 アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次大戦時は反戦記事を書き活躍。 またアマチュア劇団の活動に情熱を注ぐ。 以後、持病の肺病と闘いつつ、『転落』等を発表。 東京生れ。 東京帝大心理学科中退。 岸田国士に師事、バルザック、サンド、メリメ、カミュ等、多くの仏文学を翻訳紹介。 戦後創元社編集長を務めた 本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです 『ペスト』は、『異邦人』に続いて刊行されたカミュ第二の小説です。 アルジェリアのオランの町にペストが流行し、閉鎖された町の中でもがく人々を描いた小説です。 この小説は、異なる主義主張や性格を持った登場人物たちが織り成す群像劇だといってよいです。 神に頼らず敗北者の側に立つリウー、理解するためにペストと戦うタルー、理念ではなく幸福を追求するランベール、ペストの渦中で上機嫌になっていくコタール…など、様々な登場人物の言行が静かに綴られています。 私は『ペスト』という題名を見て「町中がペストで大混乱になったり、人々がむごたらしく死んでいく様子を描いたパニック映画のようなお話なのかな?」と思って読み始めましたが、読んですぐにその予想は裏切られました。 カミュはペストに襲われた町の様子を、驚くほど淡々とした文体で描いています。 ペストという事象を用いてエンターテイメントではなくあくまでも純文学を書こうとするカミュの真面目さが感じられる小説でした。 この小説の途中では、 「まったく、ペストというやつは、抽象と同様、単調であった」 p. 132 「まったく、ペストは、病疫の初めに医師リウーの心を襲った、人を興奮させる壮大なイメージとは、同一視すべき何ものももっていなかった。 それは何よりもまず、よどみなく活動する、用心深くかつ遺漏のない、一つの行政事務であった」 p. 265 という表現があります。 ペストが非現実的で抽象的なもの、単調な事務のようなものとして表現されているのです。 また、この小説の終盤では、死刑や殺人がペストにたとえられています。 死刑や殺人によって人の歴史が作られていることをタルーは嫌悪しており、「誰でもめいめい自分のうちにペストをもっているんだ」とタルーは言います p. 376。 人間の内部に巣くう根源的な悪が、ペストに象徴されています。 『異邦人』はムルソーの言動がとても個性的で度肝を抜かされる作品でしたが、『ペスト』はペストがとても独創的に表現されていて面白い作品だと思いました。 "僕は、災害を限定するように、あらゆる場合に犠牲者の側に立つことにきめたのだ。 彼らの中にいれば、僕はともかく探し求めることはできるわけだーどうすれば第三の範疇に、つまり心の平和に到達できるかということをね"1947年発刊の本書は、不条理に直面し蝕まれていく人間性を群像劇的に描き共感を呼ぶ。   個人的には著者の本はレジスタンス活動の際に書き上げたとされる『異邦人』しか読んでおらず、この著者の世界的名声を決定づけた、同じく代表作である本書は未読であった事から今回手にとりました。   さて、本書はメルヴィルの『白鯨』に感動した著者が【過ぎ去ったばかり】のナチス闘争の体験を架空の大都市におけるペスト【悪】の発生、それに抗う市民たちの記録として淡々と洗練した筆致で寓意的に描きこんでいるわけですが。   近年、東日本大震災他数々の災害に見舞われている島国に住み、また何度かの被災地でのボランティア経験を持つ自分と私的に重ね合わせては【行政の対応の遅さ、孤立状態での対応】に架空とは思えない迫真さ、リアリティを感じ、それぞれ神、社会、人間の【正義】を振りかざし、立場的に【合意は出来ずも理解し合おうとする】登場人物達に実際の身近な人物を当てはめてイメージしながら 漫画『進撃の巨人』でも良いかも 最後まで圧倒的に没入して読み終えました。   また。 最後に明かされる物語の語り手が、不条理な脅威に圧倒的に敗北し続けて、数多くの犠牲者が出たにも関わらず【黙して語らず】ではなく、あえて人間の中には【軽蔑すべきことより賛美すべきものが多い】と希望を込めた記録として残したとする本書の幕引きも読後感として清々しくて素晴らしい。 安っぽいセンセーショナルさ。 華々しくヒーローが活躍するような描き方をしていない事で【読み手それぞれが共感を持てる】普遍性も含めて時代を超える名著だと実感しました。   様々な立場で防災や減災に取り組む、または関心のある誰かへ。 また洗練された群像劇作品を探す誰かにもオススメ。 翻訳が古いせいか、文章が頭の中に入ってきづらく、言い回しが難しくて、読んでいてもどかしかった。 しかし、おそらくカミュの文体がそういうインテリチックなのだろう。 ぼくには合わなかった。 解説によれば、この作品は六年もかかったいわば労作であり、それはペストに関する知識や小説の複雑な構造に現れていると思うが、ぼくには「異邦人」のような強烈な独創性を感じることができなかった。 確かに、ペスト=戦争=殺人、というとらえ方にカミュ独自の視点があることはそうなのだが、そもそも毎年のように天災に見舞われる日本に暮らすぼくにとっては、ペストもまた天災以上のなにものでもなく、それがどんなに人間の姿形を醜く変形させ、人間を徹底的に苦しめた末に死に至らしめるのだとしても、ぼくはそれを悪と見なすことができない。 もちろん、天災は嫌だし、憎い。 しかし、その憎悪は人間を襲った残酷な運命に対してであって、自然の猛威に対してではないのだ。 ペストらしき疫病がもたらす不条理感に対する人々の姿勢を人の目線から描いた作品。 読み進めていく中で面白いと感じたのは、それが画一的でないという点です。 ペストに対して懸命に闘おうと試みる人、ペストを気にかけず振る舞おうと試みる人、 ペストが襲来したことによってむしろ晴れやかな気分になった者さえも描写されます。 このような姿勢が個々人のどのような境遇によって生じるのか、読み進むにつれて明らかになります。 月次な言葉を使えば多様性ということになりますが、この多様性を表現するにあたって、 多くの小説がとるような神の視点を用いることなく当事者一人の目線から惨状を描くことにより、 不条理が全くの他人事でないということを読者に知らしめてきます。 当方、先に英訳版(Stuart Gilbert)を半分まで読んだが、これまたわかりにい英訳だった。 そのために、期待を込めて、宮崎嶺雄訳(Kindle版)を手にとったが、期待はずれ。 それでも、最後まで読み通した。 ちなみに、英語版はRobin Bussによる訳(Penguin. 2013)は評判がいいようだ。 ただし、今はそのkindle版は入手ができないのが、残念だ。 僕は、カミュの『ペスト』を手にとったきっかけは、単純にカミュがノーベル文学賞の受賞者だったからでした(=カミュというビッグネームとノーベル賞という眩しい光に幻惑されたから)。 それ自体は誤りではないが、ともに拙い英訳と和訳を選んでしまいました。 フランス語がわからない身としては選択肢がなかったから、それは仕方のないことでしたが。

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